第7話 ラパン・アジルの水曜日(後編)
「キョウくん、そうなの。私物の仕事道具に無断でさわられたことが嫌だったと、指導担当の主任さんよりも上司の役職者に相談した人はセクハラだと伝えていたの」
指導担当の主任の男性に、新人社員の女性から、クレームの声を上げさせる。
指導担当の主任のさらに上司にあたる女性の役職者は、指導担当の主任の人を別室に呼び出して注意していた。
「カノちゃん、どうして、そのセクハラで声を上げた人が匿名で話せる相談窓口じゃなくて、指導担当者の主任の上司にあたる係長に直接相談したのかってことに、何か人間関係の事情が隠れているってことだな」
天崎悠はそう言って腕を組むとため息をついて言った。
藤田佳乃はうなずいて、指導担当で未婚男性の主任が気にしているのは、職場での仕事に対する評価でもなく、交際相手として上司の係長と部下の社員のどちらを選ぶのかはっきりしないので、ふたりの女性が張り合っていることが嫌だという相談だった。
「あー、その相談に来たやつは、つまり、上司の係長の女性と部下の社員の女性のどちらにも、好かれようとしたら、取り合いされている状況に陥ったけれど、どうしたらいいのかわからないと」
「はい。コロさん、そうだったんです。とてもびっくりしました」
水原綾子がそれを聞いて、少し不快な表情になった。
村上さんはそれを聞いていて、思わず、ふふふと笑い声を漏らしてしまったので、四人が村上さんの顔をまじまじと見つめていた。
「いや、すいません。その恋愛相談をその男性が相談窓口にしようと思ったのが、おもしろかったもので。よくある事なんですか?」
村上さんに藤田佳乃がこくこくこくと三回うなずいた。
「カノさん、職場恋愛する人はそんなに多いの?」
「それは休日以外は職場に来て、友人も知人も職場の人ばかりという人もいますから」
藤田佳乃は少し早口になって本宮勝己にそう答えると、チーズケーキを一口食べた。
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相談窓口で上司と部下のふたりとの恋愛について、仕事とは関係ないプライベートの人間関係の相談を持ちかけてきた人は、どちらとも良好な関係を維持する方法はないかと考えていた。
相談員の藤田佳乃と一緒に相談を聞いていた、中年女性の産業医は、彼女にうなずきにっこり笑うと、交代して男性の相談の対応を始めた。
藤田佳乃はどのように産業医が対応するのかを覚えておこうと思い、産業医が話した言葉を頭の中で復唱しながら黙って耳を傾けていた。
藤田佳乃よりも、年配の産業医は、相談者が上司と部下の女性の機嫌を取っておくことが職場での我が身の保身につながると考えていることが原因であることを相談者の男性にゆっくりと説明した。
その上で、結婚相手を職場で選ぶ人は男性でも、女性でも多くいることを教える。
交際がうまく行かなかった時には気まずい雰囲気に耐えきれずに退社や転職する人も以前から少なからずいる。
だが、それをしないで窓口に相談したことを笑顔でほめていた。
厳格なルール化をして規制することは難しい。
パワーハラスメントやセクシャルバラスメントの事例は、相談窓口で情報収集されている。
藤田佳乃は同席している年配の産業医は、見た目で得をしていると思っていた頃があった。
相談者が恥ずかしがらずに、自分には隠すような内容を、時には露骨な内容であっても打ちあけるのは、相談相手として若くない見た目のせいだったり、専門家らしく白衣を着ているから、見た目で信用されるからではないかと思い込んでしまい悩んだので、とても理不尽なことだと感じていた。
しかし相談を傾聴することに慣れてくると、わかってきたのは、一人で対応するときと雰囲気の異なるふたりで対応するときには、相談者の気分が落ち着きやすいことに気がついた。
人にはとても気分に流されやすい時がある。不安や悩みを抱えている時は、感情的な言葉を口にしがちである。
それが相談相手が交代することで雰囲気や話しかたが変わる。
産業医によると、心理学的に男性は心の距離が近いほど相手に怒りが湧き、女性は心の距離が離れているほど相手に怒りが湧くということらしい。
相談者から年齢の離れた産業医と近い相談員がふたりで対応するのは、相手は一人なので威圧感を与えるリスクはあるが、相談者の感情が話しているうちに高ぶってしまい暴言を吐くことの歯止めになる効果はある。
また、年齢が近い相手や自分より若い相談員に、相談者は親近感を感じやすい。逆に年配の産業医には距離感を感じやすい。
一度相談者の感情を高ぶらせてから、対応者が交代することで本音を聞き出すことも、一人よりもふたりで対応するほうが、聞き出しやすいということがある。
