英雄
西順
英雄
彼は戦争の英雄であった。
彼の生国は周辺諸国と長く戦争を繰り広げ、それを終結へと導いたのが彼だ。
彼は西の王国との戦争で総司令官となったのを皮切りに、その戦争で連戦連勝し、ついには西の王国の王都まで攻め込み陥落させると、彼自らその国を彼の生国の自治領として統治し、善政を敷いた。
しかしそれも長い期間ではなく、戦場は彼の活躍を求めるように、北より騎馬民族が襲来するや、自治領の政を部下に任せ、自分は軍の総司令官として前線に立って戦い、騎馬民族を殲滅せしめ、彼の者たちが保有していた広大な土地を、自治領の土地として併呑した。
騎馬民族たちが保有していた土地は、騎馬民族たちにとっては単なる草原でしかなかったが、その土は英雄である彼の生国の穀類を育てるのにはとても適した土地であった。
かくして広大な農地を保有するに至った自治領は、更なる西の都市国家や、南の商業国家との貿易も盛んとなり、貿易の中心地として繁栄するに至るも、これまで北の騎馬民族によって封じられていた陸路が活性化した事で、海路での貿易が縮小する事に。
これによって海洋貿易で利益を上げてきた生国の東にある王国が、生国に戦争を仕掛けてくる事態に。更には南の商業国家と海を隔てた南の帝国が、南の商業国家を倒し、自治領に攻め込んでくる事態となっていた。
しかし英雄は英雄であった。これを見越して西の都市国家とは既に協定を締結しており、英雄自身は東の生国へと赴き、南の商業国家へは西の都市国家が、戦争で手薄となった南の帝国に攻め込む事で、南の帝国を自国に引き帰すしかないように仕立て、東の王国に攻め込まれていた生国は、英雄を総司令官とした事で盛り返し、更には押し込み、更に更に東の王国の王都まで攻め込んで、東の王国まで生国の自治領としてしまう功績を上げた。
英雄はこれでは止まらなかった。東の自治領から戦艦で飛び出した英雄は、西の都市国家と共に南の帝国を挟撃し、南の帝国を滅ぼすと、ここをも自治領に変えてしまう。そうなると南の帝国に攻め込まれていた商業国家はぐるりと半分以上を英雄の生国に囲まれる事となり、それならばと商業国家も英雄の生国の自治領となったのだった。
こうなってくると立場が危うくなってくるのが西の都市国家である。今や大国家となった英雄の生国と西の都市国家とでは国力に差があり過ぎる。攻め込まれれば滅亡へと転げ落ちるが必定。
しかし英雄は西の都市国家に攻め込まなかった。彼の戦争は終わりを迎えていたのだ。生国からは何度も都市国家へ征伐要請が出ていたが、英雄は最初に自治領とした生国の西の自治領に引きこもり、そこで生国からの悪意がここより西に行く事を止めていた。
後世においてその理由は様々な歴史書、研究書、創作物において語られているが、本当の所は分かっていない。都市国家が堅牢な城壁に守られた攻め難い国だったからだとか、都市国家のとある令嬢と恋仲となっていた為だとか、実は生まれが都市国家であったからだとか、巷説風説噂話は絶えなかったが、それが後世の歴史家たちから、彼を更に魅力的に魅せていた事だろう。
彼の最期はこうであった。さんざん生国に背いた彼は、自治領の領主からも軍の総司令官からも外され、東洋の外れにある孤島で蟄居させられる事となり、その地で肺病となって付添人一人に看取られ亡くなったのだ。
それから間もなく、西の都市国家は彼の生国によって滅ぼされ自治領となるも、都市国家が思った以上に奮戦した為に、生国が都市国家を滅ぼすのに数年を要した。これによって生国、自治領の政治体制は綻び、そこから亀裂が入り、各地で戦争の火種が立ち昇り、都市国家を自治領にしてから五年と経ず、生国は戦火によってその身をバラバラに裂き、一帯は小国溢れる戦国時代へと突入したのだった。
英雄 西順 @nisijun624
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