39.勘違いすれ違い


──駿太朗 View


「駿、聞きたい事があるんだ」

「ん?なんだ」


睦巳が真剣な声色で話を始めた。なんだろうか。


「今の俺たちってどういう関係だと思う?」

「……」


今の関係、それはつまり偽装恋人をやっていたり、親友であったりとか、そういう事だろう。


「俺たちは……親友だと思う、だけどそれだけじゃなくて、偽装恋人だから回りにはそういう風に振る舞っている」


そうだ、そのはずだ、親友で偽装恋人で、俺はその関係を終わらせたくない。


「じゃあさ、なんで偽装恋人なんかやってるんだろう」

「なんでって、それは睦巳が落ち着くまでは、吹っ切れるまではお互い恋人を作れないから、それでお互いにちょっかい掛けられたり告白されたりみたいな事を減らす為、だろう?」


もうこれは只の建前になってしまっている。

大体、俺には睦巳が落ち着くとか吹っ切れるとかどう判断するのか分からない。


「つまりさ、俺が落ち着いたり、吹っ切れたらそんな事しなくてもいいって事だよな、だったら、もう大丈夫なんじゃないか?もう吹っ切れたよ、俺は。親とは男の時より仲良くなったし、他の人にしても前に海にいったじゃん?あんな感じで上手くやれてる、だからさ、もう大丈夫だと思うんだけど」