聞き取りから事実を確認して、相談者の悩みを軽減することで、仕事の効率を上げる効果が期待できる。
悩みの大半は人間関係の悩みであり、その原因となる事例は単純
な事例ではないものを細かくルール化するほど、職場ではルールに定められていないから問題はないと、安易に考えてしまわれがちである。
最近ではリモートワークで出社せずに自宅で働かせる方針が出されてから、自宅での作業では他人が自分のマウスを手をのばして使うことはない。
そのための違和感によるものだろうと藤田佳乃の上司にあたる人事部の部長は考えた。
相談者には異性の社員のマウスにいきなりふれることをせずに、一声かけて確認を取ることを提案したと業務報告書が作られた。
プライベートで上司の係長と部下の新入社員の女性のどちらとも交際している未婚男性の主任の肩書きの社員は、ふたりの女性が協力して少し困らせてやろうと結託してからかわれていることに気づいていない。
やがて、どっちつかずの我が身の優先の男性社員は、二人の女性たちから、愛想を尽かされる日が来るかもしれない。
村上さんは開店前の珈琲を味わいながら、自分の仕事の話をしている藤田佳乃の様子を思い出して微笑していた。
藤田佳乃がどうしてその社内恋愛の話をわざわざしたのかを、村上さんは察している。
社内恋愛というものがある。だから、自分を放置しておくと他の人が、恋愛対象として佳乃を誘うかもしれない。
佳乃は勝己にそう思わせたい。
そして勝己から告白してくるように彼女は誘導している。
誰のことを藤田佳乃がお気に入りなのかは、佳乃から聞き出したわけではない。だが、それでも村上さんには察しがついている。
村上さんは、接客業のわりには自分はお客様に無愛想な時があるが、無理にぎこちなく話しかけたりするほうが評判は悪くなると思っている。
村上さんがまだ見習いとして働いていた頃に、とても愛想が良いと常連のお客様たちに人気があった自分より若いアルバイトの女性が先輩でいて、一緒に働いているうちに、彼女に本気で恋をしたことがあった。
彼女の姿や声を懐かしく思い出してしまったのは、恋をしている若い人たちのせいだと思いながら、珈琲を飲み終えると手際よく慣れた手つきでカップを洗った。
村上さんは常連客たちが、自分の趣味の音楽や絵画に興味を持ってくれていて、レコードをリクエストしたり、どんな絵画が好きかをしきりに話しかけてくれていた頃は、名前や顔も覚えやすかったのにな、と思いながら、今日もラパン・アジルを開店した。
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詩や小説の書き方を教える集まりに参加する人たちでよく聞かれがちなことは、他の参加者の作品と自分の作品をくらべてしまいがちであり
「みなさん、よくこんな難しい言葉を知っていますね。こんな難しい言葉を使わないといけないのでしょうか。私は何も知りませんから、とても恥ずかしくて」
「みなさんの作品はたくさん書かれていて、すごいですね。私なんて、長く続けて書けなくて。それに途中で、自分が何を書いているのかわからなくなってきて」
と引け目や気まずさを口にする人は多い。
はじめは何をどう詠んだり、執筆したらいいのか、まったく見当もつかない人がほとんど。自信がある人のほうが少ない。
たとえば俳句では言葉を音数で数えることに慣れる必要がある。
小説の場合は一人称一元描写にするのか、三人称一元描写か三人称多元描写にするのかというところから、とにかく人から教わるにしても、表現する素材の内容や、使う言葉の言い回しなどは、いちいち人に考えて用意してもらうことはできない。
とにかく一歩ずつ足元を確認しながら作っているうちに、ほんの少しずつ、わかってくるものなのだ。
本を読んだり、指導をしてくれる人のアドバイスを聞いて、なるほどそういうことかと思ったとしても、すぐに作品がすらすらと出来上がるものではない。
まず俳句なら、一句でもいいので詠んでみること。
小説なら、多くの作品を読むことができるので、冒頭からひとつのシーンのまとまりを意識して読んでみても、なぞるつもりでノートなどに文章を書き取りしてみるのもいい。
ただ読んでいるだけときには気づかないことがある。
自分で書いてみようとするときには、作者の工夫やこだわりなどに気がつくことがある。
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どうも文章の癖が悪いのか、江戸川乱歩の「D坂殺人事件」みたいに、回想を使ったミステリー風にしたかったのですが……。
ああっ、自分でも読みにくい!
情報をつめこみすぎました。すいません。(;ω;`*)
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