第46話 Lose Yourself
本宮勝己以外の詩人サークルメンバーの3人は、それぞれ親についての気がかりを抱えていた。
藤田佳乃は父親の職業がヤクザなので、父親の身の安全をいつも心配している。
水原綾子は、自分の生物学上の父親は誰なのかを母親に聞き出すべきかを迷っている。
天崎悠は、父親が生前にやらかした鬼畜な所業を知って、亡くなった父親の代わりに謝罪として、自分に何かできることはないかと悩んでいる。
本宮勝己は孤児なので、親に対しての心配ごと、気がかり、悩みがない。
ただし、本宮勝己にも生活の悩みやトラブルはあった。
派遣先の職場で、人間関係のトラブルは無い。
勝己が職場で、他の会社の下っぱの立場のやつと、派遣先の社員に差別されて、いじけたりしない限り。
佳乃が業務として応対している社員たちのように、職場での色恋沙汰や出世争いの人間関係の悩みは、派遣社員の勝己にはない。
非正規雇用の派遣社員であった勝己は、派遣先の事業縮小の影響から失職することになった。
勝己の働いている工場は12月で閉鎖され、翌年の3月に他の企業に建物と土地を売却されることになった。
この派遣先の事業縮小により、非正規雇用の派遣社員である勝己の労働契約が、12月を最後に打ち切られることになった。
勝己は人材派遣会社と契約している。その派遣会社に登録されたスタッフとして出向している。
だが、12月で派遣元の人材派遣会社と、勝己の働いていた企業が契約終了した結果、正月連休明けから、勝己がすぐに働ける職場を、契約している人材派遣会社は用意できなかった。
4月の初めからパート労働者として試用雇用して、3ヶ月間、働きぶりや遅刻・欠勤などを派遣先の企業が判断して、正式に6月になれば派遣社員として再契約。
それ以降は6月と12月に、人材派遣会社と出向先の企業が雇用契約を更新していく。
だから、4月から新しい職場へ出向できたとしても、1月から5月の初めの給料日まで、しばらく収入がない。
その間の給料を勝己が契約している人材派遣会社は、保証してくれるわけではない。
さすがにこの状況は、勝己も困ってしまった。
派遣先の企業の社会保険から打ち切られたら抜けてしまう。国民健康保険に切り替わるので、保険料がかかる。
4月になれば前年度の収入に対しての税金が請求される。
毎月の家賃や光熱費、食費や雑費は払う必要がある。
実際は会社都合の休業の命令と変わり無いが、非正規雇用なので保証がない。
人材派遣会社は約束はできないが、勝己の通勤できる範囲の派遣先があれば、すぐに連絡すると言っていた。
また以前のように、4月から新しい職場に出向して働けるとは限らないということ。
(とにかく働かないと、貯金は使い出したらすぐに無くなるだろうし。まいったな)
勝己の契約している派遣会社では、週払いのアルバイトも斡旋している。
派遣社員の出向の気軽さはなかった。応募者の人数に対して、アルバイト先の定員が限られているので、競争が激しい。
タイミングが悪いと、通勤に手間と時間のかかる職場や、作業に慣れていても仕事終わりには、疲れきってしまうような、いわゆる不人気の職場へ行くしかない。
交通費も人材派遣会社から出勤した日数分を、後日まとめてもらえる職場は人気がある。交通費は自腹の職場は人気がない。
ある程度、安定した収入がないだけで、こんなに気分が落ち着かないものかと勝己は思った。
勝己はそんな状況でも、初めは詩から投稿し始めて、やがてライトノベルの作品を、Web小説サイトに連載し続けた。
それがいずれ本業として生活を支える仕事につながる、と考えて書いていたわけではなかった。
貯金がまったくない困窮した状況なら、最後のライフラインと呼ばれる生活保護制度を使うこともできたかもしれない。
また家賃補助制度などもある。
勝己は派遣社員をしながら貯金をコツコツ貯めていたので、この人には資産があると、申し込みをしたとしても断られてしまう。
勝己は困ったことがあっても、他人に頼ることはできないと思い込んでいた。
勝己の他人に安易に甘えてはいけないという思い込みは、子供の頃にできた考え方の癖だった。
もしも病気や
勝己は何かを書き続けて、誰かに読んでもらえることで、人とのつながりを感じていた。
何かに没頭していなければ心が押し潰されてしまいそうになる。
勝己は小さな他人とのつながりを求めて、ひたすら書き続けることを選んだ。
自分の心を殻に包まれた卵のようにして、他人との心のつながりをいじけながら避けていくこともできる。
また、他人を
しかし、勝己にはそれがうまくできなかった。
勝己が非正規雇用の仕事を選んでいたのは、彼自身が意識したわけではなかったことだが、他人に頼ることができないので、他人から頼られない立場を選んでいたのかもしれない。
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