第11話:恋は焦らず、されど運命は……
とっ散らかった初陣道具と
「良いか、キスするぞ」
「僕で練習してどうすんの」うんざりした顔で室内を見渡したキングは「キスより先にする事があるんじゃないの?」と兄に釘を刺した。
ヨシュアは十分に理解していた。キングは、告白を受けるか決めろと迫っている。至極当然、もっともな話である。
けれども、
――アイツは、私が二度目の人生だって事すら知らない。
告白を断れば、7sは日常に
傷を抱えて生きるのは、問題を起こしたヨシュアだけで終わるのだ。
「
気づいたら口から出ていて、キングの目元が悲しげに揺れた。赤子の頃からヨシュアを育てているのだ。心情は父親と変わらない。
追い打ちをかけるように、携帯が再び音を立てた。7sだ。
都合が悪くなると出る悪癖。テンパったヨシュアは、弟の頬を両手で挟んで唇を重ねようとしてしまった。
コツンと眼鏡がぶつかって、ヨシュアは同じ顔をした弟をまじまじと見た。
「……私は、自分がもっと美しいと思ってた。なんだか、改めて見ると気色悪いな」
「そっくりそのまま、兄さんに返すよ。何が悲しくて、こんな事しなきゃいけないんだ。鏡で練習すれば良いだろ。どいてよ」
「ハァ!? お前は中年じゃないか! 肌のハリが違う。背だって私の方が高い。一緒にするな!」
屁理屈大魔神の脇をキングがスルリと抜ける。行動はトンデモだが、複雑な胸中である事は容易に想像がつく。しょんぼり下がった背中を、キングが優しく叩いた。
「僕たちも、ナオミにどこまで打ち明けるべきか悩んでるんだ。一度に全てを解決は出来ないよ」
「……私はどうすれば良い」
「
階下で母娘の声が聞こえ始めた。ドアを開けたキングはもう一度、ヨシュアの肩を叩いてから部屋を後にした。
――誰だって自分だけを見て欲しいものだ。
ベッドに倒れ込んだヨシュアは、携帯を開いた。普段の彼には有り得ない量のメール。全て7sからだった。どれも短文だが、悩んでは消し、消しては悩みを繰り返す姿が目に浮かぶようだ。
「アイツは、昔から勉強が嫌いだからな」
ヨシュアは自然な笑みが零れている事に気づいて、顔を赤らめた。目を閉じれば、そこにいるのは今にも「クゥーン」と鳴き出しそうな、7sだけ。
声が聞きたい。突き動かされるように通話ボタンを押す。直ぐに人懐っこい声が聞こえてきて、今度は本当に笑っていた。
「返事が来ないから、怖くなっちゃって……鬼メールしちゃった、ごめん」
「こっちこそ、ごめんな。気づいてたのに、中々返事が出来なくて」
「あの……俺さ。今日、振られる覚悟で告ったんだよ」
「指輪まで用意して!?」
「うん。盛大に振られた方が、諦めもつくかな~なんて。だって、ヨシュアが好きなのは俺じゃねえじゃん」
その声色に、ヨシュアは枕をギュッと抱きしめた。身体の芯から火照って、無性に熱い。鼻がツンとして、視界が
『僕だって幸せが欲しい』
ヨシュアは自分の言葉を思い出して、瞳を閉じた。
――現実と向き合うのは、徐々にで構わない。
「ホープを忘れるのに時間が掛かっても良いか? それに……本当の僕は秘密だらけなんだ」
「秘密? 厨二病が出てないか、ヨシュア」
ナチュラルに失礼な事を言われてる自覚のないヨシュアは、優しく
「会いたい。顔が見たいんだ」
「あっ、俺も同じ事思ってた! 本当は毎日、見ていたいんだけど……」
「「明日、会わないか?」」
同時に声が出て、二人は笑い転げた。そうと決まれば話は早い。7sは今日の事件で、明日は念の為に休みなのだと言う。
格好良くデートをエスコートしたい所だが、生憎ヨシュアはコミュ障。ホープに恋をしてから、7sと出かける機会もなくなった。モジモジと言葉を探す男に、受話器の奥から明るい声が聞こえた。
「ヨシュアを、とっておきの場所に連れて行きたいんだ。俺のエスコートで良いかな?」
「うん! 楽しみにしてる」
告白から先の話は、電話越しじゃ伝わらない。二人は待ち合わせの約束をして、通話ボタンを切った。
◆
翌日――
朝から雨の降り出しそうな曇り空を、元気に飛び出すヨシュアの姿があった。ソワソワとバスを待つ。何回、腕時計を確認した事か。
そこに居て当たり前の幼なじみが、こんなにも恋しいだなんて。
バスに乗り込んだヨシュアは、厚く垂れ込めた雲を見つめながら胸を震わせていた。ダウンタウンにある、7sのアパートに向かう。
――一緒に暮らす位なら、アリなんじゃないか? だって、今の僕にホープはいない。心は一つだけだ。
バスを降りて、走り出す。アパートまでワンブロック。直ぐに、よく目立つ金髪が視界に飛び込んできた。手入れの行き届いたバイクの前で佇んでいる。
「おい、走るなって! 危ないぞ」
「僕を子供扱いするな! 過保護も過ぎると嫌われるぞ」
これが、恋。
望んで、求めて、ずっと手に入れられなかった感情。
心のコップから、積年の想いが
「順番はこっちだよな。お前にプレゼントしたくてさ、高校時代にバイト代貯めて買ったの。昨日はごめんな。俺、焦り過ぎちゃった」
「じゃあ結婚は……」
「まずは、俺と恋愛してくんねえ? ゆっくりで良いから。俺は、絶対に逃げない。一生、お前の傍にいるよ」
『一生、お前の傍にいる』喉から手が出るほど欲しかった言葉。ついにサファイアブルーの瞳から涙が一粒、ポロリと落ちた。
気を遣った7sが、さりげなくヘルメットを被せてやる。ヨシュアは、ようやく幼なじみの優しさに気づいていた。昔から、変わらずそこにあった優しさに。
二人でバイクに
「7s、何処に行くんだ?」
エンジン音が裏路地に鳴り響く。ヘルメットで表情は分からないが、7sが上機嫌なのは間違いなかった。
「
瞬間、ヨシュアの手が、
「
「え? 聞こえない!」
「いや、何でもない」
7sの叔父。彼は、ヨシュアに忠誠を誓ったまま命を散らした。20年前、一度目の人生で破滅を選択したヨシュアを唯一、肯定してくれた男。
そしてただ一人、本気の恋愛を捧げてくれた男。
――7sは、知らない。私がどれだけの非道を、
過去は決して、自分から去ってはくれない。走り出すバイク。暗くなった空から、雨が降り出していた。
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