第4話 おまけ①【マリアの日記】
パラドックス
マリアの日記
おまけ①【マリアの日記】
こんにちは、マリアです。
私は今、ジュアリ―さんと鍛錬をしているのですが、隣でオリバーさんとホズマンさんが喧嘩を始めてしまいました。
けれど、誰も止めません。
どうしてって、これが日常だからです。
ある晴れた日のこと。
「また喧嘩してますね」
「本当ね。馬鹿よね」
「今回はまたどうして喧嘩なんてしてるんですか?」
私の問いかけに、ジュアリーさんは深くため息を吐いてこう答えました。
「二段ベッド。どっちが上に寝るかだって」
「に、二段ベッド・・・」
その時泊まった宿はたまたま洋室で、しかも二段ベッドが幾つか並んである状態でした。
オリバーさんとホズマンさんは、二人とも上が良いと言っているようです。
二段ベッドは四つあったけど、私とジュアリーさんは女性だからということで上になり、あとイデアムさんも上ということで決定しましたが、あと一つを取り合っているようで。
いつもならイデアムさんが喧嘩を仲裁するんだけど、この時、ブライトさんは馬の交渉に向かっていて、イデアムさんは散歩に出かけていました。
「あ、あの、私下で構わないので、私のところを使ってください」
奴隷市場にいた頃なんて、まともにベッドでなんて寝れていなかったから、ベッドで寝られるだけで幸せなこと。
だから私は、自分のベッドを使ってもらえば、二人とも上に寝られると思ったけど、オリバーさんは手をずいっと出してきて、こう言いました。
「マリア、それはダメだ!男として、女を下に寝かせるわけには行かねえんだ!それに、マリアたちは上に寝かせるようにって、イデアムさんの言いつけだから!」
「そ。オリバーが大人しく俺の下で大人しく丸まって寝ればいい話だから」
「お前この野郎!!」
こんな感じで、イデアムさんの言う事は絶対、という暗黙のルールというか、暗黙ではないけれど、イデアムさんの存在というのは、それくらい大きいの。
だからって、このまま喧嘩を続けられても困ってしまう。
ジュアリーさんの方を見れば、放っておきなさい、直におさまるわ、と言われてしまうし、ドンジャンさんに言えば、やっぱりそのうち収まると言われてしまった。
テマ―エさんをちらっと見れば、読書に耽っていて、それどころではないようだし。
私も静かにしていようと思っていたけど、やっぱり二人の喧嘩はヒートアップしていって・・・。
「お前ってさ、いっつもそうだよな。そういうとこあるぞ」
「そういうとこってなんだ?大体、オリバーの方が身体がでかいんだから、上に寝たらベッドが落ちるかもしれないだろ」
「んなわけあるか!俺くらいでベッドが落ちたらな、力士はどうすんだよ!ベッドで寝られねえじゃねえかよ!」
「なんでいきなり力士が出てくるわけ?そういうのが理解出来ないよ。それに、力士ってベッドに寝るの?」
「知らねえよ!例えだろ例え!ホズマン、お前はそうやって人の上げ足ばっかり取って、何が楽しいんだ?」
「楽しくないよ。全然楽しくないよ。オリバーとこうして話してるのも楽しくないよ」
「そうだろ?ってんなこと聞いてねえだろうが!!!そういや、お前この前、俺のことわざと狙ったろ?掠ったかんな。俺様の髪を掠ったかんな」
「さてね」
「じゃあ何か?お前、銃の腕落ちたのか?ああそうか、落ちたのか。なら仕方ねぇな。お前と一対一でやり合ったら、正直言って負ける気がしねえな」
「落ちてないし。あれはオリバーを狙ったから。間違ってないから。オリバーがいつも自慢気に櫛で梳かしてるその髪が鬱陶しいから狙っただけだから。俺に勝てるとか調子乗ってんじゃねえよ阿呆」
「やっぱ狙ったんじゃねえか!!根暗!根性ひんまがってんじゃねえのか!そうだ。お前、俺が気に入ってた子にちょっかい出しただろ!!」
「は?何のこと?」
「惚けてんじゃねえぞ!!!良い感じだったのに、なんでお前が来た途端にお前の方に酒注ぎに行っちまったんだよ!!裏から手ぇ回したんじゃねえだろうな!!!」
「はあ・・・。あのさ、あれはそういう店だからさ。客に酒注ぐのが仕事なんだから、取られてとかそういう話じゃないっしょ」
「なんだその態度!」
「それにあの時、後からイデアムさんが来たら、それこそみんなイデアムさんの方に酒注ぎに行っちゃったじゃん」
「・・・そうだっけ?」
「そうだっけじゃないよ。都合良いことだけ覚えてないでよ。それに何?お気に入りの子なんていたの?」
「綺麗な黒髪の子いただろ!目も二重で可愛かったな―」
「・・・ああ、いたかな?けど店の子が、あの子の二重は手術したんだって言ってたよ。すっごい一重だったのに、ある日急に出勤してきたら二重になってたってさ」
「・・・まじ?けど黒髪は本当に綺麗だったろ?!」
「あれもね、聞いたところによると、本当は茶髪でパーマかかってたらしいよ。黒髪ストレートの方が男受けが良いからって、ある日急に出勤してきたら黒髪ストレートになってたんだって」
「・・・まじ?け、けど、腕とか足とかも程良く引き締まってて」
「あれもね、聞いたところによると」
「お前良く聞いてるな」
「店に来た当初は太ってたんだってさ。けどそれじゃ客がつかないからって、エステに行ってたらしいよ。で、ある日急に出・・」
