第12話 手作り茶碗蒸しの親心




「へー、やっぱタダモンじゃないね、ガンちゃん」

 今日も遅めの夕食をかきこんでいる真咲に、母親はそう云う。

「会ってみたいなー」

「え~」

 真咲は、茶碗と箸を持ったまま、眉間に皺を寄せた顔を母親に向ける。

「正直、あたしもちょっとうっかりトキメイタけどさ~、2組の女子を手伝わせるって言い出したんだよ、アリエナイ!」

「ふうん」

「愛衣ちゃんのこと全然考えてないよ!」

 そう云いながら、残りのご飯を口に運んだ。

「愛衣ちゃんはすごいんだよ! いま蝶々とカエルの見本を作ってるの。見本を見ながらやると、みんなわかるからってカエルなんてつなぎなんだよ! 前身ごろ二枚、後ろ見ごろ二枚に袖と足のパーツがあってそれをざーっと縫っちゃったんだよ!」

「へー間違えて切ったりしないんだ?」

「型紙は縫い代分取ってるから。ただ、あたし不器用だよねえ、運針まっすぐできないんだもん」

「でも着るのは一瞬なんだし、ずっとそれ着てるわけじゃなし、舞台の上では運針まで見えないでしょ、形になってりゃいいのよ」

 そうはいうもののやっぱり桃菜ちゃんが喜んだように、他の子にも喜んでもらいたいなと真咲は思う。

「健太君のお母さんがさ、翔太君のお母さんのこと、伝えてくれたんだよ」



――翔太君のママ、なんか反省してるみたいなの。実はあたしもなんだ。



 桃菜ちゃんや健太君がまだまだ補正が必要だけど、形になった衣装を着てみて、台詞を云った時に、飯野君にそう漏らしていたらしい。



――忙しいていって、ゴネて大人げなかったなって。子供の為には、時間を割いてやっていいのにねって。



 今後、出来るだけ協力するからと、そう云ってたと、飯野君が帰り際にそう話してくれた。一つの不安要素が減って、ほっとしているといった表情で、よかったなと真咲は思う。

 家のことや妹の面倒や自分の勉強もしなければならないのだから、せめて一つぐらいはいいことがあってもいい。


「お母さんもさーあたしに時間割いてる?」

「いやーまったく、割いてない」

「ひどっ!」

 母親の即答に真咲はぷうっと頬を膨らませて、最後に取っておいた大好物の茶碗蒸しのフタをあける。

 ふわりと湯気がって、椎茸の出汁の香りが鼻腔をくすぐる。

子供に時間を割いてないと言った母親は、洗い物をするために真咲に背をむけていたが、真咲は茶碗蒸しと母親の背中を見比べた。

 出来合いのものじゃなく、手作りの茶碗蒸し。

 デザートスプーンで一口すくって、口の中に入れる。

「うまーい」

「もー女子なんだから。おいしーとか云いなさいよ」

 大好物の茶碗蒸し。

 手作りの分、時間を割いてもらっていると、真咲は口の中の美味しさを味わいながらぼんやりとそう思った。



 そして、翌日。

 昼休みは、会議室で衣装の作りの続きをする。

「ねー、このサテンって生地さー縫い代とってても、切った端っこから糸が取れてくるよ」

 友里が質問する。

「ボンド塗っていいの?」

「うん。ボンド塗ると止まるけど、透明マニキュアも結構パリっと固まるんだよね」

 愛衣ちゃんが云う。

 愛衣ちゃんは手縫いで、蝶々の袖の部分にレースをくっつけていた。

 小道具の羽根と同じ黄色いレース、ちょこんと小さくつけるだけでヒラヒラ感がでてくる。

「透明マニキュアか~さすがに持ってないな」

「それにしても菊池さん。上手~」

「だよね~」

 愛衣ちゃんは褒められて顔を真っ赤にしていた。

 そういうところがすごく可愛いと真咲は思う。

 いい雰囲気だ。それなのに。


――あいつらを、ここに呼びつけるって……手伝わせるって……どうする気だろう。


 真咲も袖レースをつけながら考え込む。考え込むからなかなか指が進まない。他の生徒がそんなことを言い出しても、「できるわきゃないでしょー」と思えるのだけれど、言い出したのは『あの』ガンちゃんだ。

