第3話 相棒にされた有村友希は、聞き込みに付き合う
教室に着くと、福永さんは休みだということがわかった。
一方の前川は普段通り登校し、周りに絡んでいる。
涼子先生も特に変わらぬ様子で授業は始まり、やがて休み時間になった。
話題になるのは、やはり昨日の事件だ。
集まったクラスの女子たちが前川のひどさを話している。
本人がいれば言わないかもしれないが、こりないのか前川はサッカーボールと共に教室の外へ出て行った。
「前川くん、またサッカー。夏休み前に、教室の時計に当てたばっかりなのに」
「ほんっと乱暴だよね」
「鈴花ちゃんかわいそう」
背中をつつかれた。
振り返ると、小柄な渉の頭がある。瞬きもせず、小声で『理由のこと聞いて』と言ってくる。
ええ? 何で僕がと、思ったが、再度つつかれてしぶしぶ口を開く。
僕だって気になってはいるのだ。
「えーとさ、昨日の前川のあれってやっぱり喧嘩だったの? でも、福永さんは前川じゃないって言ってたよね」
「優しいから、かばってるだけだよ」
何らかの標的を見つけたかのように、クラスの女子に語気も強く言われる。こわい。
「消しゴムを貸さなかったから、気に入らなかったって」
「乱暴な前川になんて貸したくないよね」
「貸したらぼろぼろにされそう」
女子たちが口をそろえて言う。
掃除の時間にほうきを持てば『決闘だ!』と、ちゃんばらの真似をしようとする前川が乱暴だと言われるのは、わからなくもない。
日頃の行いには気を付けよう。
「破られたのはどんな絵だったの」
僕の背後の渉が小声で問いかけをする。
聞こえなかった女子が「え?」と聞き返すので、愛想笑いを浮かべながら言い直す。
「福永さんの絵って、どんなの描いてたの? 見た人いる?」
「あたしは見てない」
「えっと、黄色かったのは見えた。青もあったかな」
「ひまわりだったと思うよ」
ぼそっと割り込んできたのは、絵が破られたとき止めに入った杉原だった。
女子の集団に振りかえられて、ちょっと戸惑ったようになるが「黄色い花に見えたから」と教えてくれた。
「あ、そうだったかも」
と、同意が入る。
「うん、ひまわりだった。見せてって言っても、鈴花、なかなか見せてくれなかったけど」
そう言ったのは、福永さんと一緒に居る所を多く見る牧村麻貴さんだった。
「あの絵どうなったの?」
口に出して、渉が言っていたことを思い出す。
「あ、それと絵にかけられた水筒の中身って何だったわけ? 甘い系のやつ?」
「べたべたはしてなかったよね?」
「麦茶じゃない?」
掃除を手伝った女子が教えてくれる。
「絵は、涼子先生が修復してみるって言ってくれたみたいだけど」
そう言った牧村さんは、福永さんと同じ習字教室に通っている。だから仲がいいらしい。
「鈴花そのままくださいって。そのままでいいって。破れた画用紙がビニール袋に入ってたの受け取ってた」
牧村さんがはきはきと教えてくれた僕の背後で、渉がくしゃみをする。続けて、鼻をかむ音。
「鈴花あんまり気に入ってなかったのかも。ちらっと見えた時、上手に見えたけどね。大きく花が描いてあって」
「だから、破れてもそんなにがっかりじゃなかったってこと?」
「もしかしたら、ね」
「だとしても、破ったのはひどいでしょ!」
女子たちの憤り再び。話が元に戻りそうだと思った時、チャイムが鳴り僕らは自分の席についた。
「昨日のこと聞きたいならさ、自分で聞いたら。せっかくの会話のチャンスなんだし」
昼休みに言うと、渉はまだ調子の悪そうな鼻を鳴らし、
「4月の転校初日、自己紹介で30分間話続けクラスメイトから距離を取られた僕を忘れたの?」
と、なぜか偉そうに言う。
「忘れてないけど」
渉は4月の初日、親の都合で今まで転校を繰り返していたことをまず告げると、同じ質問を何人にもされると大変なので先に答えますと言い出した。
これまでの転校先、好きな食べ物、嫌いな教科。泳げない。スキーも得意じゃない。関西弁も福岡弁も話せない。飼ったことのある生き物は金魚。などなど。
5年から繰り上がりでみんな顔見知りだった6年2組。新しく転校生を向かえたクラスには、なかなかインパクトのある自己紹介だった。
馴染めそう……ではなく、癖がありそうだという印象を与えるのに渉は成功した。
面白がって話しかけるタイプもいたが、渉と合う性格ではない。自然と変わりものな印象だけを残し、微妙にクラスに馴染めない今にいたる。
馴染めなくとも、本人はそこまで気にしてなさそうだけど。
「どうしてあんな長い自己紹介したわけ」
大人しいように見えて癖の強い幼馴染を前に、若干呆れながら聞いてみる。
「新しい環境を試す良い機会だと思ったからね。おかげで30分間止めずに面白いと唸った涼子先生は、だいぶ柔軟性がある教師だとわかったよ」
「いや先生が2分で止めてくれたら、今頃もっと自然にクラスに馴染めてたって」
「何もしなかったのに馴染めないほうがみじめなじゃないか」
他の学校で何して来たんだ。
眼鏡の奥で記憶に浸るようなまなざしをして、渉は自分の席でノートを広げた。
広げたページの半分は、すでに文字でうめられていた。
「今日聞いたことの他に確認したいのは、福永さんと前川くん、二人の普段の仲と事件の起こったその日の様子だね」
鉛筆の先でページをつつく。書かれていたのは、他に聞きたい内容のメモらしい。
彼は思った以上に、目の前で絵が破られた本人が彼じゃないと否定した件について、何があったのか本気で調べたいらしい。
「福永さんと前川くんって普段から仲悪かったの? 4ヵ月弱ほどクラスに居た僕としては、福永さんは自分の主張は控えめなタイプのように見えたね。乱暴者と言われる前川くんに対して、内心どう思ってたかわからないけど。少なくとも口には出さないと思うんだ」
「僕も二人が普段から仲が悪かったとは思わない。席もとなりで、……あー、たしか家も同じ方向だったはず。だからさ、福永さんが男子の中で一番話すの意外と前川かも」
「なるほど。家が近所かもしれないのか。絵を破く事件の前の二人が知りたいな。その日、登校してきたとことか会話してるとこ、見ていた人いないかな。誰か聞いてみてよ」
「……僕が?」
「風邪で喉が痛いんだ」
渉がしれっと言う。
「ああ、帰りに僕んちでアイス食べていきなよ。メロンクリームソーダにさ、ダブルでのせたやつ」
けして食べ物につられたわけじゃない。
僕だって真実が知りたいし、ちょっとお人好しなだけだ。
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