パラドックス
maria159357
第1話 旧と新
パラドックス
旧と新
登場人物
デスロイア・イデアム
ブライト
オリバー
ホズマン
ジョセフ・モイラ
ブラン・マージュ
アリアナ
希望を抱かぬ者は、失望することもない。
バーナード・ショー
第一薔【旧と新】
「おぎゃー!おぎゃー!」
いつかの時代、何処かの国で、産声があがる。
その産声はいつしか世界をも巻き込む大きな波乱の礎となり、また、これから起こるであろう巨大な波の根源となる。
しかし、それはまだ誰も知らない。
これは、生まれながらにして世界を敵に回し、ただ平和だけを願って戦う、そんな男の物語である。
「イデアムさん、そろそろ村に着きます」
「はいよ」
ウェルマニアとオクタティアヌスとの戦いを見届けたイデアムたち革命家は、別の情報を得るために次の村へと向かっていた。
銀髪に隻眼の男、イデアムの前には緑髪の少年、ブライトが馬に乗りながら方向を確認していた。
革命家には、他にも仲間がいる。
力持ちでナルシスト、青い髪のオリバーに、スナイパーとしての腕ももち、気候を読む力に優れている、茶色の髪に黒のニット帽を被ったホズマン。
それ以外にも、ジュアリ―という女性に、ドンジャンという体術使い、テマ―エという男たちなどなどだ。
一番最近入ってきた仲間としては、奴隷市場で売られていた少女、マリアだ。
村に着くと、ブライトは宿が取れるかの確認に向かい、その間、酒場で待つことにした。
「聞いたか?またあのジョセフって革命家たちが、悪党を八つ裂きにしたって話」
「まじかよ。頼もしいね」
「革命家ってたって、なーんもやらねえ奴らもいるからなぁ」
「悪党を倒してくれるなら、なんでもいいけどな」
ハハハハ、と酒の席だからなのか、気が大きくなっている男たちは大笑いしている。
聞こうとしているわけではないが、自然と耳に入ってきてしまったその内容。
「宿が取れました」
戻ってきたブライトは、すぐに空気を読み、イデアムの隣へと座った。
「どうかしましたか」
「いや」
「そういえば、宿でジョセフとかいう革命家がいるって聞いたんですけど、聞いたことありますか?」
「いや」
ブライトの逆隣に座っていたホズマンが、ぼそっと先程自分たちが聞いた内容を簡単に説明すると、ブライトは納得した。
革命家といっても、イデアムたちはあまり目立つ行動はしない。
戦う心算がないことと、目立ってしまえば、それだけ潜りこむことも情報を得ることも難しくなってしまうからだ。
酒場をあとにすると、イデアムたちは宿に向かって歩き始めた。
「それにしてもよ」
オリバーがなにやら不機嫌そうに話始めた。
「悪党を八つ裂きって、そのジョセフって革命家は何考えてんだか」
「いいじゃない。私達には私達のやり方があるんだから」
「まぁ、そうなんだけどよ」
ジュアリ―が宥めると、オリバーは両腕を後頭部にもっていく。
雑談をしながら歩いていると、男たちが声をかけてきた。
「兄ちゃんたちも旅の人?俺達もなんだ。一緒に酒でも飲まねえか?」
そういってきたのは、橙色の髪に、右耳にピアスをした男と、青く長い髪を一つに縛っている男。
それにピンクの髪に両耳ピアスをしている女、他にも数人がいた。
「この青いのがブランで、ピンクがアリアナ、こっちのデカイ男はメトナーシャでこの女はガルマ。こいつはシューナ―でこれはアリナス。で、俺はジョセフ・モイラ。よろしくな」
「・・・ああ」
丁寧に仲間の紹介をしてくれた男は、自らをジョセフと名乗った。
イデアムたちはその名を聞いて多少ピクッと反応はしたものの、ジョセフたちと一緒に酒を飲むことにした。
もちろん、名は明かさないままで。
「そうそう。俺達は革命家でさぁ、結構ここらじゃ有名なんだよなー」
酒を飲み始めてそう時間が経たないうちに、ジョセフたちは自慢話を始めた。
「知ってるか?革命家っていやぁさ、なんでも“イデアム”とかいう奴がいるみたいなんだけど、こいつが全く正体掴めなくてな」
「へー」
「でもよ、今時なくね?革命家っていったら影の仕事、なんてもう古いって!!俺達みたいに派手にやった方が、相手を威嚇することもできるしな!」
もう好き勝手言い始めたジョセフ。
