第34話 私も子猫の下僕です

 黒猫のメス猫カラス。

 水原綾子が飼っている子猫。

 金曜日の夜8時頃、コンビニの駐車場で、店員の中年男性が子猫を捕まえようとして、手をひっかかれていた。


「ちっ、あっちいけ!」


 しゃがんでいた髪の薄い中年男性が立ち上がって、こともあろうに子猫を追い払うつもりだったのか、蹴飛ばそうとした。


「あっ!」


 水原綾子がちょうど店から出てきたところで、従業員が手を黒猫にひっかかれたところだった。

 通り過ぎようとして、店員の暴挙に水原綾子は思わずかけ寄り、黒猫と店員どちらからも、じっと見つめられた。


「ちょっと、今、あなた、この子のことを!」


「え、いや……野良ノラを追い払おうとしただけで、店に入って来ようとしやがったし」


 水原綾子が怒りをあらわにキッと睨みつけると、店員はめんどうになったのか、頭をかいて店内にまた舌打ちして戻っていった。


「あ、もしもし、母さん、相談があるんだけど」


 水原綾子は同居している母親に電話をかけながら、ちょこんと座って見上げている子猫に、にっこりと笑いかけた。


 やせっぽっちの子猫は、買い物用のバックの中から顔を出しながら、綾子に運ばれていった。


「たしかにうちの部屋はペット可だけど、里親探しするの?」


 綾子の母親はそう言って、用意しておいた黒猫の子猫のために段ボール箱にタオルをひいた箱に子猫を入れた。


「どこかの飼い猫だったのかもしれないわね、おとなしいのは、おなかが空いて弱ってるのかしら」


 綾子の母親は在宅勤務のイラストレーターで、綾子が出勤している間の世話は母親に協力してもらうしかない。


 綾子の母親が「迷い猫あずかってまーす」という募集の文面を考えて、子供の頃から絵心のない綾子が子猫の似顔絵を書いたポスターを寝る前に作成した。

 翌日、動物病院や近所のスーパーの掲示板に貼らせてもらった。


 これが詩人サークルの集まりに綾子が、土曜日に来れなかった理由である。


 カラスと名づけられた子猫は、綾子の母親に協力して餌代を稼ぐことができた。

 また猫のイラストのモデルとして、イラストレーターの母親の役に立った。

 以前から綾子の母親はベランダで「誰でもできる家庭菜園」という動画や、アニメキャラクターのイラスト作成を早送りした動画などを配信していた。


 黒猫のカラスの保護した動画は綾子の母親の動画よりも、視聴者数がすぐに増えていった。


 動画配信したことで飼育のコツを視聴者のユーザーの人から教えてもらえたり、カラスのための餌をわざわざ贈ってくれる猫好きの人までいた。


 綾子は何度も母親に「ねぇ、大丈夫なの?」と聞いていた。

 綾子の心配と予想は外れ、黒猫の子猫の飼い主からの連絡は入らなかった。


 綾子の母親は、過去にマンガを応募してデビューしている。今はマンガを描いてはいない。

 綾子を育てながらイラストレーターとして仕事を続けてきた。


「もうカラスとお母さんは仲良く暮らしていくから、綾子はいい人ができたら、結婚でもなんでもいいから、お母さん育ててくれてありがとうございました、とか挨拶して別居してもいいわよ」


「お母さん、私が結婚するときはカラスを連れていくから」


「ひどーい、お母さんをぼっちにするつもり?」


「カラス、天然のお母さんの介護をお願いね」


 黒猫のカラスはあくぴをして、こくりこくりとしてから眠ってしまった。

 子猫は遊んでいたかと思うと急におとなしくなって、電池切れのオモチャみたいに眠ってしまう。


 綾子は子供の頃、父親について母親に質問したことが一度ある。すると母親は、


「パパは冒険の旅に出たまま戻って来てないのよ」


と、テレビゲームのファンタジーRPGをプレイしながら振り向きもせず答えられてからは、何か言えない事情でもあるにちがいないと、子供なりに気を使って、もう父親についての質問をしないことにしたのだった。




 



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