第60話 リベルテ、エガリテ、フラテルニテ

Liberté, Égalité, Fraternité

«リベルテ、エガリテ、フラテルニテ»

 

「キョウくん、それ魔法の呪文みたいだね~」


 本宮勝己が図書館で読書し続けてきた結果、頭の中に詰めこんである知識のことを、とりとめもなく考えていることがある。


「キョウくん、そんな顔をして、今、何を考えているのかなぁ?」


 佳乃の最近の悩みは、勝己が頭の中にある知識を話し始めると、佳乃がもうわかりませんと白旗を上げた「う~ん」という返事をしていても、勝己が落ち着くまで、ひたすら話し続けることだった。


「それは困るかもね。つまらないとか、わからないとか、彼女なんだから、はっきり言ったらいいんじゃない?」


 水原綾子にはそう言われているけれど、二人で喧嘩にならないにしても、勝己にさみしそうな顔になられても困るので、地雷を踏んだとあきらめている。


「ゲームの魔法の呪文じゃないけど、たしかに、そんな雰囲気はあるかも。その発想はなかったな」


 佳乃の発言を勝己が無視するわけではなく、拾ってくれる。けれど勝己が感じていることにつながるまで話が展開されて続く。


「キョウくんは、いつものコーヒー牛乳でいいの?」

「……うん、ありがとう」


 佳乃が話の途中で部屋を出て、キッチンで二人分の飲み物を用意してくれているあいだも、勝己は頭の中で話す内容を考えていて、うわのそら。

 佳乃への返事が遅い。


「あと三姉妹の女神様とか、そんな感じ?」


 これは日本では「自由、平等、博愛」と知られているフランス共和国の有名な標語。


 Fraternité

«フラテルニテ»

 しかし、三番目のこの言葉だけはちょっと「博愛」というニュアンスではない。


 このフランス革命のスローガンが日本へ知られたのは、日本が開国した頃だった。中江兆民やその弟子の幸徳秋水が、著作や公演で使って広まった。


 身分から契約へ。

(from status to contract)

 フランス革命は、法の下で人は身分や社会的地位によって行動を束縛されることはなく、自らの意思によって自由に行動することができるということを理念として示した。人は、と書いたけれど、その中に女性はふくまれていなかったので、フェミニズムの始まりもフランス革命といえる。


「博愛」 (fraternité )の語源は、「兄弟」(frère )。

 フランス革命で立ち上がった市民は、身分や出自を超えみんな兄弟、という考えがニュアンスにふくまれている。

キリスト教的な「博愛」や、のちに古代ギリシア哲学的な「友愛」とも翻訳されたfraternitéは、家族のように支え合うというニュアンスになる。


 自由と平等は、国民が契約を結ぶ権利。fraternitéは国民に対する社会保障の義務ということ。

 このfraternitéの理念から、フランスの公立幼稚園から大学まですべて授業料が無料になっている。


 佳乃にはfraternitéが、日本の任侠の世界で兄弟分のつながりという考えがあることにつながった。

 血縁の兄弟ではないが、約束を結んで、兄弟同様の親しい間柄となった者を兄弟分という。


「俺らは無法者と言われて嫌われるけど、仁義は忘れちゃいけねぇよ。おいらは兄貴のためなら、命を張るぜ……みたいな?」


 勝己は佳乃にそう言われて、驚き、思わずむせてしまった。

 佳乃があわてて「大丈夫?」と勝己の背中をさすった。


 読書の知識だけではつながってこないものが、勝己の頭の中で、佳乃との対話から、知識と知識のつなぎ直し、発想の転換が起きていった。



 誰を選ぶか――。

 大神の審判者に選ばれた少年が大事故から命を助けられ、青年になるまで、その記憶をすっかり忘れていた。

 婚約者として三人の美人が、青年の前にあらわれる日までは。

 期限の審判の日に、三人から一人を伴侶として選ばなければならない。

 三人の美人は女神の化身。

 どの女神が人間の世界を統治するのかを、神ではなく人間自身に選択させることになった。

 もしも、誰も選ばなかった時には、世界は消滅するらしい。

 どうする?



……という内容で、ライトノベル風のジュブナイルポルノレーベルのなかの一冊を、森山猫というペンネームで執筆した。


 このレーベルは、ぼぼ現代もの&学園ものだった2007年から2012年の約六年間の反動からか、勝己が執筆した時には、異世界ファンタジーものがあふれていた。


 エルフ、獣人娘、サキュバス、聖女様、伯爵令嬢、女騎士、メイド、生徒会長、妹……。

 よく言えばセルフリメイク、悪く言えば焼き直し作品が多くなっている傾向があった。

 

 定番ですが、ハーレムものでお願いします、と編集者から勝己は言われた。

 勝己にとって、ハーレムものは初挑戦だった。

 

 この時、勝己は、リベルテ、エガリテ、フラテルニテ、とノートへ書き出してみた。

 三人の女神から、加護されて統治される人間が受ける恩恵やリスクを想像した。


(自由、平等、それと仁義か?)


 勝己は女神のモデルに、


 水原綾子=リベルテ

 泉美玲=エガリテ

 藤田佳乃=フラテルニテ


 と安直にイメージしたら楽しくなってきて、はりきって書いた。

 そして後日、作品の下書きを読んだ佳乃が、不機嫌になった。


「え、あっ、えっと……佳乃ちゃん、もしかして、怒ってるの?」

「ん~、別に怒ってないよ~、大丈夫、大丈夫……はぁ~っ」


 勝己は佳乃がため息をついたのを聞いて、不安になって恋のときめきではなく、胸がドキドキしてしまった。


「あの、一人のヒロインの体の中に、三人の女神の人格が降りてくるって設定じゃダメですか?」


 本宮勝己は、編集者と打ち合わせで、粘り強く交渉することになった。




 




 

 






 


 




 











 


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