2.親友の距離感がおかしい


──駿太朗 View


母さんに睦巳がお見舞いに来たから降りて来いと言われたので玄関に行くと、見たことの無い巨乳美少女から抱き付かれたんだけど、何これ、なんのサービスなんだ。


しかもその美少女、自分は睦巳だと云う、そんなわけないだろうに、俺の知ってる睦巳は男なんだけど。


そして中々離してくれない、ギュッと俺に抱き付いている、お陰で巨乳が押し付けられてて心地良い。


そんな事をしていると母さんが通りかかった。


「あなた達いつまで玄関でイチャイチャしてるの、駿太朗も早く部屋に上げてあげなさい」

「え、母さんこの娘知ってるの?」

「何言ってんの、睦巳ちゃんでしょ、それにしても、いつも仲良いけど今日は一段と積極的ね」


ん?ん?どう言う事だ?睦巳"ちゃん"?

おかしい、いつもなら睦巳"くん"のはずだ、まるで睦巳が女の子にでもなったかの様な反応じゃ無いか。


──まさか、本当にそう言う事なのか。そんな事、有り得るのか。


「む、睦巳なのか?」

「だからそう言ってるだろ」


可愛い顔を上げ睦巳はそう答えた。


ちょっと待って欲しい、頭の整理が追いつかない、なんで睦巳が女の子に?なんで母さんはそれを知っている?


分からない、でもそうだな、一度ちゃんと話をしよう。


「睦巳?俺の部屋に行こうか、詳しく話を聞かせてくれ」

「うん、行こう行こう、俺も話したい事沢山あるんだ」


う、可愛い、笑顔が眩しい、ドキドキする、落ち着け、相手は睦巳?だぞ。


一旦身体から睦巳を離し、階段を上がって部屋に戻った。

自分の椅子に座り、睦巳はいつものようにベッドに腰掛けた。


「駿、こっちきてくれ、こっちで話そう」


睦巳はそう言って自分の右隣をポンポンと叩き、俺を呼んだ。

いやいやなんで隣なんだよ。


「いや別にこのままで良いだろ、さあ、何が有ったか話してくれ」

「ダメだ、駿、こっちに座ってくれ」


と、またしても自分の右隣をポンポンと叩き俺を呼ぶ。

なんなんだ一体、さっきの抱きつきといい、やっぱり様子がおかしい。

しかしこのままじゃ埒があかなそうだったので仕方なく睦巳の隣に座った。


「なあ聞いてくれ!信じられないかも知れないけど、朝起きたらな、女の子になっていたんだ」


睦巳は俺との距離を詰めてきた。

ちょっとまて!なんで俺に寄り掛かり体重を預けてくる!

なんで上目遣いで話しかけてくるんだ!お前そういう趣味じゃなかっただろ!


ドキドキしながらも話を聞いた。


要約すると。

朝目が覚めたら身体は女の子になっていて、親は元から女の子だった様に接してきて、衣類は全て女物になっていて。

学校でも同様にクラスメイトや先生達は元から女の子であるように反応してくる、という。

そして、俺の母さんも睦巳を元から女の子だと認識していた様子だった。


俄には信じられなかった、しかしドッキリだとしても此処までするだろうか。

思い立ち、スマホから睦巳が写っている写真が無いか探した。

確か体育祭に他の男子連中と一緒に撮ったのがあったはずだ。


あった、睦巳と一緒にその写真を見て、その場の空気が固まったのが分かった。

その写真には俺と男子連中と、女の睦巳が笑顔で写っていた。


睦巳は無言のまま、俺に横から抱き着いてきた。


「駿、これで分かってくれたか?俺が男だったという事実は俺と駿の記憶の中にしか無いって事が」

「──ああ、……分かった」

「駿に会うまでは俺が男だった事を知ってる人は一人も居なくて、友達や先生、それに親でさえも、皆俺が元から女の子みたいに扱うんだ、どれだけ辛かったか。でも駿が居てくれた。―――なあ、俺は昨日まで男で、今も駿太朗の親友だよな?」

