第49話 feels like HEAVEN

 Webサイトで日記でもつけるように、本宮勝己は俳句から掲載を初めた。

 

 すれちがふ人それぞれに息白し

 息白く素直になれず立ち去れば


 勝己は寒さに震えながら、待つ人のいない冷えきった部屋への帰り道を白い息を吐きながら歩く。


 夜はもっと冷えるから、朝から夕方までのアルバイトで良かったとか、帰り道の途中にあるコンビニで肉まんを買い食いしたいのを節約のために我慢して、家に帰ったらうどんにしようと考えたりもして、Webサイトに掲載する一句を帰るまでにひねり出そうと思い直す。


 今日の勝己の仕事は、宅配業者の荷物の仕分けとトラックへの積み込みだった。難しい作業ではなかったが、倉庫の中も寒かった。


 この時の勝己は、季語の息白しのなかにある、生きている実感の尊さや、普段は見えない息が白く美しく感じる気持ちをすっかり忘れている。

 くたびれた自分の気分から抜け出せないまま、俳句にしようとしてしまっている。

 それは他人に俳句にして、自分の愚痴をこぼしているのとかわらないことだと気づいていない。


 そんな調子だったので、読者のなかには、なんか大変そうだねと同情した人が評価してくれることはあったが、それならましで、自分のほうがしんどいから、俳句になんてして気取ってるんじゃねぇよと、ぱっと見られてスルーされてしまっていた。


 勝己はどうして自分の俳句は評価されないのだろう、もっと実感がある状況がわかるような言葉を選ばないとダメだと、言葉選びと描写の演出の問題かもしれないと悩み始めていた。


 読んだ人がごきげんになったりドキッとしたり、ほんわかした気持ちになってなごむものを、冬の寒さや世間の雰囲気もあって、かなり読者から求められていると気づいていない。



 Webサイトに掲載された俳句を毎日チェックしているのは、藤田佳乃だった。

 佳乃はとても心配している。


(なんか暗い気分の俳句が続いてるけど……キョウくん、大丈夫なのかな?)


 もう一人、本宮勝己の日々の俳句をチェックしているのは泉美玲だった。


(限界に近づいて、心にゆとりや遊びがなくなってきてる感じ。そろそろいい感じかも)


 泉美玲は、勝己から惚れられたとしても、自分が勝己から年下だからと興味も持たれずにふられるのは、ちょっと嫌と考えていた。


 だから、勝己の気持ちが弱くなり、気力の尽きかけるタイミングを予想していた。


「ちょっとキョウくん、ちゃんとごはん食べてるの?」

「ん……食べてるよ」


 調理する気力がなくなってきていて、焼きそばパンを2つだけとかの日がある。

 佳乃に心配かけないように、何を食べたのかまでは話さない。


 勝己がなんとなく仕事が順調だった頃よりも痩せてきていて、返事の声量が小さくなっていることに、佳乃は気づいている。


(キョウくんは、もしかしてHSPな人なのかも)


 Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)の頭文字をとって「HSP」と呼ばれている。

 5人に1人と言われている先天的な気質で、非常に繊細で敏感な人のこと。

 周りの気持ちにもすぐに反応してしまうため、他の人より気疲れしやすく、ストレスを抱えやすい傾向がある。これは、病気ではなくあくまで気質である。

 佳乃はHSPの人が、職場で居心地の悪さを感じていることがあるのをよく知っている。


 HSPの人は実は勝己ではなく泉美玲なのだが、佳乃は気づいていない。


 心配した佳乃は、勝己と一緒に村上さんのまかないプレートセットを食べたあと、心理テストだと言って、手書きのかわいいイラストつきの【あなたが繊細な人か、ずぼらか、ずばりわかります♪】とタイトルが書かれたルーズリーフ用紙をファイルからテーブルに出した。


 これは佳乃が勝己のために手作りで用意した簡易版のHSP診断テストだった。


(あれっ、エッチエスピーって、なんだろう?)


 美玲のほうが気になり、帰宅後にネット検索して、自分の気質やかつての恋人の「瑞希さん」の気質が、HSPの気質に当てはまることを知った。


 二人は人のいない浜辺で波の音と風の音を聴いているのが大好きだった。

 逆に雑踏で二人以外の他人の出す音がとても気になってドキッとしてしまうこともあった。


 佳乃が簡易テストをみたところでは、勝己はHSPではないけれど、他人に気を使いやすい傾向があるとわかった。


 苦手な音、たとえば美玲なら、犬のえる声だと自分でわかっていれば、通行人に吠える犬のいる「瑞希さんのいた家」の前を通らないようにするというように自分で刺激を避けることができる。


 村上さんがふられた相手の「紗夜さん」は、HSPの気質のあるイラストレーターで、その繊細さを仕事に活用している。

 また、水原真と一緒に行動して街のトラブルを対応を池上さんから依頼されると、彼女は協力してサポート役をしていた。

 水原真だけでは気づかない違和感を感じることを、紗夜は気がつき、そこから池上さんと水原真があれこれと推理していた。


 本宮勝己の場合は、幼児期から多くの他人のなかで無難に生活するために気づかう考え方の癖がついてしまっている。

 それを佳乃が理解するのは、もう少し先のことである。


##############


HSPとこの気質を命名したアーロン博士は「DOES(ダズ)」という特徴が揃っていることを、HSPの定義としている。


・物事の考え方が深い

(Depth of processing)

・刺激に敏感である(Overstimulated)

・共感しやすい

(Emotional reactivity and high Empathy)

・感覚が鋭い

(Sensitivity to Subtleties)


これら4つの特徴全てが揃っていることがHSPの条件。

 たとえば2~3つ当てはまったとしても、1つでも違うものがあればHSPではない。

「物事を深く考えられる人」

「共感しやすい人」

という性格の傾向や考え方の癖を持っていることがわかる。


 また、HSPに該当している人の中にも、さまざまなタイプに分かれる。

 なんとなく内向的な人を思い浮かべがちだけれど、外向型タイプの人もいる。

たから、刺激に弱いはずなのに、刺激を求めてしまうHSS型(High Sensation Seeking)

とよばれるHSPの人もいると言われている。


内向的で刺激を避けるタイプ

内向的で刺激を求めるタイプ

外向型で刺激を避けるタイプ

外向型で刺激を求めるタイプ


ざっくりと考えてもHSPの気質の人でも4つのタイプの傾向かあることがわかる。






 






 

 

 


 




 

 


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る