イデアムはやり方が古いだの、だから碌な仲間が集まらないだの、これから先生き残れないだのと言われ続けた。
それでも平然と酒を飲んでいたイデアムだったが、バン、と勢いよくテーブルを叩いた音が聞こえた。
そちらに目を向けると、そこには一人立ちあがっているオリバーがいた。
「てめぇら好き勝手いいやがって」
「ああ?なんだよ。なんか気に障ることでも言ったか?」
オリバーはジョセフの胸倉を掴む勢いでズンズン歩いて行くと、青い長髪の男ブランが前に立ちはだかった。
「イデアムさんはすげぇ人なんだよ!てめぇらひよっこに何が分かる!」
「・・・イデアム、さん?」
「馬鹿みてぇに目立ちゃあいいってもんじゃねえんだよ!」
「もしかしてあんたら・・・」
そこまでジョセフが言ったところで、イデアムがオリバーの後ろに回り込み、片腕を首に回した。
そしてそのままオリバーを引きずって行く。
「悪かったな。こいつちょっくら酔ってるみたいだ」
ズルズルと引きずられて行くオリバーを見ると、イデアムたちは一斉に立ち上がり、ブライトは酒代を支払って行った。
しばらくじーっと見ていたジョセフは、人差し指を下唇にあてて、ニヤッと笑う。
宿に着いたイデアムたちは、オリバーが苦しそうに自分の首に巻きついているイデアムの腕をバンバン叩いているのを思い出す。
「ああ、悪ィ悪ィ」
パッと離すと、オリバーはぜーぜーはーはー言っていた。
すぐにイデアムの前に胡坐をかくと、頭を下げる。
「イデアムさん!面目ねえ!!」
「ま、過ぎたことはしょうがねえ」
窓際にイデアムが腰を下ろすと、ブライトが村周辺の地図を手渡す。
「イデアムさん、この村はいつ出ます?」
「そうだな・・・。今日の感じだと、金の妙な流れもねぇみたいだし、二三日、ってとこかな」
「けど、酒美味かったっすよね」
なぜか酒の話で盛り上がっている頃、女性陣は温泉に入っていた。
「はー。幸せ」
「気持ち良いですね」
ジュアリ―とマリアは、のんびりと浸かりながら話をしていた。
「あの人たち、同じ革命家とは思えませんでしたね」
「え?ああ、あいつら?まあ、気にしないことが一番よ。イデアムさんは勝負してるわけじゃないんだから」
「・・・そうですね」
イデアムが先に温泉に入り、その後ブライトたちが入っていると、隣からジュアリーたちの声が聞こえてきた。
互いに顔を見合わせると、ニヤリとする。
そして使わなくて良いところで頭をフル回転させると、隣の女湯を覗こうとする。
「マリア、そこのくぼみになってるところにいなさい」
「え?」
ジュアリ―に言われ、マリアは大人しく温泉の隅っこの方に身体を移動させた。
すると次の瞬間、ジュアリ―は置いてあった桶を綺麗なフォームで投げていく。
「いてっ!」
「うおっ!」
声と同時にポカン、という何かに当たった音が聞こえると、その次にはバシャン、という弾けた音がする。
ジュアリ―は「ふん」と鼻を鳴らし、両手をパンパンと叩くと、マリアを手招きした。
「まったく。覗きなんて、やることがガキなのよね」
「え、覗き?イデアムさんたちがですか?」
「イデアムさんはしないわ。ブライトもね。他の男共よ」
ほえー、と感心していると、ジュアリ―になぜか頭を撫でられた。
部屋に戻ってきたオリバーたちの顔には、なぜか痣があった。
何をしたのか察しがついたのか、イデアムは盛大なため息をつきながら額に手をあてて首を横に振る。
「お前等、何してんだ・・・」
「「「面目ねぇ」」」
翌日、宿から出された朝食を食べていると、なにやら外が騒がしくなった。
「何だ?」
ガラッと窓を開けると、隣で泊まっていたジュアリ―たちも様子を窺う為に窓を開けていた。
すると、村の人が叫んでいた。
「山賊だーー!!!逃げろー!!!」
「山賊?こんな辺鄙なところにか?」
嘘ではないようで、荷物をまとめて逃げ出している村の人々を見て、イデアムたちは軽く威嚇でもするかと思っていると、続いて悲鳴が聞こえてきた。
断末魔の叫びのような声が聞こえてきて、イデアムたちは急いで行こうとしたとき、何やら逃げ出す人も足を止めていることに気付いた。
なんだろうと思って耳を澄ませていると、どうやらジョセフたちが山賊と戦っているようだ。
「またあいつらかよ」
イデアムたちは一応宿から出ると、山賊たちがいる方へと足を進める。
