第2話 テセウスの先輩

 それからこの子は、先輩しか知らないはずの話スマホのパスワードから家族の事やら、ふたりだけしか知り得ない話を話してくれたんだけど。


 ……3回聞き直しても納得が出来なかった。え、なんて? 転生?

 

「でも、これは"真惟本人"じゃないと知ってるはずないでしょ? 更衣室でキスしたときの事なんて誰も居なかったし」


「うーん、先輩があなたに話してたってことじゃないの?」


「ううん。そもそも昨日までこの世界に瑠衣なんて幼なじみ、空には居なかったんでしょ?」


 それはそう。


「そもそも生後2日には見えないし、いくつなの?」


 先輩としての記憶がある人が同じ時期にふたりいたってこと?


 様々な疑問がよぎるけど、それより聞きたいことがあった。

たとえ先輩のフリをしてる他人だとしても。

 

「もし先輩なら、どうして私を選んでくれなかったんですか?

何で知らない人と一緒に……なんで……なんで私が一番じゃなかったんですか!?」


 先輩が死んで、裏切られていたって分かって、私の質問は全部自分の事ばっかりで。私って嫌なやつだな。


 ぐちゃぐちゃの感情が溢れてきて、ちょっと泣きそうになってしまった。


「それ勘違いでさ、わたし空以外と付き合ってない……かったんだよね。わたし、そんなに器用な事は出来ないし」


「……え?」


「いやぁなんか、わたし殺されちゃったっぽくって。なんか変な噂を流布るふしてた相手に」


「エーッ!?」


「その子に抱きかかえられるように突き落とされてさ」


 それが本当なら、映画のワンシーンを語るようなこの口ぶりでは済まされないわけだけど。


「痛みで意識が遠くなって、ぱっと目が覚めたら知らない人の、瑠衣としての身体で」


「そんなアニメみたいなことありえるんですか?」


「不思議だよね。状況把握に丸1日掛かっちゃったよ。あははっ」


 この底抜けに明るいところ、話し方。確かに先輩そっくりだ。


「この瑠衣の家の中には、空と瑠衣の写真がいっぱいあって、わたし《瑠衣》のママに話を聞いたら空とは幼なじみって言うから」


それでうちに上がってたんだ。


「この世界に存在しなかったはずの少女。なのに認知されてるわたしぃ。テンション上がるよね!」


 ああ、先輩はこういう人だった。


「それで、どうするんですか?」


 不思議な感じだけど、なんとなく先輩としか思えない。


「うーん、そりゃあ真惟としてはやり残したこといっぱいだし、大腿直筋も大腰筋も失っちゃってこんなになっちゃったから陸上は出来ないけど」


 と、スカートをストンと脱ぎ始めた元先輩。


「せ、先輩!」


 先輩にとっては自分の身体でも、私にとっては初見の他人の身体な訳で。


「ね、これじゃ一緒に走れないでしょ?」


 先輩の引き締まった流線美の足とは違い、血管が透けて見えるような細く透き通った青白い足。


「ちょっと早いけど第2のキャリア楽しもうかなーって」


 判断がはやい。


「えーとそのぉ……空。こんな見た目、というか別人になっちゃったけど。わたしとの恋人関係はまだ有効……だとおもう?」


 スカートをはき直しながら、元先輩は寂しそうな顔で笑う。

これが先輩のふりをしてる誰かのドッキリだとしたら、私はダマされても良いとすら思う。


 部活中は自信で満ちあふれているのに、私とふたりきりの時は弱気で乙女になるところが本当に可愛かったし好きだった。


「正直、完全に納得は出来てないけど、先輩とまた会えたって今実感しててほっとしてます。なんかそのまんまだなって」


「じゃあ!」


 るんっと目を輝かせる元先輩には申し訳ないけれど。


「――先輩。0からやり直しましょう。もう一度」


 私はまだ、パーツが全て別人に置き換わってしまったテセウスの船ならぬ、テセウスの先輩の全てを受け入れることが出来ない。

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