第2話 激突

パラドックス

激突



 凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。


      ウェンストン・チャーチル




































 第二薔【激突】




























 「・・・・・・」


 ホズマンは、部屋の窓を勝手に開けると、そこから感じる風に違和感を覚えた。


 すぐに窓を閉めると、よりスピーディーに資料を探すのだった。


 《あ、あの》


 その時、無線機の向こうからマリアの声が聞こえてきた。


 《それらしきもの、見つけたんですけど》


 「マリア、今何処だ?」


 《水連の描いてある扉の部屋です》


 「すぐ行く。テマ―エも来いよ」


 《はいはい》


 バレないように、ただし堂々としながらマリアが言っていた水連が描かれた部屋に着くと、三人は資料を眺めていた。


 そこには城が関わったと思われる村や人の売買から、今回の戦争で扱う武器を何処から仕入れるかなどが書かれていた。


 「よし。じゃあ戻るぞ」


 「もうか?」


 「雲行きが怪しい。オリバーたちにも伝えてあるから」


 そう言うと、ホズマンたちは颯爽と歩きながらも出口に向かっていた。


 天候が荒れることを聞いたオリバーたちも、手にした情報だけを持ち、城からさっさとずらかっていた。


 「おい、あれ」


 「ん?」


 何かに気付いたテマ―エがホズマンに指をさして教える。


 その先にいたのは、オリバーとジョセフたちだった。


 はあ、とため息を吐いて、ホズマンは隣で走っていたテマ―エとマリアに言う。


 「先に行ってて。オリバー連れていくから」


 「オリバー、何してんだよ」


 「俺だって相手にしたくなかったけどよ」


 オリバーたちもイデアムのもとに戻ろうとしていたのだが、戦争に参加していたブランたちに見つかってしまったという。


 そのうちにジョセフたちも集まってきて、オリバーは一人ここに残り、ドンジャンとジュアリ―は先に帰らせたようだ。


 良かったと思えた事と言えば、呪術使いのアリナスはスヤスヤと寝ていたことだ。


 「ブラン、アリアナ、お前達でこいつらやっちまえ」


 そうジョセフが言うと、ブランは腰に下げていた剣を抜き、アリアナは太ももに隠し持っていた銃を取り出した。


 「・・・・・・」


 ちら、とホズマンは空を見ると、チッと小さく舌打ちをする。


 ブランは二人に向かってくると、後ろからはアリアナが援護の形で銃を構える。


 リーチもあるブランの剣は、考えるよりも早くオリバーはギリギリのところでなんとか避けることが出来た。


 しかし避けたところでアリアナが待ちかまえており、身体を上手く捻って避ける。


 そんな光景を、ホズマンはふう、と息を吐きながら眺めていた。


 「おい!なんで俺ばっかり狙われてるんだよ!!」


 「・・・お前が元気だからじゃないか?」


 「どういう理由!?」


 ブランとアリアナの両者からの攻撃を避けてるオリバーは、一人悠々としているホズマンに向かって叫ぶ。


 銃を持ってきていたとしても、遠距離用のあの銃ではあまり役に立たないだろうな、とか、このままだと嵐が来るかもな、とか、そんなことを考えていた。


 「っだああああ!!!!くそ!」


 逃げてばかりいたオリバーだが、自分だけ攻撃されているのが気に入らないのか、それとも単にじれったくなったのか。


 急に声を荒げたかと思うと、両膝を曲げて両手を地面に喰い込ませた。


 これには、ブランもアリアナもジョセフでさえも、何をしようとしてるんだと、攻撃を止めて見ていた。


 「ぐぬぬ・・・」


 すると、ゴゴゴ、と地面が鳴り出した。


 「仕方ないな・・・」


 面倒臭そうに、ホズマンは腕に隠していた小さな何かを取り出すと、ジョセフたちに向かって投げ着けた。


 ブランはそれを切り刻もうとしたのだが、それはチッチッチ、と音を出しながら、ジョセフたちの前で急に爆発した。


 すごい砂ぼこりが舞い起こり、ジョセフたちはゴホゴホと咳をしていた。


 小さな爆薬だったのか、ジョセフが着ていた服は少し焦げ付いていた。


 視界も悪くなったそのとき、身体に感じたのは地震のような衝撃。


 視界が開けてきて良く見てみると、オリバーが手を入れた地面にはひび割れが起こり、地面ごとオリバーは持ちあげていた。


 大きさにすると直径は三十メートルほどで、深さは十メートルほどだろうか。


 オリバーが持ちあげたものだから、そこにあったはずの地面はぽっかりと穴が開いており、人が落ちたら助からないだろう。


 「っの野郎!!」


 持っていた地面をブランたちに向かって投げ着けると、大きすぎて斬ることも、銃で撃ち砕くことも出来ず、ジョセフたちの方へと落ちて行った。


