君が拾ってくれたから 後編

3章『ラーディン』



手がイスに迫り、イスごとサクフィを飲み込んでいく。

――その、直前。


「――ああぁああああ!!!」


叫び声を上げたのは、ルフレではない。

そして、この部屋で声をあげることができるのはルフレ以外にはあと一人しかいない。

――ラーディンが、サクフィのイスの拘束を解いて、間一髪のところでスライムの手から救いだしたのだ。


「……なあ、言ったよな」


それは、到底人間一人に込められる感情の上限を超えていた。だが、その言葉は人間であるルフレから発せられたものだ。


「ラーディン、邪魔をするなと、僕は言った。それに従わないなら、僕は君に容赦しない」


 暗い表情で、負の感情に振り切った視線を浴びせてくるルフレを他所にして、ラーディンはサクフィを背負いながら乱暴に鉄のドアを開ける。


「元々俺はガキを生贄に使うのは反対だったんだよ!」


言い捨てて、ラーディンは直ぐ様ルフレから離れる。

階段を2段飛ばしという異常な速さで駆け上がり、雪の積もる常世に2人は帰ってきた。


「ね、ねえ、何なの!? さっきのやつ!」


ラーディンの背中に、サクフィは問う。

その間もラーディンはぐんぐんと駆けている。


「あれは、この世の生物じゃないんだ」


――ぽつぽつと、ラーディンは昔を語り始めた。


           1


『日に日に戦場は拡大されていき、■■まで届きそうな勢いです』


ラジオに視線をやる。その行動をとったのは12歳ほどの子供であるラーディンだ。

機械を通したステレオチックな声が聞こえる。今のニュースで、ここも戦場になる。それを理解したラーディンは両親にそれを伝えようと立ち上がり――、


「ラー。ここは危ない。移動するよ」


それよりも早く、両親は危機を察知していた。

12歳そこらの子供に、何かができる訳でもないから、ラーディンは大人しく自身の両親に従って移動を始めた。


――遠くで銃声がする。


引っ越し、というより夜逃げのような格好で移動を開始したラーディン家族一行は、意外と安全に引っ越しを完了することができた。

でも、国からでることは出来なくて。

戦争は、終わらない限り常に脅威を広げていく。

だから、わかっていた。わかっていたが、こんな僻地にまで戦火が届くことはないと、ラーディンは慢心していたのだ。

――神はその慢心を見逃さなかった。


『敵国を食い止めることは叶わず、この国全土が戦場となるやもしれません』


ラジオから聞こえたステレオチックな声がラーディンにとって、神からの罰の宣告だと感じた。


――遠くで銃声がする。


この国から出ることが叶わない。

子供に行動力はなく、夢ばかり肥大する。現実と妄想の区別がつかず、できると一度思ったらできるまで挑戦を続ける姿を無様と言わずなんと言うのか。

そのことに気づくには、ラーディンは過ちを犯しすぎていた。


――遠くで銃声がする。


今までは現実逃避で避けられたが、今度はそうはいかない。

銃声は慢心をしたラーディンの罪を精算するまで執拗に追いかけてくる。

そこでラーディンは虚しく死んでいく――はずだった。

これはラーディンの過去の振り返りだ。ならば死以外の精算方法がないラーディンはどうして生き残ったのか。

簡単な話である。――ツケを他人が肩代わりすればいいのだ。


――銃声がする。遠くではなく、すぐ真横で。


ツケを払ったのはラーディンの両親だ。子どもはクローゼットの中で震えて存在を隠すことしかできず、そして神はそれを許してしまった。


「ラー……ディン……」


敵がいなくなり、クローゼットから這い出てきたラーディンに声がかけられる。今にも消え入りそうな、儚い、声。だが聞き間違いなく、それは両親の声だった。


「――。――ね……」


なんと言っているのかラーディンには聞き取れず、言葉の全貌を知ろうと両親に近づいていく。それが――否、それまでを含めたその行動すらも、過ちだった。


「……めんね。ごめんね。……あなたに一度も楽しい思い出を、教えることができなかった……本当に、ごめん……ね……どうか、許し――」


思考が白熱した。なにも考えることができなかった。ただ、両親の手を握って泣くことしか。

ラーディンは両親の元にもいけなかった。あの時の目が、両親の目が、『生きろ』と必死に訴えかけていたから。

もしあのとき聞き取ろうと近づかなければその目には気づかずに死ねたのに。なのに近づいた。

――子供ガキは嫌いだ。いつまでも妄想と現実の区別がつかないし、一目で無理とわかる出来事に諦めずに挑戦する。うるさいし、後先を考えないし、いつでも自分のことで手一杯。

