第45話 Stand by Me
金曜日の昼休み。会いたいと綾子は電話を入れた。
「うん、わかった。仕事終わったら、一緒にご飯食べよう」
綾子から電話がかかってきたので、藤田佳乃は驚いた。
「おじゃまします」
「はいは~い、どうぞ。適当に座って。あっ、トイレはあそこだからね」
佳乃の暮らす社員寮がわりの家電つき賃貸アパートの部屋で、佳乃は、鍋料理をすることにした。
「ちょっと前にあたしのパパが来たんだけどねぇ、冷蔵庫にまだお肉と野菜が余ってるの。ちょっと一人じゃ食べきれないかもって思ってたから、綾さんが来てくれてよかったよぉ~」
「パパ?」
「うん、仕事で、なんか近くに来たからって。あたしに、ちゃんと野菜も食べろって、食材を買って置いてったんだよね」
「優しいお父さんなのね」
「ん~、ちょっと過保護かも」
リビングの部屋には、佳乃の趣味のアニメキャラクターのフィギュアやアクリルスタンドが棚に丁寧に飾られていた。
「ちょっと驚いたでしょ?」
照れくさそうに綾子にマグカップに入れた紅茶を、どうぞと佳乃がテーブルに置いた。
マグカップにもデフォルメされたアニメのキャラクター。
「あっ」
「えっ、どうしたの、綾さん」
「私のおかあさん、イラストレーターって話してなかった?」
「えっ、そうなの?」
綾子がマグカップを、そして、あれと、あれも……と棚にならんだ美少女フィギュアを指さした。
「おかあさんがキャラクターデザインを担当したアニメのやつ」
「んんん?……ふええええっ!」
佳乃が首を少し傾げたあと、最近では一番の驚いた声を上げた。
「あの彩ちゃんはあたしの嫁ちゃんだから。じゃあ、綾さんは、あたしの彩ちゃんの御姉様?」
「彩ちゃん」は佳乃の嫁で、原作小説の作家が
「君の世界とネコの子と」(キミセカ)というライトノベルのアニメ化作品のヒロインで、黒ネコの獣人のクロとヒロインが旅をする異世界のスローライフが語られる。
鍋料理を食べているあいだ、佳乃のお気に入りの「キミセカ」のエピソードや感動したシーンやセリフを綾子に話して聞かせた。
食後に二人で食器の片づけを終えると、ネットの動画配信で「キミセカ」をアニメ観賞をした。
綾子は母親の紗夜の過去の恋愛遍歴や、戸籍上の父親は水原真とわかったけれど、生物学上の父親はわからず、もやもやとした気持ちを、会社で相談員をしている佳乃に、じっくりと聞いてもらうつもりでいた。
しかし、佳乃のおすすめの作品を観賞しているうちに、綾子のもやもやした気分はまぎれて夢中になっていた。
「綾さん、どうだった?」
「はあ~っ、すごく素敵だった。って、ずいぶん遅くなっちゃったわね」
「ねぇ、綾さん、明日はお仕事お休みなんだよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、このまま、泊まっていきなよ。ダメかな?」
まだ終電はある時間だ。佳乃に悩みを相談に来た目的を、今夜は保留にして帰るか、それとも上目づかいで綾子を見つめている佳乃に、このまま甘えさせてもらうか迷った。
(「キミセカ」の「彩ちゃん」よりも、私には佳乃ちゃんのほうがずっとかわいいし、
黒猫のカラスの世話を頼むために、母親の紗夜に電話をかけ、佳乃のところに泊まらせてもらうことを話した。
この数日、なんとなく紗夜と話すことに気まずさがあった。
しかし、この時、明るい声で綾子は紗夜と話せた。
ちょっと挨拶したいから、佳乃に電話を代わって欲しいと綾子は言われて、佳乃に自分の携帯電話を渡した。
佳乃が顔を真っ赤にしながら恐縮していた。
「あっ、いえいえそんな、綾さんを遅くまでひきとめてしまって、こちらこそ、すいません。はい、綾さんのことは任せて下さいっ」
「綾ちゃんには、いいお友達がいてくれて幸せね。ありがとうございます、よろしくお願いします」
通話を終えた佳乃が、はあ~っと大きな息を吐いて、綾子に抱きついた。
「綾さん、あ~、もう、すっごく緊張したよぉ」
「はいはい、佳乃はよくがんばりました」
綾子は目を細めて微笑を浮かべながら、佳乃の髪をそっと優しく撫でた。
電話のむこうで猫の鳴き声が聞こえたと佳乃が言ったので、携帯電話で撮影した黒猫のカラスが、ゆったりと寝そべっている最近の様子の画像を見せた。
「あっ、綾さんのところの子、キミセカのクロくんみたい!」
「あら、たしかに似てるかもしれないわね」
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