第61話 Get Wild

 泉美玲は、詩人サークルのメンバーと出会ったことで次の一歩を踏み出すことができた。


 同性愛者で繊細な「瑞希さん」が、母親の再婚相手からの性暴力を受け続けて壊れてしまうのを、自分は何もできなかった。

 「瑞希さん」があれほどひどく壊れてしまうとわかっていたら、「瑞希さん」を慰みものにした最低な男から、警察を介入してでも引き離すべきだった。

 それを美玲は、ずっと後悔していた。


 本宮勝己が、自粛していた性描写を解禁した作品をWebサイトで手探りで書き始めた。


 そのきっかけが藤田佳乃との交際開始だということに、美玲はすぐに気づいた。

 本宮勝己の書き始めた小説作品は、どこかで見かけたことのあるものだった。

 勝己はそれまで詩で、オリジナリティーを追求していた。

 それを放棄して、定石のストーリー展開や登場人物の設定をまねるように書けている。

 

 美玲はすべて、自分の名前も実名であげて、過去にある家庭で何が行われていて、それを知りながら、自分は何もしないで「瑞希さん」との秘密の関係に身も心も溺れていたことを、Webサイトのノンフィクションというジャンルで公開しようかと悩んだ。


 誰かに懺悔して許されたい。

 それは「瑞希さん」に許されたいのか。それとも、自分自身を許したいのか。


 「瑞希さん」が、まだ美玲と出会ったばかりの頃、いや、闘病していた母親が生きていて、再婚相手と「瑞希さん」が出会う前のような笑顔が考えないでもできる頃と同じぐらいまで、すっかり今は回復している――そんな楽観的な想像は、美玲にはできない。


 美玲はノンフィクションで、家庭内でひそかに「瑞希さん」へ性暴力を行い続けた最低な男性を、ネット上で公開して告発したとして、虐待した男性を裁けるのかを図書館で調べてみた。


 かなり美玲は落胆した。

 被害者「瑞希さん」の証言の信憑性――最低な男性が逮捕されても、証拠不十分になる可能性が高い。

 美玲自身が、男性から名誉棄損で訴えられることも、さらに「瑞希さん」の心を壊したのは、美玲だったと最低な男性は言い逃れすることすら考えられる。


 「瑞希さん」と同じように、家庭内で父親に性暴力による虐待を受け、必死に自分が我慢していればいいと考えながら、学校の同級生や教師などの他人に虐待を知られないように隠して生活している被害者がいる。

 高校卒業後には、実家から逃げ出すことだけを毎日考えている人もいる。

 美玲は世界でたくさんの隠されている「瑞希さん」を想像してしまう。


 加害者は裁かれるべきだという憎しみが、美玲の心に強くある。


 被害者は家庭から今すぐ家庭から逃げ出しても、生きていく方法はある。それを本宮勝己は、家庭から虐待されて保護されてきた子供たちと暮らしてきてよく知っている。

 また、綾子の母親の紗夜も家出している子供たちは、しかたなく食事とお金を得るために苦労していることを自らの経験から知っている。

 

 どこへ逃げたとしても被害者の暴力を受けた過去の事実や、受けた心の傷は、消えないとしても。

 それでも、生き残るために、希望を見つけ出そうとしている。

 美玲もまた、その希望を探している一人だった。

 直接、虐待を受けたわけではないが、美玲を「瑞希さん」が乱暴に扱うことがあった。

 それは自傷行為のかわりに美玲を傷つけていたのではないかと、今になってみると想像できる。


 Webサイトの小説だけでなく、ネットではたくさんのデータ化された書籍なともある。

 美玲は、ノンフィクションの虐待された人たちの綴った体験談やそうした加害者に制裁を加えるフィクションの物語は、調べてみると美玲の想像以上に多かった。


 ノンフィクションで美玲のように、被害者と交際した同性愛者の体験談はなかった。


 フィクションでは、加害者目線の官能小説はかなりある。美玲は自宅のパソコンで読んでいて、快感に流される女性という内容を読むと、トイレへかけ込み何度か嘔吐した。

 物語の登場人物に感情移入して想像しがちな美玲には、官能小説のお約束の展開すらつらい。


 どこかに心の救いはないか。

 せめて、もう、フィクションの中でもいい。

 美玲が自分の立場や心の傷をさらして、共感を感じる人たちに、我慢の末にどんな残酷な状態が起きるのかを、ノンフィクションで暴露して知らせるのを諦めた。

 おそらくそうした残酷な事実があることを、みんなはもう知っている。

 しかし、自分には関係ない世界だと思い込みながら生活しているのだと美玲は気づいてしまった。


 あと同性愛者はまだ世間では、フィクションの中の物語で都合良く書かれるか、ごく少数なのだと思われていることも。


 勝己がWebサイトの小説で、何を始めたのかを、美玲は考えた。

 現実では救われていない人たちのために、勝己はフィクションを書き始めたのだろう、と。


 美玲は、自分にしか書けない同性愛者の恋愛小説を書いてみたいという思いを抱いた。

 それが、官能小説で使われている性的表現を使うことになったとしても、恋愛は相手の性別は関係なく、またどんな人にも同じようにあることや、心が生き残るためには、誰かを愛して、また愛されることが、今すぐ必要な人がいることを書きたいと思った。


 毎日、いろいろなことを考え、知りながら、美玲の心は成長している。


 

 

 


 

 

 


 


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