第5話 おまけ②【デスロイア・イデアム】
パラドックス
デスロイア・イデアム
おまけ②【デスロイア・イデアム】
革命家のリーダー、デスロイア・イデアムという男は、武器を持っていない。
それでいて一人で出歩くこともしばしばある為、彼を革命家とも知らない男たちに狙われることがある。
「おい兄ちゃん、金目のもの置いていきな」
「金目のものがあるなら、俺が欲しいくらいだね」
「おい、ふざけてんじゃねえぞ!!ボコボコにされたくなかったら、大人しく身ぐるみ剥いでいきな!」
「ボコボコにもされたくないし、身ぐるみも剥ぎたくない場合はどうしたらよい?」
「ああ?おいおい、まじで言ってんのか?なら殺してやるから、そこで大人しくしてな!なよっちい兄ちゃんよ!!」
案の定、一人プラプラと散歩をしていたイデアムの前には、ざっと十人ほどの男たちが立ちはだかっていた。
しかも、その誰もが屈強な体つきをしており、背もイデアムより少し高いくらいだろうか。
普通ならば、一歩後ずさって、適当な物を置いて逃げてしまいそうな場面だ。
しかしイデアムは、一人の男が近づいてくると、ひらりと避けて、男の腕を掴んで折りながら男の身体を投げ飛ばした。
男は悲鳴を上げながら地面でバタバタ騒いでおり、周りの男たちは何が起こったんのか分からずに唖然としていた。
「俺は平和主義者でね。出来ればこのままどっかに消えてほしいとこだけど、どうかな?」
「なっ・・・!何言ってやがる!おい!やっちまえ!!!」
「・・・残念だ」
男たちは一斉にイデアムに飛びかかっていった。
しかし、あっという間に全員叩きのめされてしまい、気付けばイデアムは一人、バサッとマントを靡かせていた。
「て、てめぇ・・・!何者だ!」
「そうだなー・・・。まあ、ちょっと強い通行人Dってとこかな?」
いや、Aじゃないのかとか、そんなことを思う余裕さえなく、男たちは意識を手放した。
イデアムは男たちを置き去りにしたまま、別の路地を歩いていた。
もっと人通りの多い道を歩けば良いのだが、イデアムは出来るだけ人を会わないような道を好んで歩く。
だから、またこうやって出くわしてしまうのだ。
「止めてください!放して!」
「いいじゃんかよー。ちょっとだけ俺達に付き合ってくれればいいんだぜー?」
「そうそう。店なんかじゃなくて、個人的に注いで欲しいだけなんだからさー」
このまま通り過ぎても良かったのだが、女性と目があってしまい、仕方なく助けることにした。
女性は黒髪の綺麗なストレートで、くりくりの二重をし、ほっそりとした手足をしている。
「放してやりなよ」
「ああ!?なんだてめぇは!?関係ねぇだろうが!!あっち行ってろ!」
「関係ないのは認めるけど、嫌がってるからさ、彼女」
「嫌がってねえよ!さっきまで俺達に胸ぐいぐい近づけてきて、俺達を誘ってたんだからよ!なあ?」
「ち、違います!放してください!」
まるで下手なドラマでも見ているかのようなやり取りに、イデアムは面白そうだから見ていようかなとも思った。
だが、イデアムがそこから立ち去らないことに男たちはいらつき、男の一人がイデアムに向かって行って胸倉を掴みあげた。
とはいっても、イデアムの方が背が高く、見下すことは出来なかったのだが。
「生意気そうな顔しやがって・・!!」
「・・・そんな顔してるか?」
生意気そうな顔をしているなんて、きっと小さい頃にしか言われたことがないように思うが、小さい頃だってそんな生意気な顔をしていたかどうかは、イデアムには分からない。
そんなことを考えていたからか、男はイデアムの顔面に、躊躇なく拳を入れてきた。
「きゃッ!!!」
「へへ」
男は、自分が入れた拳によって、イデアムの顔面からは鼻血が出ているか、痣をつくっていると思い、笑っていた。
女性は思わず両手で自分の顔を覆っていた。
「坊ちゃんが、こんなところで一人で歩いてちゃあ危ないぜ?へへ」
そう言いながら、男は拳を顔面から離した。
「・・・!?」
しかし男にとって誤算だったのは、相手がイデアムだったということだ。
鼻血どころか、殴ったような痣も残っておらず、痛いと言いながら顔に手を当てる仕草さえなかった。
ただ目を細めて、男を見下ろしていたのだ。
思わず後ずさってしまった男に、今度はイデアムが胸倉を掴みあげる。
身長差のせいだけではなく、イデアムは腕の力で男を持ちあげたため、男はイデアムを見下ろせる位置まできていた。
だが男に押し寄せているのは、優越感ではなく、恐怖である。
「出来れば、ここは争いをせずに済ませたいんだ。だからあの女を解放してもらえるか?」
「あっ・・・!!がっ・・・!!」
特に何をしたということはないのだが、男は恐怖のあまり、失禁してしまった。
「あーあ」
どさっと男から手を放すと、女性を捕まえている男は、それを見てポケットに隠していた短いナイフを取り出した。
きらりと光るそれに、イデアムは屈することなく近づいて行く。
「くっ、来るな!!来たら、この女を刺すぞ!刺すからな!」
「止めて・・・!お願い!!」
一歩一歩、確実に近づいて行くイデアムに、男は女性にナイフを向けると、震えるその手を徐々に女性に寄せて行く。
だが、イデアムは止まらない。
「来るなぁ!!!」
