第11話 桃菜と健太、試着する
「健太……君?」
「なんで?」
真咲は仲良く手をつないでいる健太と桃菜を見つめる。
「ガン、今日は幼稚園の橘先生と、健太君のお母さんもきてくれたんだ」
飯野君の後ろから、先生と健太君のお母さんが歩いてきた。
2人とも、真咲とガンちゃんを見て、こんにちはと挨拶をしてくれた。
真咲もガンちゃんも会釈を返して、改めて2人に注目する。
「どんな様子か気になっちゃって」
えへへと笑う橘先生。まだ20代の先生は私服を着ていると、ちょっと年上のお姉さんぐらいにしか見えない。
「差し入れにきたのよ。先生から聞いたの、どうもありがとう」
健太君ママはスーパーの袋を抱えていた。
中には二リットルのペットボトルのお茶が4本と紙コップが入ってる。
それをガンちゃんと真咲に一つずつ手渡す。
「わあ、ありがとうございます!」
ガンちゃんが元気良く答える。
「みんな~幼稚園の先生と、浜野さんから差し入れだぞー」
引き戸を引いて、ビニール袋を掲げる。
被服室が一瞬わあっと活気付く。
作業交代しながら、お茶貰ってくださーい」
「衣装にこぼさないように気をつけて!」
みんなが紙コップのお茶で一息ついているけれど、1人だけ、そこに交わらない人物がいた。
愛衣ちゃんである。
愛衣ちゃんは、ものすごい勢いでミシンをかけていた。
例の蝶々とお花の妖精だ。
肩、脇、衿、そして後ろのマジックテープを縫い付けて、細かな装飾を残し、形になっ ている。
真咲は愛衣ちゃんの隣にいって、その出来上がっているワンピを見る。
「できてる……」
「まだできてないよ」
「へ?」
「袖と裾にレースをくっつけないと……完成じゃない」
完璧主義なのかな? と真咲は一心不乱にミシンを動かしてる愛衣ちゃんを見つめる。
愛衣ちゃんはそう云うものの、ワンピースとして形はばっちりである。
真咲はちょっと思いついた。
「桃菜ちゃーん」
「はああい」
飯野君の妹、桃菜ちゃんが手をあげる。
真咲が手招きすると、やってきた。
真咲がピラっと黄色のサテンのワンピースを見せる。
「わあ! ちょうちょうさんのおいしょうだ!」
「ごめん、桃菜ちゃん、ここにほのかちゃんがいれば、ほのかちゃんに着て貰うんだけど、桃菜ちゃんにちょっとだけ着てもらっていいかな?」
「うん! いいよ!」
ここで、桃菜ちゃんが『ももなおひめさまだもん! おひめさまのどれすじゃなきゃやだ~!』とか言い出されるかと覚悟していた真咲にしてみれば、桃菜ちゃんの元気よさと明るさ素直さに幾分胸をなでおろす。
そして、桃菜ちゃんにワンピースを着てもらった。
試着した桃菜ちゃんにみんな注目する。
『かっ、かわいい~!!』
女子生徒が一斉に叫ぶ。
「桃菜ちゃんくるんって回ってみて」
真咲に云われたように、桃菜ちゃんはくるんと一回りする。
そうするとまた女子から『かわいい~!!』の声がかかる。
その声を受けて桃菜ちゃんは照れ臭そうに笑っている。
「男子に作ってもらった小道具をつけてよ! 羽と触覚!!」
触覚はカチューシャにキラキラのワイヤーモールを巻いた簡単なものだ。
羽はワイヤーを円形にしたものにレースを張り込んだものだ。それを大きめを二枚小さめを二枚つくりそれを中心であわせて羽の形に見せている。
桃菜ちゃんの頭にワイヤーモールのカチューシャと羽をワンピースの後ろに付けて見せた。
それを見た健太君のお母さんと橘先生は拍手している。
「すごーい!!」
「完璧!!」
「これは、すごいわー、うちも翔太君と同じで今年転入してきたから、このさくら幼稚園のお遊戯会のことを知らなかったのね、いやーできるもんだねーすごい……あたしには無理かも……」
「人海戦術ですから」
ガンちゃんが云う。
「健太君、こっち」
「ナニ?」
「健太君も着てみて」
「うん!」
ツバメの衣装もシャツとマントは出来上がっていた。
マントはフード部分のサイドに『目』に見えるようにフエルトを貼り付けている。シャツの衿部分にスナップボタンをつけて、それでマントをくっつけていた。
作っている生徒も「あー王子のマントもこーやってつけんのね」と見本になったようで注目している。
ただズボンはまだ出来上がっていない。
「すっげー『ツバメの羽根』かっちょいい!」
