第54話 薔薇は美しく散る

 お好み焼きをホットプレートで焼いて食べていて、泉美玲がうつむき、涙をこぼし始めた。

 藤田佳乃と水原綾子は困惑しながらも、肩を震わせて嗚咽する美玲を、佳乃がそっと抱きしめて背をさする。

 美玲の膝の上で握られている手に綾子は手のひらを重ねていた。


「……ごめんなさい」


しばらくして、まだ目が充血したままの美玲が二人にあやまった。

 二人はどうして美玲が泣き出したのかを、あえて聞き出そうとはしなかった。


「あたしも綾さんも美玲ちゃんより大人だから、何でも相談しても大丈夫だからね」

「はい……ありがと……うぅっ」


 何かつらいことでもあったのだろうと綾子は思った。

 あとは、自分がまだ幼い頃に人の多いところが苦手で、母親の手を握って歩きながら泣いたことがよくあったのを思い出した。


「あのね、私、子供の頃、人みしりだったから」


 佳乃と美玲に、綾子は子供の頃の思い出を話して聞かせた。


「子供の時って、体も小さいからこわいのかもね。あとは、着ぐるみとかのキャラクターも、なんかこわかった」


 泣き虫の幼い綾子を留守番させられなかったので、母親の紗夜はコスプレした人たちが集まる会場へ一緒に連れて行っていた。

 

「あたしは……ん~、何かこわかったかなぁ」


 ひとりぼっちで日が暮れてしまって、自転車を泣きながらこいで帰った子供の頃の思い出を佳乃が話すと、美玲も微笑してくれたので、佳乃と綾子は、顔を見合せてほっとした。


 美玲が泣いたのは、目の前の佳乃と綾子が、はしゃぎながらお好み焼きを焼いているのを見ているうちに、自分には友達が一人もいなかったということを実感したからだった。


 幼い美玲は孤独を感じていた。それは感覚が鋭敏だったこともあり、初恋の相手の「瑞希さん」と出会うまで共感してもらえる人がいなかった。

 

 まだHSP(【Highly Sensitive Person】=ハイリー・センシティブ・パーソン)という情報が知られていない頃だった。

 母親の理香や小学校の教師は、美玲を人みしりのおとなしい子だと納得して、あまり気にかけることはなかった。


 本宮勝己が、休学中の大学生の青年KSと取材した人たちのなかにも、HSPの気質を持つ人たちが勝己が思っていたよりもいた。


 他の子供たちとは先天的に感覚がちがうということをまったく理解されず、話が合わないと、いじめられてしまうケースもあった。


 本宮勝己のライトノベルの作品には、異世界でどこか生きづらい登場人物たちが、それぞれを尊重して、パーティーの仲間となり、協力し合っている様子が書かれていた。


 こうだったらいいのに、と想像できるけれど、そんなに都合のいいことなんてありえないと、自分の感じている世界への不安や不満から、リアルに思えない作品もあって、自分の感じている世界を確認するように、勝己はWebサイトの作品を読み漁った。

 そこから勝己は、自分のリアルに感じる内容の基準をじっくりと見つけ出していった。


 水原綾子の職場には、女性をステレオタイプでしか認識できていない中高年の上司たちがいた。


「たぶん、あいつら、目玉がおかしくて、きっと女性社員は、美人、独身、太ってるって、3種類にしか見えてないんだわ!」


 水原綾子が、イライラした口調で言った。

 すると佳乃が、美玲にも興味深いことを答えた。


「たぶん、そのおじさんたちって自分のことも、会社名とか、役職とか、学歴とか、そういう決まった枠組みで考えて、そういうキャラクターになりきっているから、会社にいると、他人をちゃんと人間だって思えなくなってるのかもね~」


 大げさだなぁ。

 もう何を言ってもセクハラになるんじゃないの?

 相手がイケメンなら文句言わないんだろ?

 どこからがセクハラなの?

 仕事とは関係ない、迷惑だね。

 

 こうした返事を上司たちにされるたびに、綾子はかなりイライラすると、さらに愚痴をこぼした。

 後輩の女性社員たちから、上司の暴言がひどいと相談されて、綾子が話し合いをしているが、話が通じない。

 結局、上司は謝罪すると言い出し、職場の険悪な雰囲気をどうにかしてほしいと綾子に頼んでくる始末で、困っているらしい。


「ん~、その上司の人たちに、うるさい人とか、カッコ悪い人とか言われて嫌なことを聞いてから、直接、職場でみんなから嫌な呼ばれ方をされたらどう思うか聞いてみて。私たちは、これからも、あなたたちを、とても頼りになるカッコいい人だと思わせてほしいんです、もう、がっかりさせないで下さい。ねぇ、綾さん、こんな感じでどうかな?」

「そうね。おだててみるのも、ありかも。ありがとう」


 美玲は学校ですごしているときの顔や態度から、カフェ「ラパン・アジル」では、メイド服に着がえて、そこで気分を変える。ウエイトレスとしての顔と態度をして働いている。

 状況に合わせて、自分なりに態度や言動を使い分けているつもりだけど、無理をしたり、我慢しているつもりはない。

 美玲は、自分が親しくなりたいと思える人たちにだけ、素顔の自分がちょっぴりわかってもらえればいいぐらいに思っている。


(私は、どうでもいい人たちにどう思われるかなんて、気にしてるほど暇じゃない。水原さんの周りの女の人は、その上司の人たちにどう思われたいとか気にしすぎだと思う。もしかして、ちょっと好きとか?)


「あの、水原さんは、セクハラされたりしないんですか?」

「ふふっ、美玲ちゃん、私は、たぶんだけど、もう女性社員だと思われてないのかもね」


 

 




 





 

 

 

 




 




 


 






 

 

 






 

 

 


 


 

 

 

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