第21話 ウエルメイドの恋愛
佳乃と綾子が退会したカラオケサークルのルール。
それは関口朋美という主催者が、誰かから噂を聞いて感じた感想によって、対応が変わってしまう。
(あの人が同情すれば、なんでも許されるからな)
水原綾子の連絡先を関口朋美から聞き出したサークルメンバーの男性は、水原綾子と藤田佳乃が退会したあとも、カラオケサークルを利用していた。
男性メンバーが女性のサークルメンバーである水原綾子とトラブルを起こした。
カラオケサークルの慣例なら、喧嘩両成敗、つまり個人の連絡先を聞き出して水原綾子をデートに誘った男性メンバーも、主催者の関口朋美は退会にするのが公平な判断といえる。
その分だけ、ずるがしこい人物に成り果てている。
辻雅也は、主催者の関口朋美から連絡先を聞き出した。
水原綾子本人に直接こっそりと連絡先を聞き出してしまうと、たとえば、水原綾子が主催者の関口朋美に相談してバレた時に、
(自分の知らないところで自分をないがしろにして、勝手なことをして!)
と関口朋美が思えば、彼女のプライドが傷つき、警察沙汰にされかねないと判断しかねないと辻雅也は考えたからだ。
辻雅也はナンパや援助交際で、相手の女性たちのプライドを利用して、自分の都合のいい結果になるように物事を進めるか、という考え方にどっぷりと染まった。
いくら奢ったり、現金を手渡してやれば、相手のプライドが傷つかずに済むのか。
親密にならずに、相手のストレスや退屈さやさみしさを一時しのぎでも解消できるのか。
ナンパや援助交際で辻雅也が関係を持った女性たちは、辻雅也とパートナーとしての濃密な関係になりたいとも、親友のような親密な関係になりたいとは思っていなかった。
いつわりの対等な関係、かりそめの状況とわかっている一時的な安心感。
一回限りか、数回デートするか。それだけを辻雅也に求めていた。
辻雅也はナンパや援助交際よりも安上がりで手軽に、女性と関係を持つ方法はないかを考えた。
本宮勝己と辻雅也は、どちらも異性からモテることを望んだ。
しかし、この二人はまったく違う考えを持っている。
藤田佳乃と水原綾子という、歌うことが本当に大好きな二人の女性メンバーを退会させるトラブルを引き起こした男性メンバーの辻雅也。
歌うことは辻雅也にとって、相手の女性を油断させるための方法にすぎなかった。
まだ辻雅也が童貞だった頃、辻雅也は歌が上手いと褒められた。
彼は大学生になるまで、女性と交際したことがない童貞だった。
大学生になり、受験のプレッシャーから解放されたあと、女性とセックスしたことがない童貞だと人に知られたら、軽く見られると考えるようになった。
彼の卒業した大学は、一流と世間では思われている大学で、その後は給料の良い企業に就職して、勉強を強要されて競争してきた分だけ、他人よりも良い思いができると彼は信じていた。
企業は優秀な人材を求めている。ただし、優秀ということは、その企業に適合する100人のなかで5人ほどの特別な切り札となる人材に選ばれること。
さらにの残りの30人が、そこそこ役立つ人材として、特別な5人を補助する役割を与えられる。
では他の65人はといえば、30人のそこそこ役立つ人材にするために、競争させて育成される候補となる。
すでに内定が決まった時点から、入社してから一定期間で100人の人材か、その他多数の実務のための労働者の役割を与えるかを選別されている。
特別感のある人材としてアピールする方法を知っていて行動しているか、そうではないかは就職後の生活に大きな違いをもたらす。
努力した分だけ見返りが期待できるわけではない。
利益を追求するのが目的の企業という組織で、どの役割を何人に与えるかの割合が、だいたい決まっている。
就職しても優秀な人材と選ばれた5人以外は、まず100人に選ばれているか気づける待遇に選ばれなければならない。
有名な大学に進学したことで、就職して契約するとき、初任給が高卒よりも大卒の方が高く規定で設定されているが、それは企業のなかの100人に選ばれたことを保証するものではない。
また世間の風潮として、大学への進学率が高まった結果、他の人材と比較する時のちがいとしては、大卒ということか、特別感のある人材の条件として目立たなくなった。
また企業の規模や業種によって大学へ進学した学生たちから注目されて、人が集まりやすい企業と、そうではない企業がある。
それぞれの企業の規模や業種によって、何が特別な人材の条件なのかは異なっている。
辻雅也には、自分が所属する人の群れのなかで、他人から軽く見られないように注意深く行動することが、処世術として刷り込まれている。
他人の評価を自分の価値と気にして考えがちなところは、カラオケサークルの主催者の関口朋美も同じである。
辻雅也は、大学で経済学を専攻していた。そして、単位を落とさない程度に講義を受けて無難に卒業した。