しかしそこには、すでに殺す勢いで山賊たちを次々に倒しているジョセフたちがいた。
明らかに血を流しているのは山賊たちの方で、ジョセフたちの手には拳銃や剣が握られている。
「ゆ、許してくれ・・!!」
「お前ら、こんなことしておいて、生きて帰れると思ってんのか?甘ぇんだよ」
一発で仕留めれば、男たちも多少楽に逝けるのだろうが、ジョセフたちは決して一発で仕留めることはしない。
まるで見世物のように、男たちの身体に少しずつダメージを与えている。
そんな光景、通常であれば誰もが目をそむけたくなるのだろうが、自分の村を襲われたとなれば事情は違うのか、村の人たちはその様子を取り囲むようにして見ていた。
中には、もっとやれとか、煽る者も。
痛み苦しむ山賊たちを見て、村の人達はジョセフたちを英雄扱いする。
最後の一人が倒れたところで、ジョセフたちは手をあげながら、まるで映画のワンシーンのように歓声を浴びている。
「お」
イデアムたちに気付いたジョセフは、悠々とした姿で歩きながら近づいてくると、すれ違うとき、こう言った。
「あんたらおいぼれは引っ込んでな」
そう言って、イデアムの肩に手をポン、と置いたジョセフに、オリバーたちは一斉に睨みつける。
ジョセフたちが立ち去って行ったあと、イデアムは欠伸をする。
「放っておけ」
「けどイデアムさん」
「放っておけ」
昼間は村の人達との交流を深めるが、やはり戦争に加担している様子はない。
そこで、イデアムたちは夜にもう一度情報を集めることにした。
夜になり、情報を集めにいこうとしたとき、イデアムが口を開いた。
「ブライトも着いて行け」
「私もですか」
「ああ。面倒ごとにならねぇようにな」
「わかりました」
いつもであれば、イデアムとブライトが残り、他の者で情報収集に向かう。
しかし、ブライトまで行くとなると、イデアムは一人になってしまうのだが、イデアムはシッシッ、と手で払ってきた。
仕方なくブライトも一緒に情報を集めるため、夜の村へと出かける。
「お兄さんたち、寄って行かない?」
「こっちに来て一緒に楽しいことしましょうよ」
「やー。私のところに来てー」
昼間の活気良い元気なイメージの村ではなく、まるで娼婦たちの住処。
若い人から少し年上の人まで様々だ。
適当に分かれて娼婦たちからこの村の情勢を聞いていく。
「えー、どうしようかなー。言ってもいいのかなー?」
「教えて頂戴よー」
「じゃあ、お酒もらっていい?」
「良いよ良いよ!どんどん飲んじゃって!俺の前で酔って、どうなっても知らないよ?」
「ハハハ!やだー!」
女性たちに囲まれているオリバーは、両手を広げて厚い胸板を誇張する。
それを女性たちが見ているかは別として、とても自然に会話は進んでいるし、女性たちも楽しそうだ。
「こういうことになると、オリバーに敵う奴はいないな」
「本当ですね」
「お兄さんたちも愉しんでよー」
少し離れた場所に座っていたブライトとホズマンも、近くにいた女性たちに話しかけて色々と聞いていた。
数時間経った頃、皆集まって宿に戻ろうとしていたその矢先。
「あれ、こんな時間に女漁りとは、暇なんだねー」
「・・・・・・」
関わったら碌なことがないと、ブライトたちは相手にしないでその場を立ち去ろうとした。
だが、周りをブランたちが取り囲んでいた。
こんなところで喧嘩をする心算などないのにと、ブライトはなんとかこの場を切り抜ける方法を考えていた。
「それにしても、お前たちのリーダーって、なんかこう、パッとしねえよな」
「ああ?」
「オリバー」
ジョセフの言葉に、オリバーがぐっと一歩前に出たため、ブライトがそれを制止する。
しかし、ジョセフは止まらない。
「なんの取り柄もなさそうだし、てかそもそも強いのか?お前等、革命家名乗ってるけど、大したことしてねぇだろ。笑わせるなよ」
「黙れ」
「図星だろ?リーダーがリーダーなら、部下も部下ってな。腰ぬけ野郎が仕切ってるんじゃ、そりゃ戦えないわけだ」
「黙れよ」
「あんな弱虫より、俺達と一緒に来ねえか?なんなら、お前らに好きなだけ金でも女でもやるからよ」
「!!!」
イデアムのことを言われ、我慢できなくなってしまったのはオリバーだけではなかった。
「で、何があったんだ?」
「「「面目ねえ」」」