 ジョセフたちがそれを避けるのが早いか、ホズマンはオリバーを担いで退避していた。


 二人を追おうとしたブランだったが、ジョセフによって止められた。


 「良いので?」


 「ああ。なにやら、空が荒れそうだからな」


 ひょいひょいっと崖の途中まで上ったホズマンだが、疲れたのかオリバーを担ぐのを止めた。


 急に落とされたオリバーは受け身も取れずに頭から断崖絶壁のギリギリのところで落とされた。


 「何だよ!」


 「お前重い。お前が俺を担げ」


 「俺のこの素晴らしい筋肉を見れば分かることだろ?てか自分で上れ」


 「あんなもの持ちあげるなんて、馬鹿としか言いようがないけどね」


 「なんだと!?」


 言い合いをしながらも、イデアムたちのところに着くと、すでに避難出来るよう準備が整えられていた。


 ブライトが近くの岩陰を見つけたようで、そこに避難をする。


 空は真っ黒に染まり、激しい雨と風が吹き始める。


 全員が岩陰に隠れるときには、イデアムたちの服はびしょびしょに濡れていたが、男たちは回りなど気にせずに服を脱ぐ。


 二か所に薪をし、ひとつは男、ひとつは女に分かれて温まる。


 ジュアリ―とマリアは脱ぐわけにはいかないため、常に持ち歩いている別に服に着替える。


 一方で、イデアムたちは上を脱いで強く搾ると、近くの岩に適当に広げて干す。


 引き締まった身体とはいえ、こうも抵抗なく脱がれてしまうと、見ている方が恥ずかしくなってしまう。


 「酷い雨になったな」


 一時間ほど経っても雨は一向に止む気配がなく、イデアム岩陰の中にある岩に腰を下ろすと、べたべたはり着いているズボンが気持ち悪そうに摩る。


 「今のうちにやっておくか」


 それは、手に入れた情報である。


 「オリバーたちから報告」


 ずび、と鼻を啜りながらイデアムが言うと、ブライトは横で薪で温めたスープをイデアムに手渡す。


 女子力が高いとか思っていたのは、きっとジュアリ―だけだろう。


 「スージョンビッヘに武器の調達、戦闘員の確保、それに戦争にかかる資金を出していたのは“国”じゃあありませんね」


 「どういうことだ?」


 「武器一万、戦闘員七千、資金三億をスージョンビッヘに貸したのは、正確に言うと特定の国ではなくて、政治資金らしいんです」


 「政治資金・・・」


 それを聞いて、ホズマンも顔の横に手をちょこんとあげた。


 「それ、こっちも同じっすね」


 「同じだ?」


 オリバーたちが調べに行ったスージョンビッヘも、ホズマンたちが調べに行ったラクジャルナも、同じ政治資金が元手のようだ。


 武器の数も戦闘員の数も、ほぼほぼ同じくらいなのだ。


 その時、それを聞いていたマリアが質問をする。


 「あの、元手が同じって、それって出す側には何かメリットがあるんですか?」


 それに答えたのはブライトだった。


 「どちらに勝利が転んだにせよ、儲けられるように契約を交わしているんだ」


 「契約?」


 「例えば、今回スージョンビッへが勝ったとすると、勝ったのはその元手から借りた金や武器や人手のお陰だから、貸した金の二倍以上を要求する。そうすれば、負けた側、つまりラクジャルナにも同じような契約を結ばせておけば、どちらが勝っても確実に貸したもの以上のものが返ってくる」


 「・・・?負けた場合は、何も返してもらえないのに、どちらにも貸すんですか?」


 首を傾げながら聞くマリアに、今度はオリバーが答えた。


 「戦争も博打なんだよ。二分の一で賭けをするなら、確実に儲けが出る方法にしたってことだな。負けても借りた分は返す、なんて契約交わしておけば、絶対マイナスにはならねえだろ?」


 「確実に勝つ方に援助している国もあるってことですか」


 「そうそう。けどな、圧倒的な戦力の差があったとしても、逆転されちまうなんてこと多々あるんだよ」


 「そうなんですか?」


 「ああ。猪突猛進で勝つときも、そりゃああるだろうがな。戦略、戦術、頭脳線なんだよ。上手くやりゃあ、少ない数でも相手に勝つことが出来る」


 「へえ・・・」


 ジュアリ―が言うには、何処かの国の戦争を見た時、そういった光景を何度も目にしたとかで。


 多ければ多いほど有利なのには変わりないのだろうが、それだけでは補えないものがあるのだそうだ。


 「その政治資金ってのは、個人か?」


 「はい。グィトルっていう、これ写真なんですけど、禿げた親父ですね」


 「なんでこんな男が戦争に援助なんてしてるのかは分かってるのか?」


 「ええ、それは俺が」


 はいはい、と適当な返事をしながら、ホズマンはいつのまにかコピーをしていた資料をイデアムに手渡す。


 「その男、相当黒いっすよ。金の為なら国一つくらい、蟻を潰すみたいに簡単に破滅させてますね。金遣いも荒くて、豪遊し放題。政治資金を湯水の如く使い、しまいには戦争の援助するなんて、クズっすね」