だから、そんな子供が現実を直視するときはいつでも――救えない状況まで事が進んだときなのだ。



その後、死んだ両親の手を握り続け泣き続けたラーディンを見つけたのたルフレだった。

ルフレは同い年の子供だったが、随分視点が達観している子供のような気がした。

ルフレは言う。


「戦争が起こる原因はなにか。――食糧難? ―“自身の領土問題? それとも領海? ――権力者同士のいざこざ?」


ラーディンには理解できない言葉ばかりだった。


「それらも要因の一つだ。だが、根本的要因ではない! 全ては、この世界を脅かしているのは――」


ルフレはラーディンの肩に手をおいて言葉を続けた。

紫色の瞳に魅入られる。ただルフレを見つめることしか、ラーディンにはできなかった。


「――人間そのものだ」


言い切り、ルフレはラーディンの翡翠色の双眸を見つめる。


「さあ、共に成し遂げようじゃないか。君はもう、充分以上に体感しただろう? この世に人間はいらない」


言っていることを、脳が理解しない。――だが、魂が理解した。


「この星は死なないんだよな?」

「勿論だとも! 消えるのは人間だけでいいんだ。全員を殺したあと、僕らも共に消えよう」


何故、ラーディンを選んだのか。何故この場所で提案をしたのか。何故そんな確信めいた態度なのか。


そんなもの全て後回しだ。今は只、この尽きることのない憎悪に身を任せて人間を滅ぼす。――ラーディンはそう誓ったのだ。


           ***


「あ? 死の淵を体験した子供?」

「あぁ。生贄がないと僕らが呼び出す魔物の制御が効かないのでね」

「生贄がなければ?」

「全て飲み込まれる」


呆れたように呟くルフレの発言の内容は、裏を返せば生贄さえあれば『人間だけ』飲み込むことも可能と、暗にそう言っていた。

――ラーディンとルフレが出会ってから既に11年が経っていた。

ルフレはラーディンに出会ったときからどうやって人間を滅ぼすのか決めていた。その方法が、この『魔物』である。


「僕はこの魔法陣の仕組みを理解した。異世界もある。この世に不可解な、理解不能な、不可思議な現象なんてないんだ。全て、解き明かせる」


ルフレはいつもそう言っていた。彼からすればすべての事象は理解できる物事で、それをしないから人間は愚かなのだと言っていた。

ラーディンはいつものことと受け流しながらドアを開き、近場の町をうろつく。


そうしてラーディンは見つけてしまう。――捨てられて、今にも死にそうな少年を。


再三言うが、ラーディンは子供が嫌いだ。普段なら死にそうな子供を見つけても高確率で――否、必ず見捨てていただろう。

だが、ルフレが言っていたから、仕方なく助けたのだ。

これも、人間を滅ぼすためだ。


ルフレに「条件に合う子供を見つけた」と報告すると、帰ってきた返答は「逃げないようにラーディンに懐かせろ」だった。


「はぁ!? ざっけんな! なんで俺が子供の機嫌取りをしなきゃいけねえんだよ!!」


散らかった部屋で、子供が寝ていることなど考慮せずに思い切り叫ぶ。

だが、我慢しないと。全ては人間を滅ぼすためだ。

なんの苦労もなしにそんなことを成し遂げることなど不可能なのだ。だから、これは『試練』。これを超えたときに初めてラーディンとルフレは人間を滅ぼせるのだ。