宿に戻ってきたブライトたちは、ボロボロだった。
イデアムは窓縁に腰をかけて足を組んでおり、手には集まった情報がある。
そのイデアムの前に、みな正座をさせられていた。
「ブライト、お前がいながらなんでこうなった」
「すみません」
はあ、とため息を吐いたイデアムに、オリバーが口を開いた。
「イデアムさん!あいつら、俺達のことだけじゃなく、イデアムさんのこと、馬鹿にしたんですよ!!黙って逃げるわけにはいかないですよ!!」
そのオリバーの発言に、一同はうんうん、と頷いた。
こんなことを言われた、昼間もあんなことを言われたとか、これまで我慢してきた分、余計に怒りが溢れてきたようだ。
言いたい事を一通り言い終えたオリバーは、電池の切れた人形のように、ぷつん、と動かなくなった。
ホズマンが頭をペシッと叩くと、またすぐに背筋をピンと伸ばした。
「俺は、放っておけ、って言ったはずだ」
放っておけるほど人間が出来てなかったわけでも、未熟だったわけでもないだろうと、イデアムは強くは言えなかった。
「で、それにしてもなんでそんなにボロボロなんだ?」
それよりもイデアムが気になっていたのは、ブライト始め、みなが見事にやられて帰ってきたことだった。
窓縁から腰をあげると、みんなの前に胡坐をかいて座る。
「それが!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、一斉に口を開いたものだから、イデアムはとにかく落ち着くようにと伝えた。
ブライトの代表して説明をしてもらうと、こんな感じだった。
戦おうとしたのは良かったが、ジョセフたちの仲間のアリナスという女は呪術使いで、アリナスによって身体の動きを封じられてしまったようだ。
その間、ブランやアリアナなどから攻撃をうけ、逃げることも出来ずに、こういった結果となったらしい。
「呪術、か」
「はい。誰も身体が動かなくなってしまいまして」
「あの野郎。まじでぶっ飛ばす」
興奮しているオリバーを、ホズマンがもう一度ペシッと叩いた。
うーんと何か考えていたイデアムだが、ふと話題を変えた。
「それより、この戦争の話だな」
「ええ。それも、ここ数日で起こるのではと言われているようです」
「その国とこの村との関係は?」
「彼女たちの話では、この村の生計はどうも夜の商売でなんとか立っているようなんです。夜稼いだ金を国に渡して、自分たちの村には被害が及ばないようにしているとか」
「成程ね」
しばらく黙ったあと、イデアムが地図を広げて何か書きだした。
「明日この辺りで様子を見る。戦争が始まったら、予定通り各自城に潜入してくれ」
「「はい!」」
翌日、早朝起きたイデアムたちは、食事を済ませて荷物をまとめていた。
「よし、行くぞ」
宿賃を払うと、城の方へと向かって行く。
通常であれば、遠方へ行くときには馬を借りるのだが、この村には馬がおらず、徒歩で向かう事となった。
三日かかってようやく城の近くまで辿りつくと、野宿の準備をする。
「スージョンビッヘ国と、ラクジャルナ国か。厄介な国だなまた」
「そうですね。割り振りはどうしましょう」
オリバーたちがテントを張っているなか、イデアムとブライトは、その場所から見える遠くにある城を眺めていた。
スージョンビッヘ国もラクジャルナ国も、良い噂は聞かなかった。
男尊女卑というのか、女性に対して奴隷のように扱っているとか、食事もまともに与えないとか、娼婦でもない女性を、気に入ったからといって強引に抱いたり。
男性も力仕事を朝から晩までさせられる。
女性はほとんどが城に連れていかれてしまうため、城の領地の村々では子供が出来ないと嘆いているようだ。
どちらの国もそれほど裕福とは言えないが、普通に生活するには不自由がないだろう。
しかし、戦争をするための武器や人手をどうやって集めたのか、そこが気になるのだ。
何度か両国を調べたことがあるが、それらしい武器は一つも見受けられず、あるとすればレプリカで作られた剣くらいだ。
それに、普段から戦いの訓練などしていない男たちにしても、この短い期間で戦えるまでになるはずもない。
「無線は準備出来たか?」
「はい!いつでも繋がります!」
「よし。じゃあ、みんな集まれ」
