第53話 太陽の破片

 天崎悠は、本宮勝己よりも一歳年下だが恋愛経験もあり、その果てに行き着いた相手は、母親の妹つまり叔母の岡崎恭子だった。


 岡崎恭子と天崎悠は、悠の父親の天崎忠雄を憎んでいた。そして忠雄が、二人にとっての経済的な支援者だったので、復讐は裏切りでもあるというジレンマを抱えていた。


 天崎忠雄は、悠と恭子が関係を持つとは考えていたとは思えないが、悠のことを養子として縁組みして息子にしていた。

 岡崎恭子の姉、真琴との関係を忠雄は隠していた。これには、悠や恭子の知らない事情がある。


 藤田佳乃の父親、ヤクザの藤田陽翔なら、海外の有力な組織から逃亡していたクスリで取引する流れ者の殺し屋の噂を思い出すことができる。


 皓然(ハオラン)という男は、もともとは上海にいた流氓りゅうぼうつまりチンピラだった。

 皓然は麻薬取引を妨害された。

―悪魔のWolf Eyes

犯罪シンジケートで徐麗花とい女首領はそう呼ばれている。徐麗花の組織「慶龍」は中国の由緒ある人身売買組織である。

 徐麗花の組織が日本へ進出している時期に、皓然は覚醒剤を「慶龍」に話を通さずに密輸して、ヤクザと取引しようとした。

 その「慶龍」と敵対しないように、麻薬取引を妨害されて失敗した皓然は、飼われていた組織から追放された。

 そのまま取引先だった日本に、皓然は潜伏していた。

 その皓然に惚れられたのが岡崎真琴で、天崎忠雄は皓然の情婦を奪った男ということになる。

 皓然はのちに「慶龍」の幹部であり、女装の名人、組織では策略家にして、徐麗花の側近である美青年の燕杏(イェンシン)に捕らえられて、鮫の餌にされた。


 岡崎真琴の子である悠を、皓然から隠すために、孤児を引き取ったように偽装した。情婦の真琴を奪ったのが天崎忠雄であると、殺し屋の皓然にバレたくなかったからだ。


 したがって、戸籍上は、岡崎恭子と悠とのあいだに血縁関係はないことになっている。


 岡崎真琴は殺し屋の皓然に監禁されていた。覚醒剤を打たれ、理性が保てなくなるほど凌辱されてしまった。

 悪夢のような10日間。

 それは真琴が悠を残して去ったあとの5年後の出来事。彼女が始めた商売が、ようやく軌道に乗った矢先だった。

 皓然の潜伏先のある山荘を「慶龍」の手下たちが襲撃した時に発見され、ふもとの町で憔悴しょうすいしきった状態で逃がされている。

 その時に使用された覚醒剤の禁断症状に耐えかねて真琴は自殺しているのだが、天崎忠雄は皓然が裏切った真琴を殺害したと思い込んだ。

 岡崎恭子も、姉の真琴は天崎忠雄を恨んで自殺したものと思い込んでいる。


 戸籍上では、天崎悠も本宮勝己と同じ孤児ではあるが、すぐに天崎忠雄の養子となったので、悠は幼少期に、養護施設で集団で暮らす経験をしていない。


 かつて池上珈琲店のある街に粗悪なドラッグが出回ったことは、皓然が密輸を失敗したことで、他の組織が一時的に覚醒剤の密輸を自粛したことにも関係がある。

 覚醒剤のかわりに粗悪なドラッグが別のルートで密輸されたからである。


 ヤクザのいなくなった街で粗悪なドラッグをばらまいていた売人たちと、水原綾子の戸籍上の父親の水原真とのいざこざがあった。 

 また、水原真が誰が粗悪なドラッグを作り、日本へ密輸して儲けたのか、海外まで調べに行った結果、水原真が命を落とし日本へ帰ってこれなかったことを、カフェ「ラパン・アジル」の村上さんや綾子の母親の紗夜は知らない。


 すべては過去の話である。

 過去にあったことは変えられない。だが、流れの中で忘れ去られていくものはある。

 そして、人は世界の残酷さと悲しみに心をとらわれずに、新しい今を生きている。


 


 

 


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