イスを子供が寝ているベットの横に置いて、子供を見張る。

どんな態度を見せれば懐くのだろうか。


「……ガキなんて見たいことしか見ねえんだから、見てえことを見させりゃいいか」


――引かれるほどのテンションで、面白おかしく。現実を見せる素振りなんて少しも見えないような振る舞い、方を、して、そして、それから――、



命の危険を間近で感じてから、ラーディンは少しの物音で目が覚めるようになっていた。だから、木の軋む音がしたときなんて飛び起きるに決まっている。

物音の原因に視線を向ければ、気まずそうな顔をする白髪の子供がこちらを見つめていた。

居眠りをする直前に決めていた、あけすけな態度を――


「目ぇ覚めたか! お腹減ってないか? 減ってたら何か作るけど」


そう言って散らかしたキッチンから物を落として、おどけて見せる。

笑ってくれればこっちのものだと思いながら。

結果的に自己紹介という基礎的な事項が抜けていたが、そんなことはどうでも良かった。

次の瞬間に言われた言葉はラーディンに予想のできないものだった。


「僕……僕、名前がわからないんだ。捨てられた……ってやつで」


――都合がいいと思った。

常識を知らないならいくらでも洗脳まがいのことをできる。

だから、そんな無垢な表情をしないでほしかった。


何故自分に優しくしてくれるのか、そんな目をしていたから。嘘が口から出た。


「――俺、子供好きなんだよ。尊敬してるんだ」


自分で言いながら気持ち悪くて脂汗が浮いてくる。

だが、その苦行のかわりに得られるのは子供からの信頼だ。

子供は救われたような顔をして、ベットの中に潜り込んだ。


そこはラーディンが寝る場所なのに。――機嫌取りのために、口を出したりはしないが。


           ***


そこから、ラーディンは子供にサクフィと名付けて、区別ができるようにした。

ルフレは顔に出にくいが、かなり驚き喜んでいた。

生贄として使えるか確かめるために、イスに座らせてデータを取る。ラーディンが一度大丈夫と言えばなんでも信じるその様子が、かつての救いようのない自分と重なって――


「ーーッ!」


気を紛らわすように、ルフレの飯を食べる。いつも通り美味い飯だった。



そこから着々と時間は流れていった。

サクフィはルフレに飯を教わり、ルフレは理想の生贄だから、機嫌よく色んな事を教えてやっていた。

毎日一回は、サクフィはラーディンに自分を好きかどうか問うてきて、流し言いの「好き」でも、サクフィは毎度毎度懲りずに、救われたような顔をしていた。


――子供は嫌いだ。大嫌いだ。


だから、ルフレから生贄にする日を伝えられたとき、ようやく開放されたと思った。

胸の小さなもやを無視して、ラーディンはサクフィをイスに座らせる。

――今日で最後だ。最後なのだ。今日で、ラーディンは――、


「ラーディン……僕のこと……好き……?」


その目をやめろ。


「これが、世のためになる……の…?」


俺に助けを求めるな。


「――。――――――。あぁ、それが、世のためになる」

「そっか。なら、大丈夫」


その、顔を、やめろ。やめてくれ。やめてくれ――!