 肩をすくめて言うホズマンは、イデアムがその資料をじーっと眺めていることに気付き、声をかける。


 すると、イデアムは今度は資料を置いて腕組をし、何か考える。


 「確かに真っ黒なんだけど、こういう奴ほど証拠を残さねえもんなんだよ」


 「じゃあ、どうするんです?このまま放っておけば、また同じことしますよ」


 「わかってら。天気が回復したら、こいつんとこ向かう。そう遠くじゃねえからな。こいつの金の流れの証拠を掴んで、有無を言わさねえほどのな。で、それをフリーペーパー書いてる記者に送る」


 「フリーペーパーっすか?」


 新聞のようなものだが、金を取らない代わりに、興味ある人しか持っていかないだろう、そんなものだ。


 だが、イデアムは頷いた。


 「ああ。言葉の規制も表現の規制もないfリーペーパーに頼んで、こいつのことを公表する。この辺だけじゃなくて地球全土に広まるようにな」


 それを聞くと、オリバーたちはニイッと笑い、返事をした。


 だが、嵐はなかなか止むことがなく、その間、イデアムたちはなんとか乾いた服を着て、カードゲームをしている者までいた。


 イデアムは出口付近に向かうと、まだ止みそうにない空を仰ぎながら、知らず知らずロケットを触っていた。


 「止みませんね」


 「ああ」


 「こんなに雨が続くと、身体中のやる気とか元気が全部吸い取られる気分ですよ」


 オリバーの言葉に、イデアムは思わず小さく笑ってしまった。


 雨を見つめながら、イデアムは口を開く。


 「雨は嫌いじゃない」


 「そうなんですか?」


 「ああ。雨の日は、争い事をしようとする奴がいない。それに、していたとしても、雨が降れば動きが止まる」


 「・・・確かに」


 雨が降ってきたからか、スージョンビッヘとラクジャルナの戦争は一時休戦している。


 雨は嫌いだと言う人も多いことだろう。


 だが、雨が降ると人は自然と空を見上げ、人を傷つけていたその手を止める。


 「雨って、神様の涙だ、なんて言う奴もいますよね。あれって本当ですかね?俺、あんまり神様とか信じてないんですけど」


 ハハ、と冗談っぽく笑いながらオリバーが言うと、イデアムも同じように笑った。


 「それはなんとも言えねえなぁ」


 「ですよね」


 「けどま、世界が汚れてきたと思うと、一度綺麗に洗い流す為に降るんだと、聞いたことがあるな」


 「へー。そりゃまた神秘的な」


 恵みの雨と呼ぶ人も中にはいるが、同じように、穢れてしまった世界を掃除するために降るのだという人もいる。


 きっとそれをホズマンに言えば、雨とはなんちゃらという話が始まってしまうだろう。


 どういう原理だとか、物質がなんだとか、例えそれが現実であったとしても、少しの希望と夢を持って見てみれば、世界は頼もしく見えてくるのだ。


 半乾きの服はまだしっとりしていて、着心地が悪いが、最近暑かったからか、吹きこんでくる風によって身体が冷やされる。


 ぼーっと空を見ていると、後ろから声が聞こえてきた。


 「オリバーとイデアムさんもこっち来て一緒にゲームしましょうよ」


 「何やってんだ?」


 「ポーカー」


 オリバーはゲームに参加したが、イデアムは少し休むと言って奥の方に行ってしまった。


 オリバーがゲームに参加すると、ホズマンはぼそっとこんなことを言った。


 「このゲームは楽勝だな」


 「ああ!?」


 聞き流していてくれれば良かったのだが、生憎耳が良いオリバーは、ホズマンの言葉が聞こえてしまった。


 だが、ホズマンは悪びれた表情ひとつ見せず、平然とカードを切っていた。


 「どういうこった」


 「だって、オリバー頭使うの苦手だろ。ならオリバーの負けは見えたなと思って」


 「ふふん。俺様は女にもてるために、カードゲームはちょいと得意になったんだ」


 「配るよ」


 手際よくシャッシャッ、とカードを配って行くと、一緒にゲームをしていたジュアリ―が「げっ」と女性らしからぬ声を出した。


 ゲームを知らないマリアは、そんな光景を笑いながら見ていた。


 「ブライト、俺ちょっと寝るからよ。すぐ起きると思うけど、なんかあったら起こしてくれ」


 「わかりました」


 そう言うと、イデアムは身体を横にして、すぐに目を瞑ってしまった。


 だからといって寝ているかは分からないが、イデアムはいつも寝ると言って寝ていないから、寝ていないのだろう。


 まだ天気は回復しそうにないため、一行はしばらくのんびりしていた。








 数時間後、カラッと晴れた空に向かって、オリバーは雄叫びをあげていた。


 「五月蠅い」


 「いてっ」


 荷物をまとめて岩陰の外に出た時、少し離れた岩のくぼみに、二頭の馬がいることに気付いた。


 「え?なにこの馬」


 「ああ。イデアムさんが後で乗るかもってことで、ずっとここにいた」


 「まじ?全然気付かなかった」


 「ブライトが餌やってたみたいだし」


 「あいつもマメだねー」


 次々に岩陰から出てくると、イデアムも馬を見てハッと思い出したようだった。


 馬の背に荷物を乗せると、イデアムたちは目的地に向かって歩き出した。


 「グィトルんとこには、ジュアリ―とマリアが接近して、証拠集めは他男共でやるぞ」


 「なんで二人は接近するんだ?」


 「何でってなぁ、オリバー」


 「へ?」


 「このくらいの親父ってのは、女に上手く掌で転がせられてるもんだよ」


 「ああ」


 ジュアリ―は面倒臭いような顔をしていたが、マリアは困惑気味だった。


 怖いなら行かなくても良いと伝えると、マリアは首を横にブンブンと振った。


 「私、やります!上手く時間稼ぎします!」


 マリアの覚悟に、イデアムだけでなく、みなが柔らかく笑った。


 「あ」と呑気そうな声を出すと、イデアムはマリアの方を見て注意を促す。


 「セクハラには気をつけろよ」


 「なんで私の方は見ないのよ」


 ジュアリ―が言うと、男たちは一斉にジュアリ―の方を見て、首を傾げた。


 「だってお前は大丈夫だろ」


 「なんでよ」


 「セクハラされたって、笑いながら指を一本ずつ折ってるんだろ」


 「んなわけないじゃない!!もっとおしとやかにするわよ!ていうかね、セクハラっていっても広いのよ!目つきだけでセクハラかもしれないじゃない。私のこのナイスバディ―がべたべた触られたらどうするのよ!」


