第7話:チリドッグとクリームソーダ

 パーカーを脱ぎかけていたホープは、笑顔で首をひねった。出会った時から、ずっとこんな感じだった7sセブンスを、彼は『そういうヤツだ』と思い込んでいるフシがあった。

 

「だけどヨシュアが寒いんじゃないの? 鳥肌、立ちまくってるよ」


 プールまで一緒に来たナオミが口に手を当て、不思議そうに呟く。


「ねえねえヨシュア。あの大荷物の中身って何なの? 水着も持ってたヤツと違うじゃん」


「……ヒュッ」


「「「ヒュッ?」」」


 初陣道具しか入っていないと、流石のヨシュアでも言えない。堪らず呼吸が浅くなってしまったのを、幼なじみ達は勘違いした。寒すぎて話が出来ないのだと。


「俺のを取ってくる。おい、ホープ。ヨシュアに絶対、近づくんじゃ……」


「混んでるー。相席で良いよね。先に待ってる」


 脳天気に話をさえぎったナオミが、ヨシュアの手を引いて、サクッと行ってしまった。「お腹空いたー!」はしゃぐ彼女は、ウルトラマイペース星人だった。


 チリドッグとクリームソーダ。


 相席になって機嫌が悪いのは、7sだけ。「美味しそう」サファイアブルーの瞳をキラッキラに輝かせたヨシュアは、パーカーの中で泳いでいた。7sが貸してくれたは良いが、どうにも大きい。


「うう、袖が長すぎる。これでは、チリビーンズがついてしまうぞ。どうにかしてくれ」


「いや、敢えてそのままで行こう。俺得だから」


 ポカーンとした顔のヨシュアが、袖からヒョコッと指を出した。見事なまでの、彼パーカー萌え袖。

 彼は決して小柄ではない。パーカーを貸した男がデカすぎるのだ。7sが目尻を下げて「可愛すぎて、罪深い」と溜め息を漏らした。


「確かに可愛いかもなあ。ヨシュアって女顔だし」


 恋する筋肉の言葉を捉えたホープが、しれっと答えた。クリームソーダをズコーッと吸い込む。

 イケメン二人から『可愛い』認定された精神年齢五歳児は、それだけで満足してしまった。


 小さい口にチリドッグを運んで、ほっぺたを膨らませる。「んー、おいひい」途端にがんした彼は、心底幸せそうだった。一方の7sは、再びホープをにらんでいた。


 ――ハァ!? てめえはノンケだろ。何、ヨシュアの事、可愛いとか言ってんの。


 情緒がジェットコースターな7sに、ナオミが淡々と話しかける。


「7sって、前はもっと穏やかだったよね。折角なんだから、楽しめば良いじゃん。デートなんでしょ」


「……デートって、誰から聞いたん?」


 チリドッグにタバスコをドッパドッパかけながら、ナオミが指差す。大好物に夢中のヨシュアは、まるで気づいていなかった。


 ――友達と行くって言わなかったんだ……めっちゃ嬉しい!


