第4話 友人、牧村麻貴が知っていること
絵が破られた日の、福永さんと前川を見た人はいないか。
放課後までに何人か声をかけてみると、一人の目撃者がみつかった。
校門近くで前川と福永さんが一緒に歩っていたところを見たというのは、クラスメイトの小野田だった。
「いや、別に気にしてなかったから、あの二人がどんな風だった、とか言われてもわかんないけどさ」
「話とかしてた?」
廊下での立ち話。開いた窓に寄りかかる小野田が首をかしげる。
「さあ、してたかな? うーん、福永、ちょっと暗かったかも。まあいつもあんな感じか。前川と、福永って家近いらしいよ。同じ道で学校来てんだろうな」
「らしいって、聞いたことある」
「だからさ、福永って男子と基本しゃべんないけど前川とはわりと話してると思う」
「そっか、だよな。ありがとう」
「
隣の
「調べもの? ほら、前川がやったらしいのに、福永は前川じゃないってやつ、変じゃない?」
「そうだけど。でもさ、前川が破った所、クラスで何人も見てるだろ」
「うん」
「福永は前川が怒られるのかわいそうで、ただ違うって言っただけじゃないの?」
「そうかも」
庇っている。確かに、それが一番あり得そうな話だ。
「だろ?」
同意を求められ、曖昧に「まあ」と頷くしかない。
「何があったかはわかんないけどさ、ほっといたほうがいいんじゃね?」
小野田なりに気づかっているらしい言葉だった。
興味本位で聞きたがりのクラスメイトもいるが、大半は興味を持ちながら、どこか気づかっているのかもしれない。
渉の祖父母の店。高宮食堂の天井付近では、古い扇風機が風を送っている。
羽のぎしぎしと、ヴヴヴというどこか苦し気な音。窓も全開で開いている。表の道路を走る車と、人の声がときおり聞こえた。
もっと暑ければ冷房が入るので、今日は久しぶりに風が涼しいのだ。
「一緒に歩いてたってことは、登校中に何かあった可能性もあるか」
木製のテーブルの上。メロンクリームソーダを前に、渉がぶつぶつ言って、最後にくしゃみをする。
夕方より前の、この時間。
店の奥にある畳の席が空いているときは、ここで宿題をやってもいいと言われている。今日も、宿題をしている風にして僕と渉は座布団の上に座っていた。
クリームソーダを運んできてくれたのは、渉のおばあちゃんで「腹、壊してないだろうね?」と確認してから僕と孫の前に置いていった。
いつもこんなおやつを出してもらえるわけでは無い。出して貰えた時は子供らしく、ありがとうございますと元気よくお礼を言って、ありがたくいただこう。
「福永さんと一番仲いいのって、牧村さんだと思うんだけど」
渉の問いかけを聞きながら、スプーンで白いバニラアイスをつつく。
「そうだよ」
ネオングリーンのあわがぷつぷつはじけるのを眺めながら、アイスが口のなかでとけるのを楽しむ。
「あの絵って夏休みの思い出を描くってものだから、ひまわりだとしたら。福永さんがどこで見た景色か知りたい」
「そんなの知って、何になんの」
「関係ありそうなことは、みんな確認したい」
渉は今日聞いた内容を、熱心にノートにまとめている。
明日も続くのか、と思ったが、メロンクリームソーダを飲んでしまったのだから仕方がない。
長いスプーンでアイスをすくいながら、まあ僕も気になるし、ここまで来たら最後まで付き合うしかないと思った。
休んでいた福永さんが登校した。
元気は少しないようだが、普段とそれほど変わらない様子だった。隣の席の前川とは、ややぎこちなく見える。
福永さんのそばにいた牧村さんから話を聞けたのは、昼休みになってからだった。
僕らが廊下に呼び出すと、彼女は迷惑そうな顔をした。
「私、今日は鈴花のそば離れたくないんだけど」
僕は「あーうん、ごめんね」と心底申し訳ないという表情で頷く。
「実はさ、福永さんのあの絵。夏休みの思い出の絵ってやつだからさ。夏休みどこで見た景色とか、どこに行ったとか聞いてないかなと思って」
「そんなこと聞いてどうするの? 鈴花のこと、変に面白がらないでよ」
「え、いや、面白がってはないよ」
棘のある声に気圧される。
「重要なことなんだ」
渉が口を挟んだ。けして大きな声ではないが、牧村さんが背の低い渉に視線を向けた。
「福永さんから夏休みの話、なにか聞いてない? あの絵、どこのヒマワリだったとか」
「どこのって……たぶんだけど。ひまわりがたくさん咲いてきれいな場所があるって、そういえば夏休み前に、鈴花が言ってたことがあって」
牧村さんは、少し前に話題になった映画と、車で少しかかる場所にある大きな公園の名前を言った。
「映画の中に、鈴花のお姉ちゃんが好な俳優が出ててたんだって。その映画を撮影した場所はひまわりが一面に咲いててすごいところだって。その話してたから」
「福永さんと、お姉さんと仲いいんだ」
「たぶんね」
牧村さんの肩より上に切りそろえられた髪がゆれる。
「お姉さん中学生?」
渉が聞く。
「そう、来年卒業って言ってた。美容師になりたいんだって。鈴花がたまに複雑なお団子とか変わった三つ編みとかするでしょ」
僕らはそろって「はあ」と気の抜けた返事になった。
「あれやってるのお姉ちゃんだって。そのために髪の毛伸ばしてるって。鈴花は変わった髪型して目立つの、あまり好きそうじゃないけど」
「へえ」
「ねえ、 本当に二人は何してるの」
中途半端な答えは怒られる気がして、真面目な顔で「調べもの」と答えた。
「何か分かっても。福永さんが知って欲しくないことなら僕は黙ってるよ」
渉が眼鏡を押し上げる。
どうして突然、そんなことを言ったのか。
渉の頭の中はわからない。けれど牧村さんの中で何かが納得できることがあったのか、微かにうなづいていた。
「前の学校でもこんなことしてたの」
「まさか。こんなにたくさん質問ばかりしてたら、気味悪がられて嫌われる。今は社交性の高い相棒が出来たからね」
そうか便利な友人がいたものだ。僕だけど。
「 前川くんは良い奴だな」
「ん?」
しみじみと渉がつぶやく。さっきの牧村さんの会話のどこら辺に、前川が良い奴って伝わるエピソードがあったんだ?
「僕はちょっと用事が出来た。先に帰ってて」
それだけを言うと、渉は下駄箱と反対方向に廊下を歩き出した。
「は?」
あいつは、本当に自分勝手な奴だった。
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