イデアムの一言で、一同が回りにぞろぞろと集まる。
地図を広げながら、イデアムが指をさして指示を出して行く。
「オリバー、ジュアリ―、ドンジャンたちはスージョンビッヘに行ってくれ」
「「はい」」
「ホズマン、マリア、テマ―エたちはラクジャルナに向かってくれ」
「「はい」」
「随時ブライトに連絡を入れること。危ねぇと思ったら、任務遂行よりもまずは身の安全を守ること。いいな」
「「はい」」
「じゃー、とりあえず、祭りが始まるまで解散ってことで」
いつ戦争が始まるか分からない中で、イデアムたちはいつもよりピリピリとしていた。
筋トレとするものも、剣の手入れをするものも、今のうちに寝ておこうと昼寝するものもいた。
イデアムは一人、少し離れたところにある崖の手前まで向かうと、そこに腰を下ろし、片足は曲げてもう片足はぶらりと下ろした。
そして、自分の首元を摩ると、そこにはペンダントがついていた。
丸い形をしており、海のように青いそれはロケットになっているようだ。
それを握りしめながら撫でていると、オリバーとホズマンが来た。
「なんだ?」
「なんだか、戦争ばっかりで嫌になっちゃいますよね。どこに行っても戦争戦争戦争・・・」
「長年戦争をしてこなかったウェルマニア家でさえも、戦争をしてましたし」
風に吹かれながら、イデアムは小さな声で「ああ」とだけ答えた。
「なんで戦争なんてするんですかね。まあ、俺みたいな男を取りあって、とかだったら分かりますけどね」
「お前を取り合おうなんて物好きいないだろ」
自信家のオリバーの言葉に、ホズマンはオリバーのケツをゲシゲシ蹴りながら否定する。
ホズマンに蹴られたケツを摩っていると、生温い風に変わった。
「平和を手に入れる為に戦争をするのか、平和を奪い合う為に戦争するのか。そもそも平和とは何なのか。それが解明されない限り、どこにいったって戦争はなくならねえよ」
「・・・そうなんですかねぇ。俺なんか、毎日適当に生きて、それなりに食えれば何の文句もねえですけどね。出来れば、毎日違うもんは喰いたいですけど」
「喰えるか喰えないかが重要だろ」
「あのねえ、俺はお前と違って、喰い気より色気なんだよ」
「今の会話の何処に色気があったんだ」
「ああ?だから・・・」
なにやら二人でワイワイやっていると、ジュアリ―に呼ばれたため、ああだこうだ言いながら二人は去って行った。
生温かった風が少しずつ涼しいものになると、イデアムはずっと摩っていたペンダントを強く握りしめる。
遠くの方を見据えながら、ロケットが壊れてしまうのではないかというほど、強く。
「・・・・・」
以前、オーディンのことを話したことがある。
オーディンとは、かつて実在したと言われている英雄の名で、しかしその男はずっと表舞台に出てくることはなかった。
彼の名が世に広まったのは、彼が亡くなってから数年経った後のことだ。
小さな村で産まれ育った彼は、騎士として城に雇われると、その頭角をすぐ現し、その強さは一人で城を半壊させられるほどとまで言われていた。
しかし、彼は臆病者と呼ばれていた。
傷付けることの恐ろしさを知り、それによって傷つくことの苦しみも知り、彼は戦うことを拒んだ。
剣をおき、国王に公言してしまった。
そのことをきっかけに、彼は公開処刑されてしまい、彼の両親は飛び降りて自ら命を絶ったとされている。
だが、以前一度だけあった不思議な男が書いた書物によれば、彼が処刑される前に、両親が住んでいた村は焼け払われてしまったと記されていた。
その後、その城は別の城によって滅ぶ運命となったのだが、生き残った者の中に、彼を知っている者がいた。
その人物の話をもとに、“オーディン”という名は臆病者から英雄として後世に名を遺すこととなったのだ。
それは本人には知り得ないことだが。
そのオーディンが関わった戦争には、イデアムの先祖も少なからず関係していた。
傍観者と言われてしまえばそこまでなのだが、イデアムの名はその人物の名をそのまま受け継いでいるのだと、父親から聞かされたことがある。
オーディンは英雄なのだろうか。
ただ、平和を愛したただの一人の人間なのではないだろうかと。
強さを持ったばかりに、手段として剣を持ってしまっただけであって、彼自身、もとは争い事が嫌いで、喧嘩もしたことがなかったとか。
