第11話:恋は焦らず、されど運命は……

  とっ散らかった初陣道具と薄い本BL漫画だらけの部屋。20歳の兄が、中年の弟にキスを迫る絵面がシュール過ぎる。

 

「良いか、キスするぞ」


「僕で練習してどうすんの」うんざりした顔で室内を見渡したキングは「キスより先にする事があるんじゃないの?」と兄に釘を刺した。


 ヨシュアは十分に理解していた。キングは、告白を受けるか決めろと迫っている。至極当然、もっともな話である。

 

 けれども、いただきとんがり繊細ハートは、7sセブンスと向き合うのが怖かった。


 ――アイツは、私が二度目の人生だって事すら知らない。


 告白を断れば、7sは日常にかえるだけ。異能の世界になど足を突っ込まずに済む。そしてヨシュアは、一度目と同じ。決して実らない恋に執着していれば良い。


 傷を抱えて生きるのは、問題を起こしたヨシュアだけで終わるのだ。



 気づいたら口から出ていて、キングの目元が悲しげに揺れた。赤子の頃からヨシュアを育てているのだ。心情は父親と変わらない。

 

 追い打ちをかけるように、携帯が再び音を立てた。7sだ。


 都合が悪くなると出る悪癖。テンパったヨシュアは、弟の頬を両手で挟んで唇を重ねようとしてしまった。って固まるキングなど、お構いなし。

 

 コツンと眼鏡がぶつかって、ヨシュアは同じ顔をした弟をまじまじと見た。


「……私は、自分がもっと美しいと思ってた。なんだか、改めて見ると気色悪いな」


「そっくりそのまま、兄さんに返すよ。何が悲しくて、こんな事しなきゃいけないんだ。鏡で練習すれば良いだろ。どいてよ」


「ハァ!? お前は中年じゃないか! 肌のハリが違う。背だって私の方が高い。一緒にするな!」


 屁理屈大魔神の脇をキングがスルリと抜ける。行動はトンデモだが、複雑な胸中である事は容易に想像がつく。しょんぼり下がった背中を、キングが優しく叩いた。


「僕たちも、ナオミにどこまで打ち明けるべきか悩んでるんだ。一度に全てを解決は出来ないよ」


「……私はどうすれば良い」


恋愛いまを楽しめば良いと思う。7s君が結婚って言い出したのは、自分だけを見て欲しいからじゃないかな」


 階下で母娘の声が聞こえ始めた。ドアを開けたキングはもう一度、ヨシュアの肩を叩いてから部屋を後にした。


 ――誰だって自分だけを見て欲しいものだ。


 ベッドに倒れ込んだヨシュアは、携帯を開いた。普段の彼には有り得ない量のメール。全て7sからだった。どれも短文だが、悩んでは消し、消しては悩みを繰り返す姿が目に浮かぶようだ。