――遠くで、銃声がする。


あの日頭の奥底でなりを潜めていた、銃声が。

だから動いたのか、その音で両親の目を思い出したのかはわからない。ただ、体が動いていた。


「ああああぁぁああ!!」


得体のしれない魔物の手が迫る。これに触れられてはいけないと、全身が警鐘を鳴らす。

持ち前の馬鹿力でサクフィのイスの拘束を外して、サクフィを背負って逃げ出す。

ルフレの声は聞こえない。

何も見えない。思考が白熱している。


――子供は嫌いだ。

すぐに泣くし、すぐに寝る。後先を考えないし、妄想ばかりして現実を見ない。人の話を聞かないし、すぐ忘れるし、失敗ばかりするし、無理なことに挑戦し続ける。






でも、その心は大人にはないものだ。それだけは、それにだけは――、



4章『嫌いだ。』



「――これでわかっただろ。俺はお前が嫌いだ」


町についた。丁度いい。ここでサクフィをおろして、ラーディンはどこか別の所へーー、


「ついてくるなよ!!」


トコトコと、サクフィはいつものように付いてくる。

こちらは、子供が――サクフィが嫌いだとハッキリと伝えたのに。何故、どうして、まだついてくる――、


「ラーディンが、僕を嫌いでも、僕はラーディンを嫌いじゃないから」

「はあ!? 理屈になってねえよ!」


子供の意見を、いい大人が感情論で叩き落とす。


「僕は、好きな人と一緒にいたいから」

「俺はお前が嫌いだ! 一緒に住むのも、嫌、だったんだよ!」


サクフィのほうを向かずに、一言ずつ区切り、感情を全て余すことなく伝えようとする。

ここまでラーディンは感情を伝えているのに、何故サクフィは離れないのか。どうして――、


「だから! 僕はラーディンのことが好きなの!!」


大声を出し慣れていない、中性的な声が町に響く。

通行人は何事かと振り向くが、ラーディンとサクフィは、互いに互いしか見えていない。

見えていない。そう、ラーディンは今、サクフィの表情を初めて見たのだ。


――サクフィは泣いていた。目から涙を流して、自分を拾ってくれた恩人へ泣きながら愛を叫んでいた。


「お、俺……は……」


お前のことが嫌いだ、と。きつく言うだけだ。ラーディンに首ったけのサクフィは、それだけで心が折れてその場にへたり込むだろう。


「俺は……サクフィを……きらい、なんだ……よ」


――本気で、嫌いだと、言うだけだ。だけ、なのに。なのに。


「――ラーディン」


気づけばラーディンの方が、地面に膝をついていた。

唇を噛んで感情を殺して、堤防が壊れないように必死になって。


「ラーディン、泣いてるよ」


膝をつけば、いくら元の身長差があったとしてもサクフィのほうが高くなる。

近づいてきたサクフィは、前触れなくラーディンに抱きついた。


「――ッ」


――子供は、嫌いだ。都合の悪いことは無視するし、言うことを聞かない。全員が思いつくようなアイデアをいかにも自分一人が思いついたという顔で自慢してくるし、それに、それに――、


「本当に僕のこと……嫌いなの……?」


半ば答えを確信めいたような態度でサクフィがラーディンに、抱きつきながら問う。


――――本当は。












   「俺を俺が嫌いだったんだ……」









わかっていた。わかっていたのだ。子供全員が全員、考えなしに動いているわけではないし、天才的なセンスを見せる子供だっている。言われれば悪い所を直すために努力をするし、間違えながらも学んでいく。