睦巳は自分でちゃんと認識していた、確かに先日のトマト鍋で見たやりとりは親とは以前より仲良くなっていて、わだかまりのような物は感じられない。

他の人に関しても海で遊んだ時のようにちゃんと付き合っている。

そう、睦巳はもう落ち着いているし吹っ切れている、本人がそう思えて負担無くやれているならもう普通に女の子としてやっていける。俺だって本当はそう思う。


だけどそれを認めてしまったら、俺たちの関係が終わってしまう、それは嫌だ。

俺はもうとっくに睦巳の虜で、睦巳の事が心から好きで、惚れていた。

でもこの関係があって、それを続けたいから言わずにいた。


もう問題が無いと分かって、関係が終わるという事。

それは俺に頼る必要がなくなり、価値が無くなって、親友ですらなくなるだろう。

普通の男女間で親友はありえない、もし俺に恋人が出来て、その恋人の親友が男なんて、俺だったら絶対に嫌だ。

だから睦巳が普通の女の子になるのなら、もう親友という関係も終わりだ。

それに睦巳はあれだけの美人で可愛く、そして性格だって人懐っこくて良い、すぐに恋人も出来るだろう。


だけど今の関係が続く限り、俺は睦巳と一緒に居られるし、睦巳は俺だけをずっと見てくれる。

だからずっと睦巳に甘えていたい、先に進みたくない。


まだ終わらせたくない、その一心で難癖をつける。


「本当にそうか?吹っ切れた?落ち着いたか?普通はこんな風に一緒に風呂まで入ってこないぞ」


「今日は駿とこの話をする事が目的だったんだ、それまでの身体洗ったりは、単純に俺がしたかっただけ、嫌だったか?」

「嫌なわけないだろ、でもそれって落ち着いたって言えるのか?やっぱりまだ早いんじゃ……」


なんとか、なんとか終わらせたくない、情けなくも俺はすがる、考え直してくれないだろうか。


「なんだよ駿、俺が落ち着いたら嫌なのか?やっと先に進めるって喜んでくれないのか?」


……そうだ、始めの頃なら喜んでいただろう、だけど今は……。


「……そりゃあ嬉しいよ、でもちょっと寂しくもあるけどさ。でもそれはつまり、俺たちの関係は……終わりって事か」


「そうだ、今の関係は終わりって事だ」


いや、もう認めよう、俺が睦巳の邪魔をしてちゃダメだ、睦巳はやっと先に進めるようになったんだ。

もう、この関係を終わりにしよう。


「そうか……そうだよな、今の関係は終わりだな。じゃあ、先に上がるよ」


先に風呂から上がり、身支度をする。

今日は泊まる予定だったけど、関係を終わらせたのだから、一緒に寝るわけにも行かない。

もう睦巳と顔を合わせられない、顔を見たら、気持ちの整理がついてない俺は泣いてしまいそうだ。


◇◆◇


直ぐに睦巳の家を出て、自宅に戻った。

玄関先で母さんに見つかる。


「あら?今日は睦巳ちゃん家に泊まるんじゃなかったの?ははーん、さては喧嘩でもしてきたなー?」

「喧嘩なんかするはずないだろ、でも泊まりは無くなったから」


部屋に戻り、荷物を放り投げてベッドに横になって目を閉じる。


俺に向かって微笑んでくれる睦巳の顔が浮かび、消え、様々な睦巳が浮かんでは消える。

もう関係は終わったのだ、そう思うと自然と涙が溢れ、止まらない。

拭っても拭っても今の感情のように溢れてくる。


俺はこんなにも睦巳の事が好きなんだ、嫌だ、終わらせたくなかった。睦巳。


「睦……睦巳……、嘘だ……嫌だ……睦巳ぃ……」


両腕で顔を覆い、感情を抑えようとするが抑えられない、思い出と共にどんどん感情が溢れて止まらない。

誇張無しで、俺は睦巳の全てが好きだった、女の子になってから、声、顔、髪、そして身体、全てが俺の理想だった。

そして、何より大事なのは、その性格、元々親友だったのだから嫌いなわけが無い。

思いやりが有って、人懐こさ、冗談交じりのバランス良さ、多少の強引さも、全て好きだ。自ら人を不快にさせようとする事は絶対にしない。むしろ可愛い女の子補正が入ってさらに性格が可愛く見えてくる。

男の時と同じ事をしているはずなのに。

でも関係は終わった、本当の恋人になる男は、ちゃんとした奴であって欲しいし、しっかり睦巳を幸せにしてやって欲しい。

ああくそ、睦巳、睦巳、俺の睦巳……だったのに。……睦巳。


暫くして、やっと涙も枯れてきた頃、誰かが階段を上がる音が聞こえてきた、母さんだろうか。

俺はまだ顔を両腕で覆っていて、睦巳との思い出に浸っていた。


ガチャガチャ!ドンドン!

部屋の扉を叩く音が。


「おい!駿!開けてくれ!なんで勝手に帰ったんだ!今日は泊まるはずだろ!」



──睦巳 View


お互いが湯船に浸かり、話をしている、俺たちの関係についてだ。


「そうか……そうだよな、今の関係は終わりだな」


そうだ、今の駿と俺の関係はここで終わって、次のステップにやっと進めるんだ。


「じゃあ、先に上がるよ」


なんとか上手くいった、やっと今の関係を終わらせても問題無いって事を駿に理解してもらった。

最後まで駿は俺の事を心配してくれてた、嬉しい。

でも、これで俺がもう落ち着いた事、吹っ切れてる事を理解して貰ったと思う。

その根拠も実際に駿には見てもらっているし、昨日の鍋とこないだの海は丁度良かった。

もうこれでお互い縛られる事無く、普通に付き合える、恋人同士になれる。


うん、一応今の関係の清算だけは済ませて起きたかったし、次はベッドの上で腕枕かバックハグされながらこれからについて話そうじゃないか、上手く行けばそのまま……んふふ。


そう考えるとドキドキが止まらない、上手くやれるだろうか、お互いに気持ち良くなれるだろうか。

駿に優しくされて、覆いかぶされて、キスされて、なんて。

考えるだけでお腹の辺りがムズムズしてくる、あーヤバい、完全に女の子になっちゃったな俺は。

一人湯船でテンションがドンドン上がってくる。


っといけないいけない、その前にまずこれからの事これからの事。


といっても、要するに告白だ。

出来れば駿からして欲しい、そのほうが嬉しい。

もしかして俺が部屋に戻ったら心構えして待ってたりして、……流石にないか?


俺は風呂から上がり、身体を拭いて、身支度と軽くおめかしなんかして、髪も整えて、準備をしっかりとした。

あんまり駿を待たせても悪いと思うけど、ここはしっかりやっておかないと俺の気が済まない。


さて、準備OK!


◇◆◇


階段を上り、部屋の扉を開けると、そこにいるはずの駿はおらず、駿の荷物も無くなっていた。


──え?なんで?……あれ、駿は?


少し呆然としているとお母さんがやってきて。


「あんたたち喧嘩でもしたの?駿太朗くんが家に戻ってきてるって連絡があったわよ」

「喧嘩なんてしてないよ、でもなんで家に帰ったの?」

「知らないわよ、なんかやったんじゃないの?」

「……」


分からない、全然分からない。

でも多分、俺が駿の家に行くべきなんだろう、何があったのか聞かないと。


駿にメッセージを送るけど、既読にならない。


最低限の荷物だけを持って、駿の家に向かう、そして、おばさんに挨拶を交わして様子を聞いた。

喧嘩はしてないと言ってたけど、他には何も言ってないらしい。

やっぱり直接会って話をするしか無さそうだ。


部屋の扉を開けようと手を掛けるも鍵が掛かっていて開かない。

ドンドンと扉を叩き、声を掛ける。


「おい!駿!開けてくれ!なんで勝手に帰ったんだ!今日は泊まるはずだろ!」

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