彼がやるといったらそれは実行される。

 ここ数日間一緒に行動をとっている真咲は、その事実を身をもって知っているから……多分実行されるだろう。


「真咲ちゃん?」


 真咲は顔をあげる。


「具合悪い?」


 いや、これから具合悪くなるのはあたしじゃなくて、むしろ愛衣ちゃんなんだよ……。

 伝えるべきか否か迷ってしまう。

 しかし、あのガンちゃんのことだ、放課後にはあの三人組を家庭科室に連れてくるに違いない。

 ここは、やはり心の準備のために、愛衣ちゃんには事実を先に伝えておいた方がいいだろうと思い、真咲は口を開く。


「愛衣ちゃん……」

「なに?」

「あの、ね……」

「うん」

「あの……」

「なによー真咲、はっきりいいなよー」

「そーよ、らしくないじゃん」

「……あの……ね、そのね……」

「うん」

「助っ人がまた増えるんだけど」

「うん」

「それがね」

「斉藤さんたちなんでしょ?」


 愛衣ちゃんがケロリと言ってのけた。

 真咲は大きく目を見開いて愛衣ちゃんをみつめる。

 ガクンと全身の力が抜けるのを感じた。

 愛衣ちゃんは頷く。


「昨日ね、飯野君から電話があったの、明日、斉藤さんたちも手伝うからって」

「そ、そうなんだ」


――大丈夫? もし、いやならいやって云っちゃえ! そしたら、あたしらも困るしガンちゃんも困るけど。愛衣ちゃんに負担ばっかかけてるこの状況は、よくないよ。だいたいガンちゃんが考えるべきだよ。そりゃーあたしも昨日のトイレの一件は悪かったけれど……。


「菊池は大人だよなー、鎌田と違ってさ」

 光一がカエルの目玉を作りながら云う。

「なに!?」

「ガンも先々の事を考えて、あの三人組にここを手伝うように仕向けたんだろ」

「あいつらただじゃ動かないと思うけどねっ」

「そりゃーそれなりの報酬を考えて奴等には提示してるさ、ガンのヤツは」

 光一は1組の女子の視線を受けて、云いづらそうにしている。

「まさかキャッシュじゃ」

「ねーよ」

「じゃあナニよ」

「だから、そのそういう要因になった根源を差し出すというか?」

「……あ」

 真咲はちっともわかってないが、愛衣ちゃんが思い至ったように呟く。

「何?」

「……飯野君?」

 昨日の飯野君から電話を受けてた愛衣ちゃんには、思いあたるらしい。

「え?」

「えっと、でも、そんな飯野君は、一度に三人とお付合いは出来ないと思うの」

 愛衣ちゃんが口を開く。

 友里と美紀と太田さんが立ち上がる。

「なんですって?」

「どういうことよ!」

 友里は立ち上がって、光一に詰め寄る。

「だから、付き合うとかじゃなくて、軽くデートみたいな?」

「何それ! うちらだって飯野君とデートしたいよ!!」

 美紀が叫ぶ。

「だからーそれはガンを通せよー。そういうことで、相手を納得させたんだから。ガンは、この先ずっと菊池が保健室にひきこもりってわけにはいかねーだろうって。移動教室や修学旅行だってこの先あるんだぜ。教室に戻る切欠を作って、障害を除こうとしてんだから、手段は選ばないだろ」

「正直ガンちゃんのそういうところは、気に入らない」

 真咲はきっぱり云う。

「ガンちゃんの云ってることは正統派だよ、でも手段が邪道で嫌なんだよ」

「鎌田……」

「飯野君がいーならいーよ。お母さん入院中なのに、桃菜ちゃんどーすんのさ、コブ付OKな連中じゃないよ! そこは考えてる?」

 それを云うと、友里も美紀も顔を見合わせる。

 2人とも、そのことを考えていなかったようだ。

 同じクラスの女子はそういうところを気をつかえばいいのにねーと太田さんが呟く。

「……そこまでは俺も確認とってねーって」

 真咲は溜息をつく。

「桃菜ちゃんがいいなら、あたしがその間、預かるって、ガンちゃんに云っておいてよ」

 光一が驚いたように目を見開く。

「そんで、あいつらがヘンな手出ししないように、あたしが愛衣ちゃんの傍にいればいいんでしょ?」

「鎌田……」

「何よ」

「お前、ほんとに漢だな」

 光一にしみじみ呟かれてしまった。

「ガンも惚れるかもなー」

 どきりとする。

 いま、ありえないことを呟かれた。

 ぼそりと光一が呟くと、その場にいた女子が光一に詰め寄る。

「何それ」

「恋バナ?」

「ガンちゃん真咲に脈あんの?」

 次々に飛び交う質問を真咲が「ないよっ!」と怒鳴って一蹴する。

 真咲は、この間の昼休みに髪を直してもらった事を思い出したけれど、ブルブルと首を横に振った。


「ガンちゃんはね、使えるモンは何でも使うの、ニコニコ笑って、人畜無害な顔でごり押しして、だけど実行しちゃうのよっ! 合理主義にもほどがあるっての! 昨日の一件でよっくわかったよ!」


――そうよ! ガンちゃんみたいに、ナニを考えてるのか読めないのは、そんなおっかないのはこっちから願い下げだってゆーの! 



「やっぱあれよ、付き合うなら飯野君よ! 顔はいいし妹思いだしねっ」

 真咲はグっと握りこぶしを作ると、周りの女子がキャアっと声と手を挙げる。

「あたしもー飯野君ー!」

「わたしもー」

「はいはいーあたしもー」

 そんな妙な女子の結託を見て、メンクイどもめと呟いた光一の言葉を真咲は当然聞き逃さなかった……。



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