第44話 IMAGINE
震災の混乱のなかで、コインランドリーの乾燥機の中に抱えていた赤ん坊を入れる。女性の細い指先が赤ん坊の頬を撫でる。
眠っている赤ん坊の勝己はその一瞬、目を覚ましかけるが、そのまま眠り続けた。
乾燥機の扉が閉ざされる。
うなされていた本宮勝己は目を覚ました。また同じ夢をみたと思い、軽く頭をふって、鼓動が落ち着くのを待つ。
子供の頃から、何度も繰り返して同じ悪夢にうなされている。
赤ん坊の勝己をコインランドリーの乾燥機に入れたのは、産んだ母親なのか、避難の途中で勝己を見つけてくれた人なのか。
勝己の心のなかでは、なぜか女性が赤ん坊の勝己を乾燥機に入れたことになっている。
誰にもわからない過去の出来事だからこそ、勝己の心のなかで、現実以上のものになり、生々しくあらわれる。
乾燥機に入れられた時に、自分は死んでしまったのではないか。そんな想像をしてしまうことが、勝己にはあった。
今の生きている世界は、別のよく似た世界で、ここにいる全員、すでに一度、死んだ者たちで、死んだ時の記憶を失ってということまで、子供の頃の勝己は考えてしまっていた。
勝己は教科書で歴史を学んだ。戦争で多くの人が犠牲になったということを教えられた。また、震災で亡くなった人も多くいたことも教えられた。
勝己も、誰も気づいていないだけで、本当は、そうした犠牲者の一人だったと想像していた。
亡くなった人たちには、生き残っていればありえた人生があり、それぞれ別の世界で、続きの人生をそれぞれ生きている。
勝己の暮らしている保護施設は子供の幽霊が出るという噂があって、勝己に「なぁ、かっちゃん、幽霊をみたことねぇか?」と聞いてくる同級生もいた。
「まさひこくん、幽霊って、死んだ人のこと?」
勝己は大昔からたくさんの人が亡くなっているんだから、幽霊がいたら、あっちこっち幽霊だらけなんじゃないかと、同級生の正彦に勝己は言った。
「う~ん、たしかにそう言われるとそーだよな」
同級生の正彦は、保護施設の怪談話を勝己に話し終わった頃、昼休みが終わった。
勝己が想像したのは、亡くなった人の数だけ別の世界があるけれど、何かのきっかけで一度死んだことを思い出してしまった人は、別の人の世界に強制的に移されてくるのではないか。
……ということを勝己は授業中ぼんやり、窓の外の青空や流れる雲を見て考えていた。
小学五年生の頃の勝己は、他の同級生たちの家に遊びにおいでよと誘われても、遊びに行くことはなかった。
職員の防犯上の都合から、保護施設の建物に、同級生を入れられなかったからだ。
誘われたら、自分のところにもおいでよと言わないといけなくなると勝己は思った。
「学校の子たちを施設にできれば、呼ばないようにして下さい」
職員たちは、そんなふうに施設で暮らす子供たちに話していた。
勝己の暮らしているところはどんなところなのか、小学生の同級生たちは気になっていた。
中学生や高校生になると噂は、怪談話から、先輩後輩の上下関係が厳しい上に、職員から毎日、監視されているところという話に変わった。
そして、施設暮らしの子供だというだけで、こわがられたり、避けられるようになっていく。
こうした18歳までのことを、藤田佳乃に勝己はごまかしながら話していた。
ただし、その頃に想像していたことや噂があてにならないという気持ちはのちに、勝己の書く小説のなかに使われていくのだった。
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