 そんな必死の抗議に対しても、イデアムたちは誰一人として賛同せず、互いの顔を見合わせていた。


 「その歳で触ってもらえるなら、有り難いと思えばいいだろ」


 「それもセクハラよ」


 チッと舌打ちしながらイデアムに文句を言ったジュアリ―だが、マリアがまあまあ、と宥めてなんとかその場は収まった。


 打ち合わせ通り、オリバーたちもジュアリ―たちも、グィトルのもとへと向かった。


 まずはジュアリ―とマリアがちょっとおめかしをして、城の門番に声をかける。


 そしてグィトルに是非会いたいというと、門番は女だからという理由だけで簡単に城の中へと入れてくれた。


 その間、オリバーたちは城の後ろへと回り、隠し扉から城の中へと潜入する。


 「グィトル様、こちらの女性たちが是非お会いしたいとのことでして」


 「何何」


 確かに、ハゲ散らかしたような頭の男が一人、二人の前に現れた。


 「素敵なお城ですわね」


 「ああ、ありがとう。君たちはとても美しいね、セニョリータ」


 「ふふ。お上手ですわね」


 ちなみに、このときジュアリ―は、『何がセニョリータだよこの薄らハゲ』と思っていたようだ。


 「お城の中を案内していただけません?」


 「おお!喜んで!」


 そう言うと、グィトルはジュアリ―とマリアの間に割って入り、両腕を伸ばして二人の肩に手を回した。


 これぞまさしく、両手に華、である。


 普段のジュアリ―ならば、こんなことをされれば、思いっきり強く男の足を踏みつけるのだろうが、大人しくしろと言われたため、言うとおりおしとやかにニコニコとしている。


 「それにしても、どうしてこんな広いお城に一人でお住みになってるんです?」


 「いやなに、私はこんなだからね、嫁に来てくれる女性がいないのだよ」


 「えー!こんなに素敵でダンディな殿方なのに!?」


 ちなみにこの時、ジュアリ―は『嫁に来てくれた人がいたとしても、それはお前の金目当てなだけだ』と思っていたらしい。


 「ここは私の自慢の部屋だ」


 「わあ・・・」


 グィトルが開けたその部屋には、綺麗な外観の城には似つかわしい、おぞましいほどの武器の数々があった。


 思わずゴクリと唾を飲み込んでしまったマリアとは裏腹に、ジュアリ―はグィトルから離れると、声をあげながらそれらを見ていた。


 「わー!すっごい!なんですかこれ?こんなのいつ何に使うんですー?」


 さすがジュアリ―だと思っていると、グィトルはとても得意気に話した。


 「実はね、これはもともと、私の国を作ろうと思って手に入れたものなのだよ」


 「グィトルさんの国?」


 「ああ。どの国にも劣らない、強く勇ましい、そして女性に溢れた国を作ろうと思って、政治資金から出したんだ」


 「へー、で、諦めちゃったんですか?」


 ジュアリ―は、首につけている真っ赤な丸いネックレスをつけているが、これは録音可能になっている。


 会話をしながら、確実な証拠を手に入れるためにホズマンが夜な夜な作っていた。


 「自分で言うのもなんだが、私は金も地位も名誉も何もかも持っている。しかし、なぜか誰も私のもとで働こうとしないのだ」


 ちなみにこの時、ジュアリ―は『髪の毛はないけどね』と思っていたらしい。


 「だがもったいないからね。近くの国で戦争があるという情報が入れば、私はこれらの武器を貸しているのだよ。それに金もな」


 人なら奴隷から連れてくれば良いからな、と付け加えると、グィトルは葉巻を取り出した。


 この男の考えていることに、マリアは吐き気さえ覚えたが、グッと堪える。


 それを見ていたジュアリ―はそっとマリアに近づいて背中を摩ると、グィトルに向かってにこやかに告げる。


 「ごめんなさい。この子ちょっと具合が悪いみたいなの。葉巻は御遠慮してくださる?」


 「ああ、すまないね」


 ハッハッ、と笑って葉巻をもとの場所に戻すと、グィトルは次の部屋に二人を連れて行く。


 そんなグィトルの後ろ姿に着いて行きながら、そっとジュアリ―は耳打ちする。


 「大丈夫?」


 「ええ」


 「さあ!!きっと君たちも気に入ってくれると思うよ!!」


 バン!と勢いよく開けたその扉の向こう側には、女性が好きそうな鞄や靴、洋服がずらっと並んでいた。


 二人揃って目をぱちくりさせていると、グィトルも同じようにぱちくりとする。


 「お気に召さんかね?」


 「いいえ!吃驚してしまって」


 「ハハハ。無理も無い。ここには、世界中のブランドというブランドを全てコレクションしているんだ!」