「──そうだ、睦巳は男だった、そしてこれからも俺の親友だ」


こんな状況に俺がなったら気がおかしくなるかも知れない、寂しすぎて辛くて、下手したら自殺なんかも考えたかも知れない。

でも睦巳は一縷の望みに掛けて俺に会いに来てくれた、それは俺にとっては嬉しい事だ。

そして俺は睦巳が男の時を覚えていたのだ、そりゃ反動でこうなるのも分からなくもない、睦巳を慰めてやりたいと思ったし、親友として力になりたいとも思った。


俺に抱き付いている睦巳の背中をポンポンと優しく叩いた。


「睦巳、辛かっただろ、いつでも俺に頼れ、俺がお前を支えてやる、俺達は小学校からの親友なんだから」


そう言うと睦巳は俺の膝の上、厳密には太ももの上に突っ伏し、泣きじゃくり始めた。


「駿!駿!……ありがとう!……お前が居てくれて!……駿が居なかったら俺は!…俺は!」


そうやって暫く泣いて、ようやっと落ち着き始めた頃、相変わらず太ももの上で睦巳は何事かブツブツ言っていた。


「駿、俺の居場所は誰にも渡さない、親友なんだ、駿……ブツブツ……」


……うーん、大丈夫か、大分メンタルをやられてしまっているみたいだし、ちょっと不安だな。


暫くブツブツと独り言を話していたけどそれが止んで、やっと顔を上げてくれた、一息ついたようだ。


「ありがとうな、駿、大分落ち着いたよ」

「なに、大したことはしてないからな」

「な、なあ、もう少し甘えて良いか?」


この状況でダメなんて言えるはずも無いし言う気も無い。


「良いぞ、今日は特別だ、存分に甘えてくれ」


睦巳は嬉しそうにベッドに横になり、俺を膝枕にした、顔は俺のお腹向きだ。

見た目美少女のその向きは危険だ、冷静にならなければ、相手は睦巳、相手は睦巳。

話しかけて気を紛らわそう。


「俺の太ももだと少し硬く無いか?大丈夫か?」

「ああ、これが駿の硬さだろ、少し高反発な位が丁度良い」

「グリグリすんなよ」

「分かってるって、こうだろ?グリグリ〜」


睦巳は頭をグリグリと押し付けてきた、それ太ももが痛いから止めろ。

あとなんか良い匂いが立ち上ってくるし。


「止めろって、続けるなら膝枕は無しだ」

「はは、ごめんごめん、もうやらないからさ、このままで良いだろ?」

「ったくしょうがねえな」


そうやっていつものように2人で話していると扉をコンコンとノックされた。

入って良いよと伝えると和香(かずか)姉さんが入ってきた。


「睦巳ちゃんいらっしゃい、お楽しみ中だったかな?ごめんね邪魔しちゃって。

駿太朗、そろそろ晩ご飯だから降りてきなさいって、そうだ!睦巳ちゃんも一緒にどう?

って!どうしたの睦巳ちゃん、泣いてたの?うちのバカ弟が何かしたとか?」

「あ、いえ違います、駿は慰めてくれてたんです」


あれだけ泣いてたので睦巳の顔にはしっかり涙の後が残っていた。


「駿、ちょっと顔洗ってくる」

「あ、睦巳ちゃん案内してあげるよ」

「睦、顔洗ったら食卓に来いよ、一緒に飯食おうぜ」

「分かった、ごちそうになるよ」


睦巳と和香姉さんが2人で顔を洗いに行った。

ずっと俺の太ももの上に睦巳が居たからその上空、つまり俺の顔付近はずっとなんだか良い匂いがしていて、俺は結構ギリギリだった。

睦巳だと分かっていてもあんなに良い匂いしてたらそりゃなあ……。


食卓に向かい、母さんと一緒に晩ご飯の準備をした。


すっかり準備が終わってもまだ睦巳と和香姉さんは食卓に来ない、そろそろ30分近く経とうとしていた頃、やっと食卓に現れた。


「母さん、遅くなってゴメンね、睦巳ちゃんに色々と教えていたら夢中になっちゃって」

「駿、どう?似合う……かな」

「睦巳ちゃんもやっと自分の魅力を自覚したみたいで私嬉しいよ!素材が良いから教え甲斐があるし」


睦巳は制服から着替えていた、そしてその服は多分姉さんのだろう、胸元がパンパンになっててキツそうだ。


そして──めちゃくちゃ可愛い、服装だけじゃない、髪質もなんだかさっきまでと違う気がする。

さっきまでも綺麗な濃いダークブラウンだったけど、今はその上にさらに艶々になっていて、顔も僅かにナチュラルメイクをしているんだろうか、素材の良さを引き出すような感じになっている。

