29.口づけの線引き
──駿太朗 View
震える睦巳を即座に抱き寄せ、正面から抱き締めた。
そして一人で行かせた事を謝った。
睦巳は首を振って否定し、知り合いだからと付いていったのが悪かった、自分に問題がある、と言ってくれた。
それに対して俺が悪いと念押しした。
そして、怖かった、と、振りほどけ無くて、声も出なくて、こんなに無力なんだ、と俺の胸で泣いた。
そして、やっぱり他人は怖い、駿だけだ、とも。
なだめるように抱き締めた背中をポンポンと優しく叩くと、それ好き、もっとして、と甘えてきて。
……顔を上げ、口づけを求めてきた。
涙で濡れた顔も綺麗で美しい、俺はゴクリと唾を飲み、いつものように口づけを交わす。唇を重ね、押し付ける。ところが。
──睦巳が舌を使って俺の唇の隙間から口腔に侵入し、歯や舌先を舐めてきた。
驚きのあまり、俺は何が起こったのか理解出来ない。
俺が混乱している間にも睦巳の舌は俺の口腔内を舐め回し俺の舌に絡ませようと蠢き、貪るように唇に吸い付いてきた。
ハッと我に帰る、正直ただ唇にするだけのキスでは物足りないしじれったいと思っていた、だけどまさか睦巳のほうからそれをされるなんて思いもしなかった。
俺にとっても好都合で、睦巳が許してくれるなら俺だって睦巳の口を貪りたい。
そこからはまだ稚拙ながらも口腔を貪り舌を絡め合い唾液の交換をする、ただお互いを求めるだけのキスになった。
唾液は甘く、美味で、脳が痺れるような感覚に陥り、もっともっとと求めてしまう。
そして自由に蠢く舌は睦巳の意思のようで、それに絡む事で睦巳との繋がりを感じられる、これも脳に痺れをもたらし、ザラリとした感触が脳に直接響く。
時々息苦しくなっては口を離し、呼吸を整えたら再開する、しばらくそれが続いた。
幸いな事にここは人目につきにくい場所であったため、周りに目立つ事はなかった
どちらともなく体を離し、終わった後も落ち着くまで暫くの時間を要した。
呼吸が落ち着いてきて、ぼんやりとした頭が段々と明瞭になっていき、状況を把握出来るようになる。
睦巳を見ると、俺に頭ごと体を預けてまだ呼吸が荒かった。
そういえば結構な時間が経っているのでは無いだろうか。
夢中になっていて、時間が全く分からない、だからとりあえず急いで戻ったほうが良さそうだ。
睦巳に声を掛け、急いで戻ろうと話す。
睦巳も我に返ったのか、急いで戻ろうとするけど睦巳の涙と唾液が付いた顔を見てそのままでは戻れないと気付き、海の家で飲み物を買う時、水も買った。
その水でお互いに顔を軽く洗った。
睦巳の表情はいつものように戻っている気がして、少し安心する。
そのまま飲み物を抱えて2人で皆の元へ向かう。
◇◆◇
どうやらそこまでの時間は経っていないのかまだバーベキューをしていた。
近づくと遅いぞ!と声を掛けられ、抜け出してイチャイチャしてたんだろ?とも言われる。
まあ結果的にはその通り、睦巳をナンパから救ったのが主目的だったけど。
でもそれをあえて言う必要も無いだろう、それよりだ。
話題を変える事にした、飲み物を配りながら小声でおまえらの方はどうなんだ、と。
聞くとどうやらカップルとまでは行かないけどまあまあ上手く行ってるらしい。
いきなりでカップル成立とかすぐに分かれそうで逆に不安になるからな。
夏休み中に連絡を取り合い、馬が合えば進展していく事だろう。多分。後の事は当事者達が頑張る事だし。
◇◆◇
バーベキューが終わり、皆で片付け始める。
のんびりやっていたとは言え、まだ日は高い、だけどもう遊ぶって空気でもないし、どうしたものか。
それぞれで相談して、着替えて親御さんに迎えに来て貰ったら、現地解散という流れになった。
まあ俺も帰りは睦巳と一緒に帰るつもりだったし何の問題も無い。
迎えに来て貰った親御さんに感謝の気持ちを伝えて、見送った。
俺たちはその場で解散し、別れの挨拶をして早々に電車に乗り込んで帰路についた。
◇◆◇
ずっと8人で騒いでいたので2人は静かで、人が少なく電車の音しかしない穏やかな空間がより静寂に感じる。
睦巳も疲れたのだろう、俺の手を握り、身体と頭を寄り掛からせて寝息を立てていた。
今日の出来事を思い返し考える。
ナンパから助けられたのは本当に良かった、普通のナンパなら多分断れたのだろうけど同中で男時代にそこそこ仲が良かったというのは最悪だった。
睦巳も知り合いゆえに断りづらく、人目につきにくい場所までついて行ってしまったのだろう。
そもそも一人にしたらダメだと分かってたはずの俺が一人で飲み物の買い出しに行かせたのが間違いだった。分かっていたはずだ、あの場所で一番の美少女だと。もう2度とこんな事が起きないようにしないと。
その後の事だけど……睦巳はあの状況から助け出されて感極まってしまったのだろう、いつもの口づけのつもりがあんな事になるなんて。
俺も思わず応えてしまって、お互いに……なんというか……盛り上げってしまったというか、貪り合ってしまったという言葉がぴったり来る。