 「女性物を?」


 「この歳になっても、女性には喜んで欲しくてね。私の趣味とも言える」


 ちなみにこの時、ジュアリ―は『本当に変わった親父だな』と思っていたらしい。


 その頃、城に潜入した男たちは、兵士などと言った部類の男たちがいないことに驚いていた。


 助かると言えば助かるのだが、この城は何の為に建てたのか分からない。


 「よし。二人一組になって探すぞ。俺とドンジャン。ホズマンとテマ―エな」


 オリバーの掛け声をきっかけに、四人は二人ずつに分かれて家探しをする。


 泥棒であれば、多少荒らしていっても良いのかもしれないが、革命家として足がつくのも困る為、余程のことがない限りは、定位置に戻すのだ。


 二時間ほど経つと、もうほとんどの部屋を見て回った後だった。


 「ドンジャン、そっち何かあったか?」


 「いや、特にないな」


 「ホズマンたちの方にあったかな?」


 そんなことを言いながらも、半分飽きているオリバーは、ふと天井を見上げると、そこに何やら違和感のある天井を見つけた。


 「ドンジャン」


 「どうした」


 「ちょいと肩貸してくんね」


 ぐぐっとドンジャンの肩に乗ると、オリバーはその怪しげな天井をぐいっと押してみる。


 すると、そこはガタッと外れて、中から請求書や領収書などがガサガサと落ちてきた。


 ひょいっとドンジャンから下りてそれを確認すると、それらは確かに、別の城に金やら武器やら馬やらを貸したことを証明するものだった。


 「お。やりィ」


 「急いで撮るぞ」


 ドンジャンが持っていた小型カメラで、請求書や領収書をペラペラを捲りながら、スピーディーに撮影していく。


 それが終われば、またドンジャンに担いでもらい、天井に戻しておいた。


 「よし、戻るぞ」


 オリバー達が城から脱出しようとしたとき、珍しく兵士が欠伸をしながらこちらに向かって歩いてきた。


 通り過ぎるのを待とうとしたが、すでに廊下に出てしまった二人に逃げ道はなく、あるのは窓だけだった。


 「よし」


 オリバーは窓を開けると、そこから身体を出して外の様子を見る。


 「ドンジャン、この壁の横に緊急用のはしごがあるから、お前はそれで下まで行け」


 「オリバーは?」


 「俺は一旦天井で避難する」


 オリバーの言っていることがあまり理解出来なかったドンジャンだが、とりあえず窓から出てそのはしごを使って下まで下りた。


 ドンジャンがはしごを使っている間に、オリバーは壁にかけてある絵画や柱を使い、天井まで腕の力だけで辿りついていた。


 そして兵士が通り過ぎるのを待つと、同じようにして着地し、窓から脱出した。


 ホズマンたちとも合流し、後はジュアリーたちだけなのだが、なかなか来ない。


 「テマ―エ、お前行って来いよ」


 「なんで俺が」


 「なんでって、お前はスパイ要因だろ?こういうときに本領発揮できるだろうが」


 「・・・・・・」


 面倒臭そうな顔をしながらも、テマ―エは城の中へと戻って行った。


 グィトルの自慢話をずっと聞かされながら、ジュアリ―とマリアはファッションショーのように、いつもなら着られないような服を次々に着まわした。


 そこへ一人の男が乱入する。


 「グィトル様!お知らせがあります!」


 「なんだ騒々しい」


 「それが・・・」


 何やら言いにくそうにしている男は、グィトルに近づくと、耳元で何かごにょごにょと言っていた。


 すると、グィトルの目が輝いて、ジュアリーたちに謝りながらも、その部屋からさっさと出て行ってしまった。


 「テマ―エ、あんな何言ったのよ」


 ジュアリ―にはバレていたようで、テマ―エは深く被っていた帽子を取って捨てた。


 「別に。ただ、『絶世の美女が是非嫁になりたいと、グィトル様の部屋でお待ちになっています』って言っただけ」


 「で、あの男はいもしない絶世の美女につられたわけね」


 「もうみんな集まってる。行くぞ」


 納得いかないような顔をしていたジュアリ―だが、マリアの手を引いてテマ―エの後ろを着いて行った。


 そこにはもうオリバーたちもいて、録音した音声や入手した証拠をイデアムに渡した。


 それを眺めていたイデアムは、ブライトにそれを渡すと、何も言われていないのに、ブライトは慣れた手つきでそれらを濡れても平気なように包装した。


 そして紐で結ぶと、どこかの記者に届くようにと鷹に託す。