薄い桜色のリップでもしているのか唇も艶々で柔らかそうで色白な肌との色合いも良い、さっきまでも美少女だったけど、今はさらにランクアップした美少女だった。


「う、うん、とても似合ってる、すごく可愛い」

「本当!?ありがとう!嬉しい!」


喜色満面で俺の側にやってきて見上げてくる。

可愛い、可愛いけど、お前それでいいのか。俺はふとそう思った。


睦巳は俺の隣に座り、一緒に晩ご飯を食べた。

母さんと姉さんは俺達を見てずっとニコニコしていた。

睦巳がこんなに嬉しそうにご飯を食べる姿を見るのは初めてかなと思ったけど、これは多分可愛い女の子だからそう感じるのかも知れない。

自然と俺も頬が綻んでくる。俺の親友が可愛すぎるんだけど。


晩ご飯を食べ終わり、家まで送る事に。


「今の睦は女の子だからな、ちゃんと家まで送ってやるよ、大した距離じゃないけど」

「ううん、それでも嬉しいよ、俺は少しでも駿と一緒に居たいしな」


睦はさらりととんでもない事を言ってくる。


「なあ、駿、腕、組んでもいいか、凄く不安でさ、親友だしいいだろ?」

「うーん、まあ、いいぞ」


俺が睦巳のカバンと制服が入った袋を持っているので睦巳の両手は空いている。

だから両手で俺の左腕に掴まってきた。

しかしだ、普通親友同士では腕は組まないと思うんだけど、それをやるのは恋人同士だ。なんだか認識がおかしくないか。

まあ、今日はメンタルやられてて不安になっているんだろうし、こういう事もあるのかもな、と気にしない事にした。


睦巳の家まで数百m、玄関まで送ると直ぐに睦巳のおばさんが玄関に出てきた。


「睦巳!心配したでしょ!遅くなるならちゃんと連絡を入れなさい!」

「あ、忘れてた、ごめんお母さん」

「あら、駿太朗くんじゃない、家まで送ってくれてありがとうね、これからもうちの睦巳をお願いね」

「お母さん!そういうのいいから!じゃあな駿、また明日な!」

「ああ、じゃあな、それじゃおばさんまた」


帰路、ある事に気付いた、睦巳は"また明日"と言った。

明日は土曜日だけど、遊ぶ約束をした覚えは無い、月曜の事と勘違いしたのか?

多分勘違いだろと思い家に着いたら和香姉さんが放言した。


「駿、明日睦巳ちゃんと3人で買い物行くから、あんた荷物持ちね、反論は許さない、以上」

「……え?」


姉を持つ弟に人権は無いのだ、姉からすれば弟は奴隷、妹は下僕と相場は決まっている。

うちもご多分に漏れずその例に当てはまる。

和香姉さんは睦巳の前では良い姉を演じているけど普段は俺に対して傍若無人ぶりを遺憾なく発揮する。


今回のもそれだ、俺に相談など考えないで睦巳と2人だけの時に決めたのだろう、あの30分で一体何があったのか、あまり考えたくないな。

とにかく予定は埋まってしまった、だけど睦巳に付き合う分には問題は無い。

時間を教えてくれなかったけど多分午前中に出掛けるだろう。

買い物してお昼は外で、昼からは続きをするか何か別の事をするか、多分そういう定番なルートだと思う。


しかし睦巳、あいつは女の子として生きていく決心でもしたのだろうか。

確かにもう男として生きてはいけないし、そう考えるしかないのかも知れない、そうした方が精神的にも安定しそうだ。

自分は男だと思いながら女物の服とか着るのは心への負担が凄そうだし。


俺は睦巳の考え方を尊重するだけだ、そして支えてやる、俺達は親友だから。

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