「はぁ・・・」
ため息を吐いたイデアムは、立ち上がるとテントに入って身体を横たわらせた。
その頃、ジュアリ―と一緒に剣磨きをしていたマリアもまた、ため息を吐いていた。
「どうしたの?」
「え?」
「ため息吐いたじゃ無い。何かあった?」
「ああ、いえ」
笑って誤魔化したマリアに、ジュアリ―は身体をぴたりとくっつけて、そっと耳打ちをした。
「ブライトのこと?」
「へ?どうしてですか?」
「どうしてって、あんたたち、良い感じなんじゃないの?違うの?私達勝手にそういう目で見てたんだけど」
「ちっ、違いますよ!!」
思わず顔はかあっと赤くなったマリアは、両手をブンブンと振って、必死に否定した。
ふーん、と言いながらも、ジュアリ―は何やら楽しそうに笑っている。
ちら、と横目でブライトを見れば、緑の髪がそよそよ揺れていて、オリバーたちにちょっかいを出されても適当にあしらっている。
自分よりちょっと上なだけなのに、とても大人に見えてしまう。
「違うって言ってるわりには、ブライトのこと見てるわよね」
「そ、そんなことより、鍛錬しましょ!」
「ブライトって、そういうとこ鈍そうだもんねー」
「だから、違いますってば!!」
ジュアリ―にからかわれ、マリアはなんとかしなければと思っていると、ホズマンが近づいてきた。
「雨降りそうだぞ」
「あ、本当?わかった」
それだけ言って、ホズマンは自分達のテントへと向かってしまった。
剣を片づけると、ジュアリ―は錆びないようにとすぐにテントへ入れると、マリアを手招きした。
なんだろうと思って中に入ると、またブライトの話をされたため、マリアは困ったように笑うのだった。
それから数日、何も起こらなかったのだが、突如として情報が入ってきた。
「イデアムさん!五時間後に始まるみたいです!」
「また急だな」
「すみません。どちらもまだ充分な武器も人手もいなかったようなので、油断してしました」
「俺達は構わねえけどよ。じゃ、お前ら頼んだぞ」
戦争が始まるに向けて、イデアムたちは各自の持ち場につく。
「イデアムさん」
「んー?」
「馬の手配が出来ましたが、出ますか?」
いつもならば、イデアムとブライトは馬に乗って見て回るため、ブライトは二頭の馬を借りられるよう手配していた。
イデアムは顎に手を当てて、少し何か考えたあと、「いや、いい」と言った。
馬を借りなくて良くなったため、ブライトは断ってこようとしたとき、イデアムに呼びとめられた。
「後で使うから連れてきておけ」
「わかりました」
「始まるか・・・」
「マリア、気をつけてね」
「はい。ジュアリ―さんも」
「ホズマン、そっちは頼んだぞ」
「オリバーこそ、城にいる女に手を出さないようにな」
簡単に別れを済ませると、次に集まる時間を決めるとそれぞれの城へと向かった。
これから彼らが行うのは、偵察と潜入捜査である。
金の流れや国民たちの扱い方、政治、情勢、そういったことを調べるために、城に潜入をして資料を手に入れるのだ。
時々、こういった戦争の偵察において、置いてけぼりにされた子供や動物たち、逃げることが出来ない老人や障害者たちを見かけることがある。
人道としては、なんとか助けてあげたいと思うのだが、助けたところでその後の生活をなんとかしてあげられるわけでもない。
出来るだけ安全な場所に連れて行くことしか出来ないのが現状だ。
そんな中、出逢いもある。
ブライトを始め、オリバーもホズマンもジュアリーも、みな始めから革命家であったわけではなく、戦争をする側だったこともある。
ただ、イデアムが気まぐれで拾って来た。
最初から懐く人もいれば、何カ月かかかってようやくイデアムを信頼する人もいた。
だからこそ、イデアムたちはここまでやってこれたのだが、中には勿論別れもある。
そのほとんどが戦争に巻き込まれたものだが、他には情報収集するためにその国に居座る場合もある。
こまめにコンタクトを取り、今度はどの辺りで戦争が起こるのかなどを予測する。
「こういう風景を見てると、あの唄を思い出すな・・・」
「あの唄、ですか?」
「ああ。オーディンの、あの唄だ」
小さい頃から聞いていて、そして唄っていたその唄は、誰が作ったのか分からない。