都合の悪い部分から目を逸らしていたのが、ラーディン自身だとも、気づいていた。


            2


勢いで思わずラーディンに抱きついてしまったが、サクフィの心中は混乱でいっぱいだった。

引かれないか、とか、迷惑じゃないかとか思ってしまったし、動かなくなってしまったラーディンが心配だった。

たとえ今より好感度が下がろうと、心配だと声をかけようとして――、


「ありがとう、サクフィ」


だから、不意に聞こえた感謝の言葉に気を取られて、気づかなかった。


「……めん……! ごめん……!! ごめん……嘘ばっがり……言っで……ほんどに……ごめ……ごめん……!」


ラーディンが、泣いていた。サクフィの胸の中で、サクフィには分からぬ何十年感の気持ちを全て、全て吐き出した。

それは懇願であり、悲哀であり、羨望であり、絶望であり、自分に対して嘘をついた義憤でもあった。

その全てを吐き出して、そしてサクフィへの一言目は。


「サクフィ。――俺も、サクフィが好きだよ」


泣いた直後で目は赤く、鼻水ベタベタでしかもそれはサクフィの服へ続いている。胸の中で泣かれたから、当たり前だが。

でも、落胆なんてとんでもない。


――君が救ってくれたから。

――君が教えてくれたから。

――君が拾ってくれたから。


だから、君が大好きなのだ。



5章『どこの世界からきたかわからんやつに』



「……泣き止んだ?」

「……あぁ」


最初からわかっていた、奥底の気持ちを再確認させられ、無様に泣いて、喚いて、気持ちを全部吐いて。

あとは物事をハッピーエンドで終わらせるだけだ。


「どうやって、ルフレを止める……?」


サクフィから聞かれる。

――どうやって、ルフレを、あの魔物を止めるのか。

一つずつ対処していけば、不可能なことじゃない。


「ルフレは、多分もうあの魔物に食われてる」


目を見開くサクフィが愛おしいが、今はその気持ちを無視しなければ。

ラーディンは言葉を続ける。


「魔物は生贄がなけりゃ、周りのものを無作為に飲み込みながら進む。だから、ルフレは」

「魔物に一番近いところにいたから、飲み込まれてる……!」

「そういうこと」


理解の早いサクフィにありがたみを感じながら、ラーディンたちは走り出す。――ルフレの元に。


「問題はあの魔物だ」


近づいてくるもの全てに反応し、掠った瞬間に掠ったものを余すことなく飲み込んでしまう、恐ろしい魔物。

だが、召喚方法がある以上元の世界に返す方法もあるのだ。


「やり方は簡単。単純に、あの魔法陣を破壊すればいい」


魔法陣は紙に描かれている。破り捨てることなど容易だ。

但し問題は――、


目の前に手が振り下ろされる。ラーディンはそれを視認した途端にサクフィの首根っこを掴んで横に避けた。

その手が、先程までラーディンたちがいた地面にあたり、そこに生えていた草木が跡形もなく消失する。

避けた余韻を感じる暇もなく、またしても手が振り下ろされる。

一度目が勘だとしたら、二度目は異常的な動体視力だ。

またも手を横に避けて、ルフレのいるあの場所へ向かう。

その間も手は増え続け振り下ろされ続けるが――、


「ワンパターンだな」

「……ラーディン、左!」


少し止まった瞬間にも容赦なく手は振り下ろされる。

左から斜め右にくる手は、サクフィの言葉が無ければ気づけなかった代物だ。

――愛しさが常に天井を突破して、そしてそれがラーディンの力の源となる。


無限にも思える手を避け進み、そしてあの場所の入口まで、2人は来た。

――刹那、今まで全方向に伸びていた手がテープの逆戻りのように入り口に吸い込まれていく。

吸い込まれて、吸い込まれて、吸い込まれて――そして、止まる。

もう辺りに魔物の手はない。誘い込まれるようで癪だが、ここは進むしかないのだ。


「サクフィ」


言葉を続けると、きっとずっと話してしまうから。だから、一言だけ。

サクフィの名前だけを呼んで、ラーディンはサクフィを地面に下ろす。

初めてここに来たときも、同じ様に下ろしたなと思い出し、苦笑しながら、


「サクフィ。君はここで待ってて」

「え」


――答えを聞く前に、ラーディンは矢のような速さで階段を下っていった。


            3            


通路にもう魔物を手はなく、ラーディンはなんとなく、魔法陣のある場所に全て集まってるんじゃないかと、本能的に感じた。

そして、その予想はあっていたが、間違っていると思い知る。


「「ラーディンンン、ヨく、キたなァァァ!!」」

「嘘だろ……」


そこにいたのは、元ルフレだった、魔物を吸収したのか魔物に吸収されたのかわからない、化け物が佇んでいた。


            4


