転移3日目 ここを拠点にします

少年を傷つけないように扉を乱雑に蹴り開け、飴色の床の玄関にそっと下ろす。

笑くんはきょとんとした顔で私を見上げた。

ね、と笑って目配せすると、笑くんはとたんに赤くなり後ずさり、ついには向こうに走って行ってしまった。


「えっ、ちょっと待ってよ~!」


私ですらまだこの家の構造を理解できていないのに・・・・。

笑くんは扉を次々開けて、逃げて逃げて逃げ惑う。

それを追い続けること数分。

少し小さめの部屋の奥に、笑くんはしゃがみこんでいた。

白い指で必死に頬を覆い、荒い息を繰り返している。


「あの、葵さん、私は、今日からここで暮らすんですか・・・・?」


その問いに、ちょっとギクッとする。

これ、現実だったら誘拐だよね。笑くん、この状況で怖がっちゃってるのかも・・・・。

とりあえず誤魔化そうと必死に言葉を並べ立てる。

悪い癖だとは思うけど、口が勝手にぺらぺらと動くのだ。


「そ、そういうわけじゃないよ。帰りたかったら帰って、も・・・・あっ」


帰りたい訳があるか、私の馬鹿!

笑くんのいた村は、彼にとっての地獄と呼んでも差し支えなかったんだぞ⁉

私の頬は、きっと青くなってる。慌てて謝る。


「ご、ごめん・・・・! お詫びになるかはわからないけど、とりあえず、何でもするから、そのっ」


わたわたと挙動不審になりながら説明を繰り返すと、笑くんは楽しそうに笑った。

もしかすると笑顔って初めてではなかろうか。

まさしく天使だ、ずっと笑っていればいいのに。

いや、私がこれから彼を笑わせ続けるのか。


「葵さんって、すっごく面白くて優しい人なんですね」

「えへ・・・・ありがとう。そうだ、お風呂に入っておいで。私はこの家をもうちょっと探検したいんだよね」

「・・・・私も、したいです、探検」

「いいよ! でも服が泥だらけだから、せめて着替えてはほしいな」

「あっ、ごめんなさい・・・・」

「ちゃんと謝れて偉いねっ」


着替え、どこにあるのかな。とりあえず幣を一振り。

すると幣が勝手に私を引っ張りはじめ、そこそこ大きな部屋に案内した。

中には服がきれいに整頓されて入っているので、巨大なクローゼットなのかもしれない。

とりあえず笑くんに似合いそうな服を数着選んで急いで戻る。

何も言わずに飛んで行っちゃったからなぁ、どう弁明したものか。

部屋の襖を開けると、予想した通り笑くんが飛びついてきた。


「葵さぁん!」

「ごめんごめん、飛ばされちゃった」


着替えを渡して、お風呂に案内して、えっと、あとはおいしい食事を用意してあげたいな。

図書室の本棚に何かいいものがあるといいんだけど。

・・・・と思っていたらレシピ本が手の中に現れた。

難易度はちょうど自分で作れるくらいで、材料も道具もどうやらあるらしい。

できれば洋食のほうがいいかな。オムライスを作ってあげよう。

ちょうど作り終わったころ、控えめにかちゃんと音がした。

お風呂の扉を閉めた音だ。

髪をタオルで拭いてあげながらテーブルに移動する。


「その様子じゃ、お風呂は上手に入れたみたいだね。ご飯できてるよ、笑くん。一緒に食べようか」

「へぁ、はい」


スプーンは初めて使うだろうか?

正直、私の服が可愛い巫女服で、最初の村が奈良時代もかくやというボロ村だったので、文明レベルがよくわからない。

明治とか昭和とかなのかもしれないし、江戸や大正、または奈良や平安の可能性もある。

うーん、でもチートが使える時点でそんなことを考えても仕方がないかもしれない。

とりあえず笑くんに渡してみたところ、不思議そうに見つめている。


「これ、どうやって使うんですか・・・・?」

「食べ物をすくって乗せて、こう。難しい?」

「・・・・はい」

「うーん。じゃあ、ちょっと口開けてくれる?」


実演してもどうやら難しいみたいで、だから最終手段。

子供にやるみたいだからためらっていたけど、スプーンにオムライスを乗せて笑くんの口元に差し出す。

口に入った瞬間、彼の顔がぶわあぁぁと明るくなった。

あまり咀嚼しないうちに飲み込んでしまったので、ちょっとたしなめてからもう一回。

だって、餌付けみたいで可愛いんだもん。


「大丈夫、まだあるからね。しっかり噛むと健康にもいいんだよ」

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