有名な大学の学生だったということのが、世間で通用する肩書きだと思い込んでいる世代の人にとっては、辻雅也は特別感のある人として信頼される傾向がある。
他の大学との合同コンパで、大学二年の時に、他の女子大の女子大生と知り合い、関係して辻雅也は初体験を経験した。
関口朋美から、辻雅也が誘惑したいサークルメンバーの連絡先を聞き出したのは、責任転嫁するためでもあった。
問題の責任を取ることを理由にして、関口朋美が自分を警察に通報したり、退会させようしたとすれば、個人情報を漏洩した主催者も責任を取るべきだと開き直るためだった。
辻雅也は、カラオケサークルの主催者だけでは手が回らないでしょうと関口朋美のサークル活動に協力することを持ちかけて、得た情報を悪用しようとした。
水原綾子が事を荒立てようとせずに退会して、関口朋美と決別したと辻雅也は判断した。
辻雅也が水原綾子をデートに誘ったことの真偽の確認を、主催者の関口朋美が決別したので取ることができない。
そんな状況につけこみ、水原綾子に自分が実は言い寄られて困っていたと、関口朋美に辻雅也は嘘を打ち明けた。
関口朋美は、辻雅也を有名大学を出たエリートだと思い込んで信頼していた。信用しきっているだけでなく、さらに同情した。
辻雅也は、高価な靴や時計、服装、身だしなみがどれだけ他人を信用させるのかを、ナンパしたことで知っていた。
主催者の関口朋美にだけ悩み事を打ち明けられると、甘えたふりをするのも忘れなかった。
関口朋美は、他人に頼られている自分という役割がプライドになっていると、辻雅也から見抜かれていた。
実力があれば世の中で必ずうまくいくというのは、バカなやつらが信じている戯言だと辻雅也は思っている。
実力があると思い込ませて、相手を信用させること。
そのことが重要だと辻雅也が考えるようになったのは、どうしてなのか?
世の中の常識が間違っている、理不尽すぎると騒いで嘆いていても何も自分に得はない。
世の中のことを損得勘定で考えて辻雅也は生きている。
馬鹿正直に決められた手順や方法を忠実に実行することは、人間よりもプログラムで確実に実行するコンピューターシステムの方が優れている。
より手間がかからず、合法の範囲内で、コストを削減できるか。
削減した時間や経費をどのように活用できるかを提案して、利益をさらに増やせる方法を思いつき、収益を生み出す人材を、優秀な人材とするなら、企業の業務のシステム化が推進されて、人員削減されても、企業にとって優秀な人材は、切られることはない。
辻雅也は、その他大勢と100人に選ばれる人の違いが、相手の思い込んでいる優秀な人材に対しての特徴をアピールする行動ができるかどうか、その差だと考えていた。
辻雅也の誤算は、関口朋美という人妻から信用されるために、自分を演じすぎた結果、関口朋美の個人的な悩み事の相談をこっそりと打ち明けられて聞く役割になったことにある。
「私の旦那には、他に女がいるみたいなの」
サークルの集まりのあと、二人で入った居酒屋チェーン店の狭い個室の座敷で、ほろ酔いになり涙ぐんで話す関口朋美にじっと見つめられ、辻雅也はこの人妻の誘いを受けるのと断るのでは、どちらが自分の得になるのか考えてしまった。
関口朋美は露骨な言葉で、辻雅也とセックスがしたいと誘ったわけではない。
辻雅也が誘いに乗ってきて、強引に誘惑されてしかたなく彼女は関係を持ったという立場で、雅也が自分をリードしてくれるか試していた。
2023年の7月から施行された性暴力と性犯罪に関する法改正いわゆる「不同意性交罪」によると、相手の女性が飲酒や薬物の摂取をしていた場合、正常な判断ができない状況であるため、男性が女性から同意を取ることができないとされる。
辻雅也が居酒屋の個室で、さらに関口朋美に飲酒をすすめ、ラブホテルに連れ込む時に、不同意で手を引いて行った様子は、街の防犯カメラの映像で確認された。
ラブホテルへ二人が入って、二人が出て来る様子も同様に録画されていた。
辻雅也がフロントの設備で空き部屋を選び、ソファーで休んでいる関口朋美を手を引いて立たせ、エレベーターに乗る様子や廊下で関口朋美に、不同意で抱き寄せキスをしてから、部屋に入っていく様子も、ラブホテルの防犯カメラの映像から確認された。
キスされたあとで、関口朋美か辻雅也の胸を軽く押し「もう、まだだめよ」と軽く拒む様子は、拒絶の意思表示とされていた。
「同意しているのと変わらないじゃないですか!」
「不倫かどうかは、相手の夫があなたに訴訟を起こすかどうかの問題てす。でも、不同意性交罪はどうやってもあなたに不利。証拠が揃いすぎています。別のボロいラブホテルなら、防犯カメラの設備がないので良かったのですが……ここは、罪を認めたほうが、心証はいいですよ」