はっきり言って、なんとかなると思っていた。腕を2本失うくらいまでなら、別に構わないと。

だが、今目の前にいる異形の化け物を見ると――、


「こりゃあ、腕だけじゃ足りねえなあ……」


苦笑しながらも、ラーディンの心は落ち着いていた。

サクフィはラーディンが好きで、ラーディンもサクフィが好きで。たったそれだけで、ラーディンは無敵のような気がした。

無論思い込みには違いないが、これは思い込んでていい方のものだ。

――散々、空虚な妄想をしたから。だから、理解できる。


「愛の力は偉大だってな」

「「ニンゲんハ、ソンザいシチャいゲナイ!! ダメなンダヨ! イケナインダ!! ダメ、ナンダ、ヨォォォォ!!」」


同じような言葉を繰り返し、だがそれに伴われるのは掠れば致命傷のチート技で部屋を埋め尽くす絶殺技だ。

――近づけない。動きはそこまで早くないが、如何せん物量の差が激しすぎるのだ。

だが、闘志は萎えていない。


「「ァァァアアアァァァア!!!」」


何十にも重なった声が響き渡り、同時に手が白い壁を擦りながら迫る。これ以上下がればもう避けるスペースがなくなって――、


「いや、違うな」


全てを飲み込むのなら、草木は当たり前に、その下の地面すら飲み込まないと説明がつかない。

思えば先程からそうだった。

なにが違う。なにが相違点。なにが――、

手がラーディンを飲み込む――その、直前。


「「アアアアァァァ!?」」


化け物が驚愕の声を上げる。それもそのはずだ。

――ラーディンは壁際についているカウンターのような無機物の物体を盾にして、突き進んでいるのだ。


「お前無機物は飲み込めねえんだろ!!」


興奮のままに叫び、突き進む。

魔法陣に迫る、迫る、迫る、迫る、迫る――

だが、魔物も馬鹿じゃない。

無機物なのは一面だけだ。ラーディンの背中側は生身丸出し。それを狙おうと手が旋回して――、


「――生贄ぼくはここにいるぞ! 狙いは僕だろ!!」


手の標準が一瞬で変わる。甘美な匂いを放つ生贄に、罠とわかっていても手が伸びてしまう。

声の主――サクフィに手が迫っていく。

――ラーディンが魔法陣に迫る。

――手がサクフィに迫る。

――魔法陣に、サクフィに、魔法陣に、サクフィに、


迫る。突き進む。そして――、


「「アアア……!!!」」


サクフィに手が触れる。その、直前。

部屋中に紙を破る音が響き渡り、それに続くのは重なった声の悲鳴だった。

化け物はそのまま破れた魔法陣に吸い込まれ、魔法陣が光を放ち――、


「……はあ。俺の好きなやつを、どこの世界からきたのかわからんような奴に食わせてたまるか」


全てが終わって、その部屋に残っていたのはラーディンとサクフィ。それと、その部屋にある無機物のみだった。



エピローグ『大好き』



結果的に、人が大量にいる町や都市に魔物の手が届く前に食い止めたのだ。人類の滅亡を阻止した英雄と崇められても不思議ではないが、あいにく観戦してる人間がサクフィしかいなかった。なんならそのサクフィにも最後に手助けされるという情けなさっぷり。


「う〜〜ん……ッ!」


ベットから跳ね起きたのはラーディンだ。いつも通りだがいつもとは違う気持ちで譲ろうとしたが、サクフィに全力で拒否されてしまった。

――久々に、ベットでぐっすりと眠った。疲れが溜まっていたのか、もう日が真上に登っている。


「あ! ラーディン、遅い! 遅いよ!」


中性的で、愛らしい声のする方を見れば、白髪の可愛らしい少年――サクフィが立っている。その頬を膨らまして怒りを表現しているが、ラーディンから見からただかわいいだけだ。


「も〜! ほら早く朝飯だった昼飯食べて!」


サクフィから突き出されたのは、美味しそうな朝食だった。

コーヒーと、くるみパン。それにピーマンと人参の炒めもの。


「おい、俺の嫌いなやつしか入ってないじゃねえか!」 

「嘘とはいえ、嫌いって言われて傷ついたからね」


ぷいとそっぽを向くサクフィを見て、こりゃ暫く機嫌は治りそうにないなと目尻を下げて。


「ねえ、ラーディン」

「ん?」

「僕のこと、好き?」

「あぁ。大好きだよ」


いつもと同じやり取りだが、いつもと明確に違う何かがある。きっとそれを頭で理解する必要はない。

好きな人と、好きなことを共有できたらそれでいいのだ。


ラーディンは気づいた。


――銃声が止んでいる。いつでも頭の片隅にあった存在が。


自分の感情に素直になれば、こうも簡単に止んだのか。


朝日の差し込む明るい日。少年と青年は笑顔を交わしあった。


           完

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