男は叫びながら、ナイフを思い切り振りあげて、女性を刺そうとしたのだが、ナイフは女性に刺さらなかった。
よくみると、自分の手にはナイフが握られておらず、ナイフはクルクルと宙を舞っているのが見えた。
正面にはイデアムの足が見えたかと思うと、くるりと回し蹴りをされた。
あっという間にノックアウトされた男から、女性を助け出したイデアム。
女性はイデアムの両手を、自分の両手をぎゅっと強く包み込むと、目をキラキラさせてきた。
「ありがとうございます!確か、イデアムさん、ですよね?」
「え?どっかで会ったっけ?」
「はい!先日、私のお店に来てくださいましたよね?私、イデアムさんにもお酒を注いだんですけど、覚えていませんか?」
「・・・?そうだっけ?ごめん。全く覚えてないや」
「いいんです。あ!良かったら、私のお店で少し飲んで行かれませんか?勿論、私の奢りです!!」
何度断っても誘ってくる女性に、イデアムはじゃあ一杯だけと言って、店に着いて行った。
その店は、確かに以前みんなで来たことがあるように思うが、誰に注いでもらったなんて、いちいち覚えていなかった。
「わ!あの人じゃん!」
「ああ!この前来てくれた人!」
「いいなー。私もあのテーブル行きたい」
女性達は何やらワイワイと話しているが、イデアムは早く帰って寝たいな、と思っていた。
今回の宿は二段ベッドになっていたから、きっとオリバーとホズマンあたりが取り合いをしてるだろうと思いながら。
「どーぞ!」
「ああ、ありがと」
女性が持ってきた酒やつまみを口に入れながら、イデアムは別のことを考えていた。
しかし、それが女性にとっては良いらしく、隣でうっとりと眺めていた。
隻眼ってミステリアスだわ、とか。寡黙で強いなんて、素敵だわ、とか。
一方イデアムは、馬はどのくらい借りられるかとか、食料の調達は何処でしようとか、次の国には何があるのだろうとか、そんなことばかり考えていた。
気付けば、一杯どころではなく、結構な量を飲んでしまったようだ。
「あ、俺はそろそろ」
「えー!もうちょっといいじゃないですか!御礼なんですから!!」
「いや、そろそろ戻らないと。やることもあるし」
「お仕事熱心な方なんですね!」
「いや、仕事熱心なわけではなくて」
否定しているのに、女性は両手を合わせて目を爛爛とさせている。
なんとか店の外に出ると、女性は見送りまでしてきた。
「あの、またいらしてくださいね!」
「多分もう来ないと思うよ」
「え!どうしてですか!そんなにお仕事、忙しいんですか!?」
「なんてーか、旅してるからさ。一泊したら明日には出る予定だし」
「そうなんですかー・・・。また会えますか?私、会いたいです!」
「さあね。俺が生きてれば、またどっかで会うかもしんないけど」
「・・・・・・」
そっけない態度のイデアムに、女性は唇を尖らせて拗ねていた。
それに気付くこともなく、イデアムは礼を言ってさっさと帰ろうとする。
女性はイデアムの腕を引っ張ると、顔を赤くしてもじもじとしていた。
「あ、あの・・・」
「・・・・・・」
「私、あなたのこと・・・!!」
「俺はさぁ」
いざ決心して言おうとした女性の言葉を遮り、イデアムが口を開いた。
口をぽかんと開けたまま、女性はただイデアムの言葉を聞いていた。
「自分を繕う必要って、ないと思うんだ。自然なままの、自分をありのまま受け入れてもらえないなら、受け入れてもらう必要はないと思ってる」
「え?」
「顔も髪色も身体も何もかも。自分じゃないなら、意味がない」
「・・・・・・」
何を言われているのか気付いたのか、女性は顔をうつむかせてしまった。
女性の肩をぽん、と叩くと、イデアムは口元をニッと動かしてこう言った。
「いつか君自身を受け入れてくれる人が現れるように、願ってるよ」
「あの・・・!」
そう言って、イデアムは颯爽と立ち去って行ってしまった。
「あ?何してんだお前ら」
「い、イデアムさん」
「おかえりなさい」
宿に戻ったイデアムが見たのは、相変わらず喧嘩をしているオリバーとホズマンだった。
翌日、イデアムたちが宿を出て、手配して馬に乗って次の目的地に向かおうとしたとき、声が聞こえた。
「あ」
「あれ?あの子って」
息を切らせながらやってきたのは、昨日の女性だった。
髪は茶髪でパーマがかかっており、目も一重になっていた。
「私、このままで頑張ります。いつか、あなたより良い男を捕まえますから!」
「え?何?イデアムさん、あの子と何かあったんですか?」
女性の言葉に、イデアムはフッと柔らかく微笑んだ。
「ああ。頑張れよ」
「はい!」
こうして、イデアム達はその村から出て行った。
「イデアムさんってば!あの子と何かあったんですか!?」
「ったく。お前の頭にはそれしかないのか」
「だって気になるんですもん!教えてくださいよ!」
「なんもねえって言ってるだろ」
「うっそだああ!!!あれは絶対何かありましたよ!」
「めんどくせえなぁ・・・」
イデアムのため息は、こうして生まれるのだ。
パラドックス maria159357 @maria159753
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