 「あんな鷹いたか?」


 「今のダジャレ?」


 「え?違ぇーし。なんか恥ずかしいだろ。意識してなかったけど恥ずかしいだろ」


 それから三日もしないうちに、グィトルの悪事や企みは明るみに出てしまい、資金元がなくなった二つの国は、戦争を止めざるを得なくなった。


 グィトルの城も押収されてしまい、グィトルがこれまでに資金や武器などを貸していた国も、仁義を問われることとなった。


 「無事に終わって良かったというべきなんですかね」


 「まあな」


 「はいはい・・・イデアムさん」


 「あ?」


 戦争が終わったことにホッとしていると、無線から何かを受け取ったブライトがイデアムを呼んだ。


 無線機がブライトからイデアムの手に渡ると、それは以前とある国にスパイとして送っていた仲間からだった。


 「どうした?何か動きがあったのか?」


 《それが厄介なことになってまして、出来ればテマ―エを送ってほしいんです》


 「わかった。すぐ向かわせる」


 無線を切ると同時に、イデアムは馬を観察しているテマ―エを呼んだ。


 「テマ―エ、ちょいと使いに行って来てくれ」


 「わかりました。何処です?」


 待ち合わせ場所を教えると、イデアムはブライトも呼び、テマ―エを送ってくるようにと頼んだ。


 借りてきた馬に二人は乗ると、ブライトとも次に会う場所を確認した後、イデアムたちも先に進むことにした。


 「あ、そうだオリバー」


 「なんです?」


 ふと、急に足を止めたイデアムがオリバーの方を見ると、くいっと顎である部分を指した。


 「あれ、なんとかしろ」


 「・・・・・・へい」


 それは、オリバーがジョセフとの戦いのときに掘り起こしてしまった地面。


 遠くから見ると石ころが転がっているようにも見えるが、近くにいくととんでもない大きさの岩だ。


 幸いにも戦争は終わっているため、雨によって大きな水たまりとなっているそこに落ちた人はいないようだが、これでは戻すのも一苦労だ。


 しかしそこはオリバーというべきか。


 岩を持ちあげると、適当に手探りで元の場所へと戻した。


 「イデアムさん」


 「んー?」


 「次はどこに向かうんです?最近聞こえてくるのは、戦争よりも人身売買の方が多い気がしますけど」


 数年前までは、至るところで戦争が巻き起こっていた。


 しかし、戦争よりも儲けになるからなのか、近年増加しているのは、戦争に関する売買ではなく、人の売り買い。


 マリアも売られていた一人だが、孤児や戦争中の村や国で、親から離れてしまった子供を連れてきては売るのだ。


 用途という言葉はおかしいかもしれないが、買った人によって扱いは異なる。


 それはひたすらに力仕事をさせる奴隷であったり、傷付け苦しませて観賞するためであったり、性奴隷であったり。


 「四十キロ離れた国で人身売買の情報がある。そこに向かう」


 「ったく。碌なこと考えねえなぁ。人を売ったり買ったりする時代になるなんてよ」


 イデアムが示した四十キロ先の国に向かう為、雨で足場の悪くなった道を歩いて行く。








 半日歩き続けたところで、マリアが靴ずれを起こしてしまった。


 「ちょっと休むか」


 「すみません」


 申し訳なさそうに謝るマリアに、ジュアリ―は足の手当てをする。


 「あーあ。こんなになるまで我慢して。痛かったでしょ」


 マリアの踵は真っ赤になっており、肌も少し捲れて、そこから血が出ていた。


 救急セットから消毒液と包帯を取り出すと、ジュアリ―は慣れた手つきでマリアの足に処置を施す。


 雨水を溜めておいたため水は確保できており、それを口に含んで少ししてから飲みこむ。


 それを数回繰り返していると、どこからか馬が走ってくる音が聞こえてきて、ブライトでも戻ってきたのかと待っていた。


 しかし、イデアムたちの元に来た馬にはブライトも誰も乗っておらず、代わりに馬の手綱に紙のようなものが挟まっていた。


 それを抜き取って中を読む。


 「・・・・・・」


 「イデアムさん、何かあったんですか?」


 「・・・・・」


 イデアムはそれを読むと、ぐしゃっと丸めてオリバーに投げ着けた。


 受け取ったオリバーはそれを広げると、そこにはブライトを預かったことと、イデアムに一人で助けに来いと書かれていた。


 「イデアムさん、これもしかしてあいつら」


 「テマ―エたちを尾行でもしたんだろう」


 「イデアムさん、まさか本当に一人で行こうとしてます?」