でもあんな事はもう2度とダメだ、あんな事をしていたらそれこそ抑えが効かなくなる、今日は唇だけで精一杯だったからまだ良かったものの、慣れてきて余裕が出来たら絶対にそれ以上の事に及んでいただろう。
……本当は睦巳と今日みたいな事もっとしたい。めちゃくちゃしたい。
だけど一度味わえた、まだまだ稚拙だと思うけどそれでも最高のキスだった、とても言葉に表せないような甘さと美味さだった。
睦巳の唇の柔らかさ、口腔内の感触と唾液、舌を絡めた時の脳の痺れ、舌の感触、全てを吸い尽くしても尚足りないと感じるほど甘美なキスだった。
──でももう今回で終わりだ、これ以上は本当に抑えられなくなる。
駅に着くまでの間、睦巳が女になってから今日までの事を色々と思い出し、浸っていた。
始めから可愛くて美人だったけど、1ヶ月経った今はもっと可愛く美人になった、本当に綺麗だ。
特に今日は睦巳だけじゃなく他の女性の水着姿を見て、確信した。あそこまで理想的な体型が存在しているのが嘘のようで、俺の中では世界で一番だと。
そしてそんな美少女と触れ合えてキスまでしている俺はとんでもなく幸運としか思えない。
◇◆◇
睦巳の家に着き、玄関先でいつものように軽く抱いて背中を優しくポンポンと叩いて、睦巳にリラックスして貰うようにする。
睦巳は俺の名を呼び、顎を上げていた、口づけを待っているのだろう、睦巳の頬に手を当てて、口づけをする。
脳裏に昼間のキスが浮かぶ、それをしたい衝動が俺を襲うも何とか我慢して唇を離す。
「なあ、昼間のキスはしないのか?」
睦巳は頬を赤くし、少し目線を逸しながら恥ずかしそうに言ってくる。
「いやあれはダメだろ、あの時は勢いに飲まれて俺もやったけどさ」
睦巳は少し考えるような悩むような素振りをして、少しの間の後に意を決した表情で言ってきた。
「駿!俺はあれをもっとしたい!駿としたいんだ!なあ駿、甘えさせてくれるんだろ?……しよ?」
俺のハートに矢が刺さる演出が入ったのが視えた。
睦巳、お前は今自分が何を言って、何をしようとしてるのか分かってるのか!
クソッ!!こんなの抗えるわけが無い、もう俺の弱点はお前なんだよ!睦巳が望む事をしてやりたいし、喜ぶ顔が見たい、そして悲しむ顔は見たくない!
睦巳が求めるのなら、もう抵抗しても無駄なんじゃないか、だって抗える気がしない。
俺は心の中で白旗を上げた。泣く子と睦巳には勝てない。
だけど線引だけはさせて貰う、最低でもそれはしないとズルズルと行ってしまう。
「分かった睦巳、だけど線引はさせてくれ、此処までだ、もうこの先はダメだぞ」
「んー、ああ、分かった、これ以上の事は望まないよ、これ以上は、な」
睦巳はニヤリと微笑んだ、その表情が妖艶で引き込まれる、だがこの表情、きっと何か企んでるに違いない。
「じゃあ、早くしようぜ、早よ早よ!」
こいつ……やっぱりさっきのは演技じゃねーか!何が"しよ?"だ!こっちはあれで一発KOだっての!
気を取り直し、睦巳の肩を掴んで顔を近づけ、キスをする、唇を隙間なくぴったりと付けて互いの口腔を貪り合い、唾液をすすり交換し合う。
甘露、甘美、甘くて蕩けるような美味しさの表現しか思い付かない。
これは睦巳だからそう感じるのであって、他の人だとこう感じない自信がある。睦巳は特別なんだ。
それにしてもこんなにキスが気持ち良いなんて知らなかった。
息苦しくなるのだけが唯一の欠点だな、いや、口の周りが唾液でベトベトにもなるか。
よく考えたら玄関先でこれをやるのは相当不味いんじゃ?ご近所さんに見られたら色々噂されそうだ。
気付いた俺は唇を離し、終わりにした。
「睦、今頃気付いたんだけど、こういうのを玄関先でやるのは不味いんじゃないか?」
「本当に今頃だな、今までもここで口づけや抱き締め合ったりしてるのに何言ってんだって感じだけど」
「……そうだな、今気付いた」
「まあでもそうだな……今までの行為より時間が長いからちょっと不味いかな、ちょっと考えとくよ」
考えるって……考えて何とかなるものなんだろうか、まあいいや。
「今日はここまでにしとこう、今日は色々あったけど楽しかった、またな」
「あ、そうだ、明日そっち行くからな、開けとけよ」
「またか、まあ良いけど」
そう言ってその日は別れた。
◇◆◇
翌日、睦巳はうちに来れなかった。
どうやら、とうとうというか、ようやくというべきか、生理が来たらしく体調が悪くて外出する気にならないらしい。
そうか、女の子だもんな、ちゃんと女の子なんだな、少し安心したというかなんというか、大変だな。
しかし……生理が来るって事は子供も産めるんだな、本当に男から女になったんだな。
なんというか、もう男の睦巳は居ないという事を、分かっていたはずだけど、分からされた気分になった。凄く寂しい気分だ。もうあいつに会えないのか……。
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