長年にわたって唄い継がれているこの唄は、いつの時代をも嘆き悲しみ、それでも変わらないものを愛おしく思わせる。
「イデアムさんは、怖くないんですか?」
「何がだ?」
イデアムとブライトは、無線機を腰あたりに下げたまま小さくなっていく仲間たちを眺めていた。
「戦争がです。人は死に、街は焼かれ、最後には国ひとつ滅ぶものです」
「・・・ああ、そうだな」
「何十人何百人と人が死んでも、誰も気にしません。まるで蟻が踏みつぶされても誰も何も言わないように」
「・・・ああ、そうだな」
「私は時々、分からなくなります。自分たちのしていることが、果たして本当に報われる日が来るのかと。仲間を失って、それでも歩意味があるのかと」
「・・・・・・ブライト」
よっこらせ、と声を出してイデアムはその場に胡坐をかいて座った。
いつもは自分の目線より高い位置にあるイデアムの後頭部が低くなり、ブライトはイデアムが座るのと同時に視線も下げた。
「世の中なんてな、そう簡単には変わりゃしねぇよ」
「なら、私達のしていることは一体」
「無駄にはならねえさ。変えようと動く者がいる限り、何かしら変わってる。だが、行動することを止めちまえば、何も変わらねえ。俺達がしてることは、そのくらい些細なことで、そのくらい重要なんだ」
「・・・いつか、地上から争いが無くなる日は訪れるのでしょうか」
「さあな。きっとなくなることもねぇだろ」
「零にはならないってことですか」
「ああ」
そう言いながら、イデアムは自分の胸にあるペンダントをそっと掴む。
「平和ってことは、どこかで争いがあるからそう思える。だが、争いを一つでも減らせることが出来れば、それは争いを憎む人間が一人でも多く減ったってこった」
「争いを憎む、ですか」
「だからって、争いを止めるために戦うんじゃ、そいつぁ意味がねぇ。生きてる人間の心を変えなけりゃ、根源から争いを絶つことなんて出来ねえんだ」
つまりは、自分たちがしていることは、世の中に対して抗っているわけでも、ましてや戦っているわけでもない。
ただ、今そこで生きている人間に、伝えることだと。
「そんな平和な世界が、来るといいですね」
「・・・ああ」
その頃、城に潜入していたオリバーたち。
「ジュアリ―は変装して上階から。ドンジャンは地下から。俺は中層階から始める。何かあったらすぐに無線で連絡すること」
「「OK」」
変装が上手というか、すごく特徴があるわけでもないジュアリ―は、服装を着替えたり髪型を変えるだけで、いとも簡単に潜入が出来るのだ。
女性達は同じような白い服を着ているのは調査済みだったため、ジュアリ―は白くボロイ服に着替えると、堂々と階段を上って行く。
ドンジャンはガタイがよく目立ってしまうため、武装しながらも地下へと向かう。
オリバーは城の兵士を装う為、事前に入手しておいたそれに着替えると、颯爽と城の中を歩き回る。
「うへー、すっげー宝石」
戦争が始まってしまったからなのか、城の中は思ったよりも閑散としていて、最低限の人数しか残っていなかった。
城には幾つもの部屋があるが、そのどれにも鍵などかかっていない。
「宝石には用はないっと」
一番先に入った部屋には、眩しい限りに並ぶ宝石があった。
エメラルドにサファイヤ、ルビーにダイヤモンドと、宝石に疎いオリバーにも分かるほどのものだ。
しかし、その部屋には貴重な宝石ばかりで、欲しい情報も隠し扉も無さそうだ。
オリバーが部屋を出ようとしたとき、誰かが入ってくる気配がした。
咄嗟に一番大きなテーブルの影に身を潜めていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「これっぱかしか。まあいいか。アリアナ、好きな宝石は今のうちに身につけておけよ。後は全部回収だ」
「はーい」
ジャラジャラと音がしたあと、その声の主たちは部屋から出て行った。
オリバーはそっと顔を出すと、その見覚えのある後ろ姿と髪色に、思わず無線機を手にした。
《こちらドンジャン》
「ああ、俺。なんか嫌な奴らを見かけたんだけどよ」
《奇遇だな。俺もたった今見掛けたところだ。あいつら金目のもの全部持っていきやがった》
「そっちもか。イデアムさんには俺から報告しておく。引き続き頼む」