辻雅也は知り合いの弁護士を留置場で呼んで、不起訴処分にならないか相談した。
関口朋美が訴えを取り下げなければ、起訴される可能性は高いと年配の弁護士は辻雅也に言った。
辻雅也は、関口朋美に他のサークルメンバーの女性に手を出したことが知られた。
不同意性交罪の時効は十五年。
関口朋美は辻雅也を訴えることがラブホテルへ行った日から、十五年間、訴えることができる。
関口朋美の夫は、妻が辻雅也を訴えても、あえて離婚しないことを選んだ。
「つきあっている女と別れたら、あなたの浮気を許すから、私を弄んだ辻雅也に、復讐するのを手伝ってほしいの」
交換条件として、夫の浮気を許すかわりに、辻雅也への復讐の協力を要請されたからである。
関口朋美は、皮肉な話だが不倫という行為をきっかけに、夫と久しぶりに個人として向き合って話し合った。
自分の意見を主張し、交渉することで、結婚制度ではシステム上は強い立場になっている夫に対して妻として対等であると、パートナーに認めさせたことになる。
関口朋美は、辻雅也が手を出した未婚女性を、サークルメンバーから退会させた。
本宮勝己は、一人で自立して生活していて、社会の中で生きる孤独感からモテることを望んだ。
辻雅也は自分の欲望の発散と、自分の自信を維持するためにモテることを望んだ。
関口朋美が嫉妬の怒りによって辻雅也を訴えた「不同意性交罪」の成立までの過程には、同性愛者たちから、性暴力に対する法整備を望む意見が出されていた。
幼児期に虐待を受けて、その影響から、異性に対しての恐怖という影響としてあらわれた人たちも少なからずいた。
社会人のサークル活動では、恋愛もまた人間関係としてある。
そして、恋愛のきっかけが偶然起きるのを期待して参加する人たちもいる。
恋愛において、偶然の運命的な出会いの確率は、統計学上では35億分の1といわれている。
恋愛の運命的な偶然の出会いはないとは言わない。
だが、運命的な出会いというウエルメイドな恋愛にだけに期待するには、人生は短いといえる。
主催者の関口朋美はカラオケサークルで、参加者たちには恋愛禁止をルール化した。
だが、関口朋美自身が既婚者だが恋愛していた若い頃を、再び生き直したいという望みを強く意識せずに抱いていた。
関口朋美と辻雅也の恋愛に対する考え方は違う。
関口朋美は恋愛に対して、損得勘定で考える人ではない。
彼女はウエルメイドの恋愛に期待していたわけではないが、憧れがあった。
夫との恋愛が、結婚後の生活で破綻した。
その悲しみに耐えて生きるために彼女が選んだのは、恋愛そのものというよりは、他人とのつながりそのものだった。
他人からの過小評価と自分自身の過大評価を合わせたところで、自分の評価というイメージを持って生きている。
ところが、他人から褒められた時に、自分の評価が過小評価に傾いている時ほど感動しやすい。
その感動を、人はずっと忘れることはない。
性暴力や性犯罪に関する法改正が子供たちの虐待の抑制につながることがあれば良いと考える。
恋愛において、男子学生は女子学生から選別され、また男子学生と競争して選ばれなければ、恋愛対象外とされていると感じた場合には、社会人になっても自信を喪失していて、自分を過小評価していることがある。
そうなるとさらにウエルメイドの恋愛、女性が何もアプローチしなくても偶然の恋の出会い、男性から積極的に女性に親切な行為で関わってくる確率はさらに下がっている。
女性が男性から同意を求められた時、素直に自分の心に従って力強く返答できるだろうか。
また男性も、女性から同意を求められたとき、自信を持って返答できるだろうか。
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作品の表現は、その時代の風潮の影響を受けやすい。
酌婦来る灯取虫より汚きが
行水の女にほれる烏かな
神にませばまこと美はし那智の滝
去年今年貫く棒の如きもの
(高浜虚子)
同じ一人の俳人の俳句をながめていても、その時代の風潮に従っている句から、時代にとらわれない感覚の句までいろいろある。
作品を書くことによって、まだ自覚されていない、自分の未知なる何かがあらわれてくることも、きっとあるにちがいない。
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主人公やヒロインではない脇役のストーリーを割り込ませると、
・誰がこの作品の主人公なの?
・迂回ルートですか?
・本編が完結してから、おまけのショートストーリーでやりなさいよ!
・不倫ものなら、もっと官能小説っぽく表現に色気がないとね
って、感じがしますよね~。
ああっ、文章に艶やかさがほしい
(ー_ー;)すいません
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