 イデアムはその馬に跨ると、元来た道を戻って行く。


 その頃、ジョセフたちに捕まってしまったブライトは、拘束されることはなかったが、両腕を後ろに回すよう言われていた。


 「革命家として、恥ずかしいとは思わないのか」


 「恥ずかしいってなんだ?革命家ってのはな、俺達みたいな優秀な軍団がいれば、あとはいらねえんだよ」


 「ねーえ、まだ来ないの?」


 「アリアナ、もうちょっと我慢な」


 アリアナはつまらなさそうに、ピンクの髪をいじりながら毛先を眺めている。


 待つこと二時間、ようやくイデアムらしき人影がちらっと見えた。


 ジョセフたちは、すでに崩壊してしまった、石で造られた街に拠点を置いているが、石で造られた家と言っても、すでに天井も壁も半壊以上しているため、外からも中からも丸見えの状態だ。


 手綱を引いて馬を止めると、イデアムは馬から下りて、馬を解放した。


 そこにジョセフたちがブライトを連れて姿を見せた。


 「無事そうだな」


 「すみません。油断しました」


 「気にすんな。で、どうしたいんだ?」


 イデアムはジョセフに向かって尋ねると、ジョセフはいつでもイデアムを殺せるようにと取り囲む。


 それぞれ剣や銃を持ってイデアムに向けた状態で、ブライトはジョセフの横に立たせられたまま。


 「まあ座れよ。気楽に話そうぜ」


 「気楽にねえ」


 呆れながらも、イデアムは適当に腰を下ろすと、ジョセフはドライフルーツを取り出して口に入れて行く。


 「なあ、俺達と手を組まねえか?」


 「・・・・・・」


 「同じ革命家として、買ってんだぜ?あんたらのこと」


 「そりゃあどうも」


 口をもごもごさせながら、ジョセフは何度も足を組みかえていて落ち着かない。


 「でも正直言って、あんたらのやり方は古い。一昔前のやり方だ。影でコソコソと動いて情報を得る。そんなんじゃ、今の世の中は渡って行けない」


 「表舞台に出て、派手にやりゃあいいのか」


 「そうそうそれそれ!世界を変えるには、自分がどれだけ動くかが重要だ!だから俺達は戦争にだって参加して、さっさと終わらせるために戦う」


 「可愛い悪党がいりゃ、全力で殺しに行くのも革命か?」


 たかが山賊、されど山賊だが、それでも改心させる暇もなく、血祭りにあげるやり方は正しいと言えるのか。


 イデアムは足を組み直したのだが、ジョセフが自分と同じように足を組んでいるのを見て、組むのを止めた。


 「ああそうだ。どんなに小さな悪事だろうと、俺たちは許さない。一生悪事に手を染めないように制裁を加える。それの何がいけないんだ?」


 「・・・・・・」


 「それに、革命家っていったって、慈善事業じゃやっていけないだろ?だから俺達は戦争に加担してる城から金目のものを報酬って形でもらって、運が良いときには国からも貰ってる。金があってこそ、革命は出来ることだろ?」


 「・・・・・・」


 両膝に肘をつき、地面を向いてしまっているイデアムに、ジョセフは小さく笑いながら近づいていった。


 「おいおい。そんなに落ち込むなよ。俺達と差があったとしても、恥ずかしいことじゃないんだ。俺達が有能過ぎるだけの話さ」


 そう言って、イデアムの肩にぽん、と手を置こうとしたジョセフだったが、イデアムに触れる前に動きを止めた。


 それは、イデアムが鼻で笑っていたから。


 「ふっ・・・。くだらねえなぁ」


 「・・・なんだと?」


 ゆっくりと顔をあげると、イデアムはニイッと笑いながら腕を組んで、片膝を曲げて足首をもう片方の足の太ももあたりに乗せた。


 イデアムに近づいていたジョセフも、そんなイデアムを見ると、思わず距離を取る。


 「お前等がやってることって、本当にくだらねえなぁ」


 「くだらないだと?負け惜しみか?自分達があまりに目立てないから、悔しいのか?」


 「目立つわけにはいかねぇんだよ、革命家ってのは。どう上手く隠れながら行動するかが鍵だ。お前等みたいに、派手に好き勝手暴れるだけなら、そこらへんのガキにだって出来るだろ」


 「!!」


 腕を上げ、ジョセフはイデアムに殴りかかろうとしたが、その腕はいとも簡単にイデアムに掴まれてしまった。


 すぐさま、アリアナが引き金を引こうとしたが、ジョセフが手を出して止めた。


 「確かに、この前の山賊みてぇな奴らを野放しにしておくことは出来ねえが、だからってあんな報復の仕方をすれば、またあいつらは村を襲うかもしれない。お前のことだって狙うかもしれない」


