第6話:夏の魔物がやってきた

 プール更衣室。


 7sセブンスと水着を選んでる時、視界に飛び込んできた眼福に、ヨシュアは慌てた。男、男、男。裸体の楽園だ。生理反応を回避出来そうにない。


 結局、彼はトイレで更衣を済ませた。


 入り口では、でっかい浮き輪を持った7sが待っている。おずおずと出て来たヨシュアの水着姿に、思わず吹き出してしまった。


「めっちゃハイウエストだな。もう少し下げたら? 腰ばきの方が格好いいだろ」


 世のイケメン達は、こぞってローライズにしている。対するヨシュアは、胸の真下までハーフパンツを上げていた。

 食い込みが激しすぎて、逆に股間が強調されてちゃってる。


「日焼けをしたくないだけだ。貴様には、敏感肌の辛さなど分かるまい」


 屁理屈を笑顔で聞き流した7sが、水着を直してあげた。抱きしめるような姿勢になって、ふわふわのブロンドが顔に触れる。

 香水のどちゃクソ良い匂いがこうを突き抜けていって、ヨシュアは卒倒しそうになった。


 それにしても7sは、見事な筋肉美を持つ青年であった。上背など、190 cmもある。ヨシュアの目は、ハンサムマッチョに釘付けだった。


 中学時代にホープが留学してきてから、ヨシュアと距離を取るようになった7sを、彼はきちんと見ていなかった。


「ほら、可愛い……じゃなかった。格好良くなった。浮き輪、持って来たんだよ。こいつで遊ぼうぜ」


「……私はカナヅチじゃないぞ」


「知ってるよ。俺はね、いつだってお前を見てたの」


 気恥ずかしさがあふれて、顔を逸らしてしまう。プールサイドの視線は、7sに集中していた。

 独占欲の強いヨシュア。唐突にキッとした彼は、鍛え上げられた腕に、自分の腕を絡めて抱き寄せた。

 

 今度は、7sが顔を赤らめる番だった。


 ――期待しちゃって良いのかな、俺。


 7sの期待は、あくまでヨシュアとのお付き合いである。間違っても過激表現ではない。あわよくばキスしたい程度の、淡いものだった。


「ヨシュア。あんまり腕にしがみつくと、余計に人が見るって」


「離さないからな。えっちな目でお前を見て良いのは、私だけだ!」


「そんな事を言っちゃったら、俺、期待しちゃうよ?」


「えっ……」


 見つめ合ってしまった二人。7sのエメラルドグリーンの瞳が光を浴びて、柔らかい半月の形になった。香水の匂いと一緒に、顔が近づいてくる。


「俺、ヨシュアがす……」


「うわあああ!」


『俺、ヨシュアが好き。恋人になって』そう言いたかっただけの7sを、ヨシュアは思い切り突き飛ばしてしまった。しかし相手は筋肉の壁。微動だにしない。


 バッシャーン


 突き飛ばした反動で、バランスを崩したヨシュアが、プールに落下していった。





 ◆





「な? 浮き輪があって良かっただろ」


「う。まだ鼻の中に水が入ってる。痛い……」


 浮き輪に乗せられて、ふよふよ漂うヨシュア。7sは水に身体を泳がせながら、可愛い片思い相手を見上げていた。


 あばたもえくぼ。手鼻をかもうとする姿ですら、愛おしい。


「このエリアは、リング状になっているんだな。水流は自動で発生させているのか」


「おん。子供連れが遊べるエリアだからな。波のある方へ行く?」


 道理で人が多いはずだ、とヨシュアは思った。浮き輪やボールに掴まった子供達が、無邪気に流されている。合間をって、カップル達も流れてきた。


「なあ、7s。流しそうめんって知ってるか? 日本の伝統でな。最近は、自宅でも楽しむんだ。その形状が、このエリアと良く似ている」


「芋洗い状態ってのは聞くけどな。たとえが、すげえお前らしくて素敵だよ」


 プールは、かなり大きかった。スライダーなどのアクティビティも沢山ある。晴れ渡った夏の休日。中は人でごった返していた。


 その証拠に、先に入園したナオミとホープがどこにいるのか分からない。


 二人は、純粋にプールを楽しんだ。

 初デートにさわしい、水辺のアオハル。

 

 波のあるエリアでは、ウェイクボードが出来る。こう見えて運動神経良いヨシュアは、あっという間に要領を掴んで器用に乗りこなした。大波に身を任せては、互いに笑い合う。


 気づけば若い二人は、それはもう自然に手を繋いでいた。


 身体が冷えてくると、7sがさりげなく休憩をエスコートしてくれる。本来、そういった気遣いにとんと疎いヨシュアが、この日は違った。


 どうにも7sが、イケメンに見えて仕方がない。


 ――どうして、今まで気がつかなかったんだろう。7sは、第二次性徴期を迎えて変わったのだろうか。


 変化が訪れたのは、ヨシュアの内面。


 けれども、胸がドキドキして、一緒にいるのが楽しくて。彼は、自分の心まで分析が出来なかった。元から自己認識が明後日なのは、さておき。


「ぼちぼち、何か食うか。腹、減っただろ」


「そうだな。喉も渇いたし」


「ここのテラスは、チリドッグが旨いんだよ。クリームソーダとセットにしようぜ」


 小作りの童顔が、一息でがんする。タオルで身体を拭いていたヨシュアは、はしゃいだ声で7sに笑いかけた。


、チリドッグとクリームソーダの組み合わせが、大好物なんだ。早く行こうよ、お腹空いた」


「……大事な人の前では『』って言うよな」


「えっ?」


「いや、何でもない。行こう」


 急に本日一番の、イケメンスマイルを向けられたヨシュア。彼は耳まで真っ赤にして頷くと、7sにされるがまま手を引かれていった。


 まだランチ前とはいえ、テラスは結構な混雑っぷりだった。どのテーブル席も、相席状態になっている。


 冷房が効きすぎて、鳥肌を立て始めたヨシュアの肩を、さりげなく7sが抱いた。


「上着、取ってきてやろうか? 先に席を取っといてよ」


 ヨシュアのバッグには、初陣道具――過激表現に必要なアイテムしか入っていない。水着を忘れた程である。タオルを持って来たのが、奇跡のレベルだった。


 ――あんな物を7sに見られたら、ドン引きされる。


 用意をしたのはお前だろう、という話なのだが。とつに首を振るヨシュアは、仕草だけに限って言えば、恥じらう乙女と違わぬ可憐さだった。


 ――んんん! 可愛い! 俺の猫ちゃん!


 何も知らない7sは、頬にキスしたくなる気持ちを抑えるので、精一杯になっていた。


 ふいに、聞き慣れた声がして、二人は振り返った。


 ナオミとホープだ。直ぐに気づいて、笑顔で歩いてくる。


「休日だから、人が多いな。ここで会うと思わなかった。なんだよ、ヨシュア。寒いのか。俺が着ているパーカー、貸してやるよ」


「ああ、ホープ。ありが……」


「お前のパーカーは必要ねえよ」


 さっきまでの上機嫌が嘘のような、険しい顔の7sがホープをにらみつけていた。

 

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