第48話 Change the World
紗夜は、駐車場でボロボロに殴られて気絶している若い男性を無視して一度、その場を立ち去ろうとした。
(自分と関わりがないことに首を突っ込んでも、ろくなことにならないってわかってるのに!)
約束した相手が、約束の時間から一時間すぎても図書館に来なかった。待ち合わせ前に話した相手に電話をかけてみても、着信拒否されている。
舌打ちして、夜の駐車場から立ち去ろうとして、停車した車のかげからスニーカーと足首が見えるのに気づいた。
ふわりとした柔らかい髪の色白な青年は、自分より背は高かったが年下に見えた。
Tシャツに人に踏まれたような足跡がいくつもついているし、唇の端が切れて、誰かにひどく暴行されたらしいのがわかった。
(警察と救急車、どっちも呼ばないとダメそうね)
「……ダメだ。やめろ」
しゃがみこんで顔をのぞきこんだまま、通報しようとしていた紗夜の携帯電話が、ふいに振り払うように動かされた若い男性の腕に当たり、駐車場に転がった。
「あなた、大丈夫?」
「ほっといてくれ」
弱々しい声だったが、水原真はそう言って腕を目の上に乗せて、起き上がれないのか、そのまま身を投げ出したままだった。
救助を拒否した彼が、何かを握っていることに気づいた。
それは紫やオレンジ色の錠剤が3錠ほど入ったビニールの小袋だとわかった。力尽きたのか、握っていた手からポロリと落ちた。
(ちょっと、これって、ヤバいクスリじゃないの?)
拾った紗夜は、とりあえず自分のバックに錠剤の入った小袋を入れて、警察でも救急車でもなく、タクシーを呼んだ。
ラブホテル「Crystal Castle」までタクシーの運転手は何も言わず二人を後部座席に乗せて運んだ。
「おつりはいらないから」
紗夜はそう言って、意識がないボロボロになっているが、キレイな顔立ちの若い男性とタクシーを降りた。
タクシーが立ち去るのを確認してから、紗夜はふらつきながら、脱力している真を部屋に運んだ。
タクシーの運転手は、援助交際をしているのも見て見ぬふりをしてくれていたし、今回は図書館からラブホテルまでのタクシー料金の倍の金額を受け取った。
運転手が警察へ通報するかしないかは、賭けだった。
部屋のベッドの上に投げ出すように寝そべらせる。彼のジーンズのポケットに入っていた財布に、紗夜は気づいた。
(財布を奪われてないのは、なんでなのかな。まあ、いいわ)
この怪しい錠剤を所持していた人の名前は、財布の中の運転免許証から水原真とわかった。
(青白い顔をしてるのは、もしかしてこの人、ヤバいクスリを飲んでるのかな?)
風呂場から洗面器を持ってきて指を突っ込んで吐かせようとしたら、真の口内に溶けかけた錠剤が残っていた。
手を洗った紗夜は、くたびれてしまい、部屋のソファーに背中をあずけて目を閉じた。そのまま紗夜は眠り込んだ。
この部屋が、噂のパワースポットと呼ばれている部屋だと知らずに……。
(なんか気分はいいけど、見たことがないような夢をみたな。クスリのせいか?)
水原真も紗夜と同じ夢をみて、目を覚ました。見覚えのない部屋な上に、蹴られたり踏まれた腹部に痛みがある。ひどいアザはできていたが、肋骨は折れたりしていないようだった。
繁華街の裏路地で、水原真はガキどもにクスリを売っていた
水原真は見た目は温和で優しげだが、空手の有段者である。
ついでに、売人たちのズボンとパンツを脱がして丸出しにしてやった。ズボンとパンツは表通りの道路に投げ捨ててきた。
一度、二人がかりて羽交い締めにされて、口にクスリを放り込まれた。飲み込まなかったが、変なテンションが上がっていた。唾液で溶けた分は、飲んでしまったらしかった。
「そのまま図書館の駐車場まで来たけど、気絶したってわけね」
「そうだ。誰だか知らないが逃がしてくれてありがとう。だけど、あの錠剤は飲んだりするなよ。変な夢をみるから」
「もしかして、それってキレイな湖の夢?」
「あのクスリは、たぶんだけど質の良くない幻覚剤かなんかだ。もしかして俺と同じ夢をみたってことは、クスリを飲んだのか?」
紗夜はイライラしてきて、ソファーから立ち上がった。バックから錠剤の入った小袋を取り出して真の顔に投げつけた。
「とんだとばっちりだわ。最低」
池上さんは、売人たちが巡回中の警察官に発見されて、連行されたらしい噂を聞いたと、真と紗夜に話した。
「ヤクザがらみじゃなくて、流れてきたブラジル人の売人だったらしい。むちゃして真くんが、一緒に捕まらなくてなによりだよ。まったく!」
こうして、のちに人気イラストレーターになる
「真くん、クスリはどうした?」
「ホテルのトイレに流したよ」
「そうか、わかった」
紗夜はクスリの売人の摘発でピリピリしている警察のほとぼりがさめるまで、援助交際をやめて服部珈琲店のウエイトレスとして働くことになった。
まだ村上さんが来店して、池上さんの珈琲に感動する半年ほど前のことである。
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