「アイツは、昔から勉強が嫌いだからな」


 ヨシュアは自然な笑みが零れている事に気づいて、顔を赤らめた。目を閉じれば、そこにいるのは今にも「クゥーン」と鳴き出しそうな、7sだけ。


 声が聞きたい。突き動かされるように通話ボタンを押す。直ぐに人懐っこい声が聞こえてきて、今度は本当に笑っていた。


「返事が来ないから、怖くなっちゃって……鬼メールしちゃった、ごめん」


「こっちこそ、ごめんな。気づいてたのに、中々返事が出来なくて」


「あの……俺さ。今日、振られる覚悟で告ったんだよ」


「指輪まで用意して!?」


「うん。盛大に振られた方が、諦めもつくかな~なんて。だって、ヨシュアが好きなのは俺じゃねえじゃん」


 その声色に、ヨシュアは枕をギュッと抱きしめた。身体の芯から火照って、無性に熱い。鼻がツンとして、視界がかすんだ。こんなのは、一度目の人生を含めても初めての事だ。


『僕だって幸せが欲しい』


 ヨシュアは自分の言葉を思い出して、瞳を閉じた。


 ――現実と向き合うのは、徐々にで構わない。


「ホープを忘れるのに時間が掛かっても良いか? それに……本当の僕は秘密だらけなんだ」


「秘密? 厨二病が出てないか、ヨシュア」


 ナチュラルに失礼な事を言われてる自覚のないヨシュアは、優しくかぶりった。


「会いたい。顔が見たいんだ」


「あっ、俺も同じ事思ってた! 本当は毎日、見ていたいんだけど……」


「「明日、会わないか?」」


 同時に声が出て、二人は笑い転げた。そうと決まれば話は早い。7sは今日の事件で、明日は念の為に休みなのだと言う。


 格好良くデートをエスコートしたい所だが、生憎ヨシュアはコミュ障。ホープに恋をしてから、7sと出かける機会もなくなった。モジモジと言葉を探す男に、受話器の奥から明るい声が聞こえた。


「ヨシュアを、とっておきの場所に連れて行きたいんだ。俺のエスコートで良いかな?」


「うん! 楽しみにしてる」


 告白から先の話は、電話越しじゃ伝わらない。二人は待ち合わせの約束をして、通話ボタンを切った。




 ◆




 翌日――


 朝から雨の降り出しそうな曇り空を、元気に飛び出すヨシュアの姿があった。ソワソワとバスを待つ。何回、腕時計を確認した事か。


 そこに居て当たり前の幼なじみが、こんなにも恋しいだなんて。


 バスに乗り込んだヨシュアは、厚く垂れ込めた雲を見つめながら胸を震わせていた。ダウンタウンにある、7sのアパートに向かう。


 ――一緒に暮らす位なら、アリなんじゃないか? だって、今の僕にホープはいない。心は一つだけだ。


 バスを降りて、走り出す。アパートまでワンブロック。直ぐに、よく目立つ金髪が視界に飛び込んできた。手入れの行き届いたバイクの前で佇んでいる。


「おい、走るなって! 危ないぞ」


「僕を子供扱いするな! 過保護も過ぎると嫌われるぞ」


 おどけてわざと困った顔をする7sに、ヨシュアは心臓がぜそうになっていた。


 これが、恋。

 望んで、求めて、ずっと手に入れられなかった感情。


 心のコップから、積年の想いがあふしそうになる。堪らず俯いてしまったヨシュアに、新品のヘルメットが手渡された。


「順番はこっちだよな。お前にプレゼントしたくてさ、高校時代にバイト代貯めて買ったの。昨日はごめんな。俺、焦り過ぎちゃった」


「じゃあ結婚は……」


「まずは、俺と恋愛してくんねえ? ゆっくりで良いから。俺は、絶対に逃げない。一生、お前の傍にいるよ」


『一生、お前の傍にいる』喉から手が出るほど欲しかった言葉。ついにサファイアブルーの瞳から涙が一粒、ポロリと落ちた。


 気を遣った7sが、さりげなくヘルメットを被せてやる。ヨシュアは、ようやく幼なじみの優しさに気づいていた。昔から、変わらずそこにあった優しさに。


 二人でバイクにまたがる。後部座席に座るヨシュアは、離れたくない気持ちそのままにしがみついた。


「7s、何処に行くんだ?」


 エンジン音が裏路地に鳴り響く。ヘルメットで表情は分からないが、7sが上機嫌なのは間違いなかった。


。どうして俺が警察官になったか、知ってるだろ。憧れの人なんだよ」


 瞬間、ヨシュアの手が、かすかに硬直した。


セブン……」


「え? 聞こえない!」


「いや、何でもない」


 7sの叔父。彼は、ヨシュアに忠誠を誓ったまま命を散らした。20年前、一度目の人生で破滅を選択したヨシュアを唯一、肯定してくれた男。


 そしてただ一人、本気の恋愛を捧げてくれた男。


 ――7sは、知らない。私がどれだけの非道を、叔父に強いたのか。


 過去は決して、自分から去ってはくれない。走り出すバイク。暗くなった空から、雨が降り出していた。


 

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