 「その時はまた殺せば良い」


 「それじゃ革命したことにはならねえだろ。憎しみの連鎖を止めることが目的なのに、その憎しみを産みだすようなら、お前等もあの山賊たちと対して変わりゃしねえよ」


 「慈善事業なら、ボランティアにでも頼めばいいだろ」


 ジョセフは、イデアムに掴まれていた腕をぐいっと引っ張ろうとすると、力を入れたそのとき、イデアムが腕をパッと離したため、簡単に解放出来た。


 「金目のもんを勝手にもってくれば、それは窃盗と同じだ。そもそも、金になるからやるだの、ならないからやらないだの、それはお前等の都合だろ?てめぇらの都合でやるやらないを決めるなら、それはもはや革命じゃなく、ただの趣味だ」


 「あんたをここで殺す心算はなかったけど、意見の相違だな」


 「ああ、俺も残念だ。折角、同じ目的を持った奴らが精を出して頑張ってるのかと思ってたけど、何の覚悟も無かったとはな」


 「覚悟だと?馬鹿にしてるのか?人を殺す覚悟も、いつでも死ぬ覚悟も、俺は持ってる」


 「違ぇよ」


 ジョセフのピリピリとした空気を感じ取ったのか、ブランは構えていた剣をもう一度構え、イデアムに向ける。


 それは他のアリアナたちも同じことで、イデアムとブライトの二人くらい、すぐに殺せるようにと準備をする。


 それを分かっていながらも、イデアムは余裕そうに笑っている。


 「革命家として、世界を見る覚悟がなけりゃあな」


 「?何を言っている?」


 ふと、何かを思い出したのか、ジョセフはもう一度イデアムに近寄る。


 「そうそう。俺、ずっと気になってたんだよ。あんたのその目」


 イデアムは隻眼であり、片目は眼帯をしている。


 どの歴史書を呼んでも、イデアムたちのことが記載されているものは見つからず、ずっとひっかかっていたのだ。


 かつて、人類は戒めのために、生まれてすぐに子供に烙印をつけることがあったとか。


 しかしそれは奴隷たちによるものであって、ジョセフは、イデアムが奴隷の子孫なのではないかと考えていたのだ。


 もしも奴隷としての烙印が押されていれば、イデアムたちを陥れるための重要な鍵になるかもしれないと。


 「その目、見せてくれよ」


 「・・・・・・」


 「奴隷だったわけじゃないなら、眼帯をとって証明してくれ」


 これは個人的な興味だ、と付け足すと、ジョセフは目を輝かせていた。


 「イデアムさん、見せる必要はありません」


 「お前は黙ってろ」


 ブライトが口を開けば、ブランが剣をブライトの鼻スレスレのところに突き出した。


 しばらく黙っていたイデアムだが、ふう、とため息を吐くと、太ももに乗せていた足を地面に下ろした。


 さらっと銀色の髪をかきあげると、後頭部で縛っている眼帯の紐を解き始めた。


 解きながら、イデアムは何やら鼻歌を唄っていた。


 それは、どこかで聞いたことのあるもの。


 思わず聴いていると、イデアムの眼帯の紐は解け、イデアムは目を押さえていた。


 「おい坊主」


 「ぼっ・・・!?」


 いきなり坊主と呼ばれ、ジョセフは少し驚いたような声を出すが、ぐっと飲み込んでその目が見えるのを待った。


 すると、イデアムは腰を持ちあげ立ち上がるが、ジョセフよりも背の高いイデアムは、自然と見おろす格好になる。


 「甘く見てると、痛い目見るぜ?」


 「はあ?」


 そう言いながら、イデアムは押さえていた片目を公に晒した。


 「・・・!?」


 ジョセフだけでなく、ブランたちも、ブライトさえも唾を飲み込む。


 眼帯がしてあったイデアムの目には、ジョセフが言っていたように烙印が確かに押されていたのだが、それはただの烙印ではないように見える。


 複雑に描かれた模様に、火傷ではない数式のようなもの。


 「凍結烙印・・・」


 「え?」


 そんな中一番先に口を開いたのは、呪術使いのアリナスだった。


 「あの模様は知らないけど、あの数式みたいのはきっと凍結烙印。個体識別にも使われるもの」


 「個体識別?って、あいつは人間だぞ?まさかロボットだとでも言うのか?」


 「世界をも変え得る力を持つ一族。その一族を管理、規制するためにつけられたのが凍結烙印と言われている。生まれてすぐつけられた番号は、政府によって位置も動きも把握されていると聞いてたけど、今のあなたの見る限り、そんなこともなさそう」


 「・・・・・・」


 「イデアムさん、どういうことですか?」


 「・・・まあ、詳しいことはおいおい話すけどよ。俺の先祖が政府の目を盗んで、自由に生きられるようにしてくれたんだ」


 説明をしながら、イデアムはまた眼帯をつける。


 そして、次に目を開けたときのイデアムの目は、それまでとは違ったものだった。


 「革命を、始めようか」







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