 むっぎゅー


 突然、ムチムチの雄っぱいに抱きしめられ、ヨシュアはチリドッグごと凸ってしまった。


「ああっ。何するんだよ、7s。まだ一口しか食べてないのに……」


「デートって宣言してくれたんだな! ありがとう」


「チリドッグ、潰れちゃったじゃん。俺のポテト食う?」


「あはっ、仲良しさんだ。うらやまー」


 四人が放つ天然のクロスカウンターに、ギスギスは持続のしようがなかった。基本的に全員、人の話を聞いていない。


 クリームソーダに添えられた赤いチェリーが、ぷるんと揺れる。淡い緑のソーダは、若者達のアオハルそのもの。


 ヨシュアにごねられた7sが、二個目のチリドッグを買いに走った。





 ◆





 結局、四人は共に行動する事になった。立派なダブルデートである。だがしかし、当事者達にはつゆほどの自覚もない。


 メインアトラクション、ウォータースライダーの階段を登りきったヨシュアは、あまりの高さに声を震わせた。


「下にいる人達が豆粒みたいだ」


「あれっ、ヨシュアって高所恐怖症だっけ?」


 無邪気に笑うナオミ。彼女は、一人乗りボートを引きずっていた。


「恐怖症と言うほどではないがな。それより、お前は一人で滑るのか」


 振り向くと、7sが二人乗りボートを選んでいる。当たり前にそうするものだと思っていたヨシュアは、首をかしげた。

 見れば微妙な距離感で、ホープも一人乗りボートを手にしている。


「私達はこれで良いよ。二人乗り、身体をくっ付けなきゃだから」


 急に兄貴ヅラをしだしたヨシュアが腕組みしつつ、鼻を鳴らした。


「あのな、ナオミ。スキンシップから始まる恋もあるんだぞ。抱きつく位のがいを見せたらどうだ」


 一瞬で赤毛のポニーテールが頬を染めた。あわあわと首を振っている。


「いやっ……いやだあ。ヨシュアってば、何を言ってんの」


「とっととしてくれた方が、僕だってあきらめ……」


「変な事、言わないで!」


 ドンッ!

 

「あえ?」


 照れたナオミに、突き飛ばされたヨシュア。彼は青空を見上げたかと思うと、ボートなしでスライダーに流されて行った。


 後頭部から突っ込んでいったスライダーは、洗濯機で回されているようなものだった。遠くで「ヨシュアが流された!」と声がする。

 頭をバカスカぶつけながら回転していたヨシュアは、途中で抵抗を止めた。


 ――いっその事、このまま着水した方が良いな。


 身体をよじって前方を見る。先発ゴムボートが宙を舞い、プールに落下していった。その激しさたるや。着水というより、激突だ。


 ふいに、水中から男が姿をあらわして、ヨシュアは青ざめた。スライダーの出口で両手を広げ、ニタニタと笑っている。


 ――何だアレ。河童? ぶつかる!


 男はBL漫画にありがちな、汎用型モブおじさんであった。


「どけっ、男!」


「デュフッ! 君、可愛いねえ。おじさんが抱きしめてあげる!」


 ヨシュアの細い身体が投げ出される。彼は、空中でとつに蹴りの構えを取った。スケベなモブおじに、一撃をお見舞いすべくかかとを突き出す。

 しかしモブおじは案外、身軽だった。水中に沈んでサッと攻撃を避ける。そうして、蹴りの外れた足首を素早くつかんだ。

 

 でっぷりした腹に押されたヨシュアが、水底で頭を打つ。一息で肺の空気を失った彼は、モブおじの残りわずかな髪をむしった。

 

 その時、もつれ合う二人の上に、後発のゴムボートがすっ飛んできた。


「ヨシュア、ごめん! 悪気はなかったんだって!」


 ナオミだ。ゴムボートの下敷きになってしまったヨシュアは『ここにいる!』と思い切り、ゴムボートを叩いた。見慣れた赤い髪が、水中に現れる。


 ヨシュアを抱きかかえたナオミは、地上に顔を出すなり悲鳴を上げた。


「キャー! 水着!」


 ――水着?


 ナオミのビキニを見たヨシュアは、肩で息をしながら、濡れたまつをパチクリさせた。

 7sとホープを乗せたボートが、スライダーから飛び出してきた。水辺を跳ねて空を切る。

 

 瞬間、金髪マッチョが、これ以上ないくらいに顔を赤くした。後ろの褐色肌も、しどろもどろになっている。


「ヨッ……ヨシュア、水着はどうした」


「何の話だ」


「あそこにいる、おじさんが盗んでった!」


 ナオミの甲高い声に、指さす方を見やる。モブおじの手中で、ヨシュアの水着がはためいていた。「デュフッ!」お腹をたっぷたっぷさせながら、全力で逃げている。


 マッパな事にようやく気づいたヨシュアが、今度は悲鳴を上げる番だった。

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