「ああ、もういいや。落ちは充分読めたから。なんだよ。じゃあまあいいか。それに関しては許してやるよ」
「なに許すって。もとからそういう話はしてないから。ベッドの話してるから」
「は!そうだった!俺がベッド上でいいんだっけか?」
「そういう記憶の刷り込み止めてくれる?俺が『ああそうそう』なんて言うと思ったら大間違いだから」
「しつこい奴だな。もう俺が上ってことでいいだろうが!イデアムさんが戻ってくるまでこんなこと続けてたら、またイデアムさんに怒られちまうだろうが!」
「オリバーのせいだから」
「ホズマンのせいだろ」
「オリバー」
「ホズマン」
「オリバー」
「ホズマン」
「オリバーオリバーオリバーオリバー」
「ホズマンホズマンホズマンホズマン」
ついには、互いの名前をひたすら呼びあうという、不思議な喧嘩を始めてしまったのです。
しかしここで、ようやくイデアムさんが散歩から帰ってきました。
「あ?何してんだお前ら」
「い、イデアムさん」
「おかえりなさい」
オリバーさんもホズマンさんも、イデアムさんが帰ってきた途端に言い争いを止め、互いに掴んでいた胸倉も放しました。
ですが、イデアムさんは二人がまた何か喧嘩をしていたことを直感的に分かると、のんびりと本を呼んでいたテマ―エさんに聞いていました。
テマ―エさんは、本をぺらっと捲りながら、二人がベッドを取り合っていたことを話してしまいました。
すると、イデアムさんはまたかと言った風に、呆れたようにため息を吐きました。
そして、下のベッドにぎし、と腰掛けると、それはそれは優雅に足を組みました。
「オリバー、ホズマン」
「「はい」」
イデアムさんに呼ばれると、二人は大人しく近くまで行きました。
これから何が起こるのかと思っていた私ですが、他の人は慣れているのか、特に注目することはありませんでした。
「お前等、そんなに上に寝たいのか」
「はい!ホズマンが上で俺が下なんて、絶対に嫌です!」
「俺もっす。こいつが上なんて、なんか許せません」
「なんかってなんだよ」
「理由はないけどって意味」
またビリビリとした空気が二人の間に流れ始めたとき、イデアムさんがまたため息を吐きました。
「そんなに上に寝たいなら、俺んとこ譲ってやるよ」
「「え?」」
これには、さすがにオリバーさんもホズマンさんも驚いたようで。
イデアムさんを崇拝している二人にとって、イデアムさんをベッドの下で寝かせるなんて、きっと考えられないことだったのです。
「い、イデアムさんに譲ってもらうなんて!!」
「そうっす。こいつが我慢すればいいだけの話です」
「別に俺ぁ上でも下でもいいんだよ。寝られりゃあどっちでもいいんだ。そんなに上に寝るっているこだわりがあるなら、俺んとこ使え」
「ダメですダメです!イデアムさんを下に寝かせるなんて!!」
「何かあったら大変っすよ」
足を組んでいたイデアムさんは、それはもうとても面倒臭そうな顔をしていました。
「お前等、喧嘩する体力あんならいざって時の為にとっておけっての。今ここで、んなくだらないことで言い争いすんなっつの。俺を下に寝かせたくねえなら、お前らのどっちかが大人になって、相手に譲るこったな。それが出来ねえなら、俺が下に寝る。いいな?」
「「・・・・・・」」
イデアムさんの提案に、オリバーさんもホズマンさんも、ただ黙って頷いていました。
さすがです、イデアムさん。
これでようやく静かに時間を過ごせると思っていたのですが、それは間違いでした。
「ただいま戻りました・・・」
ブライトさんが帰ってきましたが、額に手をつけて項垂れているイデアムさんを見つけると、首を傾げていました。
「イデアムさん、どうかしましたか?」
「・・・あれ」
「?」
イデアムさんがちらっと見た先には、また何か言い争いをしているオリバーさんもホズマンさんが。
「だから!俺が大人になるって言ってんだよ!お前上で寝ろよ!」
「五月蠅い。お前が大人になれるはずないだろ。俺が下に寝るから、お前は子供のまま上に寝ろ」
「んだとおおお!?」
二人とも、大人になって下で寝ようと思ったところまでは良かったのですが、今度はどちらが下に寝るかで喧嘩を始めてしまったのです。
日頃の疲れもあって、イデアムさんは寝たいようなのですが、二人の喧嘩でなかなか寝られません。
その時、またしてもイデアムさんが口を開きました。
「もういい、お前等」
「「い、イデアムさん!!」」
「ブライト」
「はい」
「お前が上で寝ろ」
「・・・はい」
「お前等は二人とも下で寝てろ。俺は今から寝るから、起こすんじゃねえぞ」
そう言って、ベッドに横になってしまったイデアムさん。
オリバーさんとホズマンさんは、しばらく睨みあっていましたが、二人とも仲良く下で寝ることになりました。
その日の夜、二人はコソコソとまた喧嘩をしていました。
「バーカバーカ」
「あーほあーほ」
それが徐々にエスカレートしていって、声が大きくなってしまうと、パチッ、と部屋の灯りが点きました。
二人の間には、イデアムさんが仁王立ちで立っていて・・・。
「お前等・・・」
「「い、イデアムさん」」
「外で寝ろ!!」
「「すいません!!!」」
一件落着、ということでしょうか?
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