「いーねー」
健太君は得意そうにばさばさマントの端を摘んで鳥のように羽ばたきジェスチャーをしてみせる。
「けんたくん、せりふいってみてー」
桃菜の言葉に、健太君は記憶をさぐっているようだったが、思い出したようにまたバサバサと腕を振りながら云う。
『どうしてないているのですか?』
健太君の台詞に桃菜ちゃんが答えた。
『わたしは、もぐらさんのおよめさんにならなければならないのです。もうおひさまをみることもできないし、きれいなおはなをみることもできないのです。それがかなしいのです』
『それはたいへんだ! つばさをなおしてくれたおれいに、ぼくらがおつれしましょう! さあ、ひめ! ぼくらのせなかにおのりください。あたたかなおひさまと、きれいなはながずっとさく、みなみのくにへいきましょう!』
健太君と桃菜ちゃんのせりふのやりとりを見て、ガンちゃんやクラスのみんな、先生や健太君のお母さんは拍手をする。
「いやー、おやゆび姫、話を思い出すとツバメは王子よりも漢だねっ!」
「やっぱ、マント。カッコイイわー」
「コレはデジカメとビデオ持参して観にいかないとね!」
「先生、うちら会場に行ってもいいの?」
「はい、大ホールでやるので、二階席の半分は一般席として設置してます」
一階と二階の半分は園児と保護者の席らしい、一般席とは同居しているおじいちゃんおばあちゃん用に用意されていて、中央はビデオ撮影もしているようだ。
健太君のお母さんと飯野君は、2人の幼稚園児の着替えを手伝い終わる。
桃菜ちゃんはそんなやり取りの中で一心不乱にミシンを動かしている愛衣ちゃんをじっと見ていた。
「……こんどはカエルさんのおいしょうだなんだ……」
「どうした? 桃」
飯野君の言葉に、桃菜ちゃんは云う。
「……ももなのおいしょうは?」
「だからまだだよ」
「……まだなの……」
しょぼーんと桃菜ちゃんは肩を落とす。
その様子を真咲は見ていた。
――そうだよね、健太君の衣装はできあがってるのに、自分のはまだだもんね……。蝶々や妖精の生地やカエルの生地はミシンにかけられてるのに、自分の衣装はまだまだだもんね……。
姫ドレスは「パーツがいくつもあって組み合わせが大変」と愛衣ちゃんは云っていた。
多分時間もかかる作業だと真咲でもわかる。それに愛衣ちゃんは、先になんとかみんなができるように見本を各一着ずつ作っているから、どうしたって後回しになる。
「桃菜ちゃん」
「まさきちゃん」
「愛衣ちゃんはね、すっごくステキなドレスを絶対作ってくれるから。ステキなドレスは時間がかかるの、あたしもいっぱい手伝うから、泣かないで待てるかな?」
「……うん……ももな、まつ」
ちょっと涙目になってる桃菜ちゃんだった。
真咲は一人っ子だから、こんな可愛い妹なら欲しいなと思う。
ミシンを止めた愛衣ちゃんに真咲は紙コップに入ったお茶を渡す。
「あ、ありがとう……」
桃菜ちゃんはじっと愛衣ちゃんを見つめている。
愛衣ちゃんも、その桃菜ちゃんの視線を感じて、桃菜ちゃんを見る。
「……あいちゃん、ももなのおいしょうつくってくれるよね?」
「うん」
「おゆうぎかいに、まにあうよね?」
「うん」
桃菜ちゃんは嬉しそうに笑う。
そして時間は夕飯の支度の時間にさしかってきたので、先生と、健太君のお母さんと健太君そして飯野兄妹はひきあげていった。
それを見送ったあと、愛衣ちゃんはまだ型紙を作ってない、白いサテンの生地をじっと見つめていた。
「愛衣ちゃん?」
「……真咲ちゃん、家庭科室って木曜日まで?」
「金曜日まで延長できるかどうかガンちゃんに聞いてみるよ。もしかして……やばい?」
愛衣ちゃんはほぼ1人で蝶々、カエル、モグラ、ツバメ、の見本を手がけていくような状況なのだ。
蝶々と妖精、ツバメと王子の服の形はそれぞれ似ているから、見本のそれを見ながら完成させていくつもりだ。
ガンちゃんの姿を探すが、ガンちゃんも黙々と蝶々の羽を作っていた。
――愛衣ちゃん、こんなイッパイ、イッパイなのに、どうすんのよ! 2組の女子を引き入れるなんて、ガンちゃんナニ考えてんのよ!!
真咲は思いっきり溜息をついた。
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