第12話:不穏が忍び寄る
雨足がどんどん強くなる。
遠くでは、雷鳴が
急な雨に打たれたヘルメットから、ブロンドが姿を
「すげえ雨だな。墓参りは今度にしよう。俺のアパートに戻ろうぜ。これじゃ風邪を引く」
振り向いた7sの微笑みに、かつての忠心を見たヨシュア。気が付けば、バイクから降りて後ずさっていた。ヘルメットは被ったまま。顔の見えないシールドは、再び閉ざした心、そのもの。
余りの様子のおかしさに、7sが直ぐさま反応した。
「え、ちょっと。どうしたんだよ、ヨシュア」
「……ダメだ」
「はい?」
「私だけが夢を見て良い筈がない! お前は地獄になんて行く必要がなかった、
横殴りの雨が吹き付ける。7sの顔がサッと強ばった。彼は生前の叔父を全く知らない。知るのは父親から聞いた、武勇伝くらいのものだ。
スラムから抜け出して、警察官になった叔父。自分を身ごもったばかりで経済的余裕がなく、途方に暮れていた両親に大金を遺した人。
けれども、目の前にいるヨシュアは、まるで生前の7を知っているかのような口ぶり。悲鳴にも似た叫び声だけは、雷雨もかき消してはくれなかった。
顔が見たい。疑問に思った7sが手を伸ばした時、丘の向こうに雷が落ちた。雷鳴と共に、
「……帰る」
「聞こえない……ちょっ、この中を帰るのかよ!? せめて、小降りになってからにしねえ? あっちに管理室があるから!」
「お前の叔父が死んだのは、私のせい……」
「え、何? メットと雨で聞こえないんだって!」
瞬間、近くの森林に雷が落ちた。雨足も強まるばかりだ。流石にこんな所を一人で帰せない。
純粋にヨシュアが心配だった7sは、半ば強引に腕を掴んだ。抵抗する痩身を引きずって、管理室のある小屋へと連れて行く。
それから二人は、夕方まで雨宿りをして過ごした。
ヨシュアは膝を抱え
◆
翌朝、警察署に出勤した7sは、携帯に視線を落としていた。
あれから、近くの停留所まで送って貰ったヨシュアは、振り返りもせずにバスに乗り込んだ。酷く虚ろな目をして。
――出かけるまでは、楽しそうに笑ってたのに。
7sは返ってこないメールを見つめて、物憂げな溜め息を
――ヨシュア、絶対に
だらけきった勤務室に、ピリッとした緊張が走った。署長と警部補だ。ボーッとしている7sの元へ、一直線に歩いてくる。
「7s・スチュワート巡査。一昨日、プールで逮捕した男の件だが」
「はい」
「FBIに移送が決まった。だが、相手が司法取引を持ちかけてきてな」
変態モブおじが、FBI案件とは。にわかにざわつきだした勤務室を、警部補がジロリと
「俺に何の用ですか?」
「司法取引に君を指名してきた」
「え?」
署長と警部補は顔を見合わせると、なんとも言えない表情を浮かべた。
「君は今、20歳だったか。『ミレニアムスリープ』って言葉を知ってるか?」
「ああー。90年に世界中の人が、同じ未来の夢を見たとか言う。なんでしたっけ、バイオテロのヴィジョン?」
「あの時、米帝は大変な苦境に陥っていた。君も知ってるだろう、大統領と副大統領が行方不明になった」
警部補が自販機にコインを入れる。よく冷えたアイスコーヒーを7sに手渡した。
「知ってます。全てはキンドリー家の自作自演ってやつでしょ。陰謀論ですよ。アンナ夫人が大統領になってから、また噂になってますよね。ネットの書き込みで見ます」
7sは一息で話すと、アイスコーヒーを喉に流し込んだ。それまで神妙な面持ちで黙っていた署長が、重い口を開く。
「それが、陰謀論で切り捨てられない。キンドリー家が司法を買収していたのは、事実でね。アンナ夫人と彼女の後ろ盾が、我が国の暗部を
「……? それとあの変態に何の関係があるんです?」
三人は、州警察で一番厳重なエリアに足を踏み入れていた。ここから先は、警部補以上でないと入室が出来ない。
受付で身分証を預けた7sは、質問に答えない上司に
二重扉を監視官に開けてもらい、取調室に入る。拘束されたオイルマンが、ヌラヌラした顔で7sを舐め回すように見ていた。
「さあ、連れてきたぞ。証拠はどこにある」
「デュフッ! お待ちしておりました。私ね、思い出したんですよ。君、
突然飛び出した叔父の名前に、7sが眉を
オイルマンは
「私は州警察の元警察官でした。
「……は?」
「プールでの再会、ディスティニーでした! もしですよ? 君の大切な想い人が、拙者の雇い主だったとしたら……デュフッ、どうします?」
7sは身を乗り出すが早いか、オイルマンの胸ぐらを掴んでいた。ガタンと椅子の倒れる音がして、屈強な男達が総出で止めに入る。
「何が言いたいんだ、てめえ! くだらねえ陰謀論に付き合ってる暇なんかねえぞ!」
「刑事さん、暗証番号は11081です。今もあるんでしょ、開かずのロッカー。その中に証拠がありますよ」
直ぐに監察官が取調室を出て走り出す。15分ほどして戻ってきた監察官は、ファイルと古びたビデオテープを手にしていた。
ファイルの中身は、組織図だった。『トロイ』と表記されている。7sは書類に叔父の名前を見つけて、吐き気を覚えていた。
――叔父さんがテロリスト? まさか。
オイルマンはニタニタ笑うばかりで、何も喋らない。
解像度の悪い映像。一見すると、ただの軍事演習にしか見えない。しかし、その中に鋭い目をした黒髪の女性を見つけた時、7sの呼吸は自然と浅くなっていた。
リングとも呼べない広場で、男が二人、ナイフを用いた戦闘訓練を行っている。一人は自分とよく似た金髪の大男。もう一人は、褐色肌をした青年。
7sは、全身が
――嘘だ。こんなの全部、作り物だ。
7sが歯を食いしばった刹那、カメラがズームして、会場の最奥を映した。
ブルネットに青白い肌、黒いスーツと世界を拒絶するかのような、サファイアブルーの瞳。
薄笑いを浮かべて戦闘訓練を見学していたのは、ヨシュア・キンドリーだった。
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