無線機を一旦切ると、オリバーはまた平然と部屋を出て、また別の部屋へと足を踏み入れると、今度はオペラを聴くような広い部屋だった。
「わー・・・。なんもなさそう」
一通り見たが、やはり何もなかったため、オリバーは次の部屋へと向かうと、無線機を入れる。
《はいよ》
「オリバーです」
《どした》
「ジョセフたちを見かけました。ドンジャンも見たって」
《顔合わせたのか》
「いえ。けど、あいつら宝石とか地下にあった金目のものを持って行ったって。何考えてんですかね?」
《・・・奇遇だな》
「え?」
まさか今日二回も“奇遇”という言葉を聞くとか思っていなかったオリバー。
《あいつらの仲間が、戦争に加わってやがるんだよ》
「へ?」
イデアムとの無線と切ると、オリバーは部屋の中を物色し始めた。
「ここにもねえっかな・・・ん?」
整頓されていないそのテーブルの上をガサガサと漁っていると、機密書類のような内容のものを見つけた。
それをペらペらと捲ると、腰に隠した。
その時、部屋に衛兵らしき男が入ってきた。
「お前!ここで何をしている!!」
「!!!」
ビクッと身体を揺らしたオリバーだが、平常心でゆっくり振り返ると、にっこりと笑いながら男に近づいていく。
「へへ、すいません。新人なもんで、ここを整理しろと言われましてね」
左腕を後頭部に持っていき、うつけを演じて見せ、何かあったときのためにと、右手は腰に隠してある武器に触れていた。
「そうか。戦争が始まったから、お前も準備をしておけ」
「へい」
簡単に騙せたことにオリバーはホッと一安心した。
こんなところで騒ぎなど起こすわけにもいかないため、不審に思われた場合、上手く誤魔化すかそれとも気絶させておくか。
後者はリスクが伴うため、出来ればかわしたいところだ。
「ふー、あぶねぇあぶねぇ」
一方、その頃もう片方の城に潜入していたホズマン達も、同様にして城を回っていた。
だが、マリアは城で待機していた男に捕まってしまい、何やら口説かれていた。
「あれ?君みたいな可愛い子いたんだっけ?名前は?」
「あ、新しく入りました、マ、マーニエと申します」
オリバーのように兵士の格好をしていたホズマンは、その様子を見ながら、無線機を入れた。
「こちらホズマン」
《なんだ、どうした》
「マリアが兵士に口説かれてますけど」
《口説かれてますけど、じゃねえだろうが。助けてやれよ》
「なんだか、あんな男に見染められるなんて、マリアは可哀そうだなって思います」
《いや、思いますとか、感想なんて聞いてねえから。そういや、そっちにはジョセフの仲間行ってねえか?》
「いえ、見てませんね。オリバーたち見たんスか」
《ああ。まあ、見掛けても相手にすんな》
「はい」
ブツッと無線機が切れると、ホズマンはどうしようかと眺めていたが、今のうちに城を見て回る方が何かと都合が良いと思い、マリアを生贄にするのだった。
「ねえ、男いるの?夜寂しくない?俺でよければいつだって相手になるからねー」
「はあ・・・」
苦笑いをしていると、足元に何やら温かいものを感じた。
視線を下ろしてみると、そこには子猫がいて、マリアの足に擦り寄っていた。
「ひいい!!猫!!」
男は猫が苦手なのか、その場から離れてしまった。
これはチャンスと思って、マリアは猫を抱きあげて会釈をすると、猫を抱いたまま目的の部屋へと向かって行った。
部屋に入ると、腕の中にいる小さな猫に向かって御礼を言う。
「ありがとう」
「みゃあ」
撫でようとすると、猫はマリアの腕からジャンプして、猫専用の入り口から外へと出て行ってしまった。
「よし。やろう」
ホズマンからの無線を切ったイデアムは、ブライトの方を見る。
「だとよ」
「何がでしょう」
「いやだから、マリアが男に口説かれてたとよ」
「そうですか」
「・・・・・・」
特にこれといった反応がないブライトに、イデアムは目を細めて肩で息を吐いた。
「お前、そういうとこあるぞ」
「そういうとこ、ですか?」
まったくもって分からないといった表情のブライトに、イデアムもお手上げ。
まあいいやと投げられると、ブライトは眉間にシワを寄せながら首を傾げた。
「若いって怖いね」
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