第2話 転校してきた須能渉は、事件を知りたい

 夏休みが明けて二日目。薄曇りの朝だった。


 有村友希ありむらともきはいつもより少し遅く家を出て、母親の車にのせられると、紺色の暖簾が下がる食堂の前で降ろされた。


 暖簾には高宮食堂と、白い太文字で書かれている。

 その傍らには『定食・めん類』と書かれた看板。夏場の今は、窓をおおうようにすだれが下がっている。

 その前で、待っていた須能渉すのうあゆむの母が「友希くん、ありがとう」と大げさに両手で拝む。

 隣には、ちんまりと小柄な渉がいつもの眼鏡をかけて表情なく立っている。


彩加あやかちゃんごめんね、本当にありがとう。これ良かったら食べて!」

 母さんが窓越しに白いビニール袋を受け取った。

「わーい、嬉しい! 高宮さんとこの特製からあげだ。友希のぶんは、夕飯に残しとくからね」

 どうやら特製からあげの大半は夜までに無くなるらしい。

「じゃあね、友希、渉くん、気を付けていってらっしゃーい!」

 ひらひらと手を振って、友希母の赤い車は走り去った。


 


 ずずずと、鼻をかんで須能渉はティッシュをポケットにしまう。

「それはずいぶんと興味ぶかいね」

 学校までそう遠くない。暑い日差しを出来るだけ避け、僕と渉は日陰を選んで歩いた。


 昨日のクラスの話題と言えば、福永鈴花の破られた絵だ。

 渉は気だるげな足取りながら「そんな日に、休むなんて」と本気で悔しそうな口ぶりをする。

「明らかに前川くんだったと周りの目撃者が言う。それなのに、被害を受けた本人が否定するとは。いったい、どういうことだろう」

「変だよね」

 渉は6年2組に4月から転校してきた。

 そんな彼は風邪をひいて、夏休み明け初日である昨日、学校を休んだ。鼻声だし明らかに風邪のようだが、新しいクラスに馴染めていないのではないかと、家族、とくに彼の母親に心配されたようだった。

 僕からすれば、そんなことはないと言えるのだけど。

 

 そうして、渉母から「申し訳ないんだけど……!」と、元同級生で友人である有村友希の母に電話が入り、一緒に登校する流れとなった。

 家の方向は違うが歩く距離は短くなるので、嫌ではない。いつもと違う通学路は特別感があるし。なんか楽しい。

 

 転校の多い渉だったが夏と冬の休みは、母親の実家であり食堂でもある高田家に来ていた。

 そこに何かと母親と連れられてきていたのが友希だ。

 年少組のころから、渉と何度も顔を合わせて、気づけば幼馴染のようになっていた。

 渉はちょっと変わっている所があるが、悪い奴ではない。

 

「福永さんと前川くんは喧嘩でもしてたわけ?」

「それもはっきりしないらしいよ。前川が言うには、消しゴムを貸してもらえなかったから怒ったって言ってたみたいだけど。福永さんはそんなことはないって言ったらしいし」

 教室で騒ぎがあった後、福永さんと前川は先生に呼ばれ別の教室で話をしていた。

 僕が知っている情報は、二人がクラスに戻ってから聞きたくて聞きたくてしょうがないクラスメイト達の会話から広まったものだ。

 聞きたいと言わなくとも、「知ってる?」と教えてくれる存在が、ありがたいのか迷惑なのか僕にはまだわからない。

 

「ますます不思議だ。僕としては意地悪されて、仕返しするならこっそりした方が怒られなくていいと思うな」

「んー。前川は授業中もいつも騒がしくて先生に怒られてるし、こっそり仕返ししたい性格ではないと思うよ」

 なるほどと、道端の電柱を避けながら渉は言う。


「前川くんは性格が悪いわけ?」

 真っすぐ聞く。渉の眼鏡の奥の目に、遠慮とか気まずさなどない。

「性格が悪いと誰にでも断言されるほどじゃないと思う。ただ騒がしいやつとは言える」

「で、その破られた絵はどうなったの?」

「さあ」

「さあって。修復しなかったってこと?」

 信じられないというように、立ち止まった渉が見上げてくる。


「してないと思うよ」

 渉が再び歩き出すまでの間に、駐車場のフェンスの前にたくさん生えていた猫じゃらしをむしる。

「それにさ直したって、ぬれてふやけて、破られたんだから、ボロボロでしょ」

「そうかな。かけられた水筒の中身って、水かお茶かスポーツドリンクでしょ。まあ、今までの学校でカルピスとコーラを入れていた珍しいタイプもいたけど」

「そんな奴いるんだ。まあ、カルピスとコーラではなさそう」

 引っこ抜いた2本の猫じゃらしを、ぶんぶん振ると種が飛んだ。


「画用紙にさ、水がかかったって、すぐならそんなふにゃふにゃになるかな? すぐ破ったんでしょ、水は下に落ちたんじゃない? 破られても、テープで貼れば結構もとに戻ると思う」

「そんな形での元通りなんか、嫌だったんじゃない」

 ふうん、と何か考えて、僕が隣にいないかのように、渉は学校に着くまで無口になった。

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