side fiction /森山猫劇場 第2話
「聡くん、遠くから疲れたでしょう。早く入って」
大正末期に建てられた洋風の趣が取り入れられた三角屋根の館。一番高い屋根の上にある風見鶏を聡は、ぼんやりとながめて光崎家の扉が開くのを待っていた。
玄関の扉を開き、聡を迎え入れた香織は、なるべく明るい声で彼に語りかけた。
「美優、美優ちゃん、聡くんがいらっしゃったわよ」
二階に上がり、香織は一人娘の部屋のドアをノックした。
「聡くん、いらっしゃい」
淡い色のワンピースを着た美優は、笑顔で部屋を出てきた。
父親似の大きな二重の目と母親の香織に似た高い鼻、色白の肌が目を引く。
親のひいき目かもしれないが、性格も温厚で、その名前の通り優しい。一歳だけ年下の幼馴染みのような存在の聡を、ずっと心配していた。
「もう、新品のベッドもお部屋に入ってるから」
「うん、ありがとう、いろいろ手伝ってくれて助かるよ」
二階の十畳ほどの洋室へ、木製の廊下を、聡の前で説明しながら案内して美優が歩いていく。
美優は本来は、とても大人しい性格だが、聡のことを気づかっているのだろう。
「香織さん、すいません、こんなにいろいろ揃えてもらって」
ベッド、机や椅子、小さなタンスまである。全部、新品で買い揃えたものである。
それを見た聡が、香織に深々と頭を下げた。
香織の親友の夫妻の子を養子と引き取って、美優の弟として光崎家に迎え入れたい。
夫の公彦に香織は懇願したが、受け入れてはもらえなかった。
聡の顔立ちは、親友の恵子の面影がある。
19歳になって頭を下げている青年になった聡が、とても礼儀正しいのは彼の亡くなった両親の血筋の賜物なような気がする。
ただ、その年齢に似つかわしくないきちんとした様子が、余計に香織に哀しみを感じさせる。
(とても立派な素敵な青年になった今の聡くんの姿を、恵子に見せてあげたかった)
5月の聡の姿を見ていたら、香織はショックを受けて気絶したかもしれない。
香織は、名家の光崎家の精神科医である公彦と、恵子と同じ時期に結婚して、一年ほど早く一人娘の美優を出産した。
飛行機事故で、坂口教授と妻で美術鑑定士の恵子が命を落とした日。香織はこの光崎邸で、まだ幼い聡をあずかっていた。
光崎邸は、鎌倉に300坪の敷地を持つ名家。坂口教授は、光崎家の歴史に関する古文書などの調査を行ってきた人物だった。
恵子が光崎家が所有する美術品に関する調査を、坂口教授の歴史調査に協力しながら行っていた。
聡の両親についての話と、光崎夫妻との関係。
香織は引き取って聡を養子にしたかったこと。
香織は、聡や一人娘の美優に幼い頃には理解できなかった過去の大人の事情を、三人でお茶をしながら語った。
光崎公彦が、ある考えがあり、弁護士の
公彦が聡を光崎家の養子にしなかった理由。
すでに19歳になった聡は、その理由だけ、光崎邸の館へ来る前によく理解していた。
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