第10話 ガンちゃんひどいよ
真咲の女子トイレ乱闘事件のせいで、(効果で?)放課後の助っ人の人数はガクンと上昇した。
人数が増えれば、やはり進行は早い。
だいたいの役柄の人数分の生地の裁断は終了し、生地に型紙を載せてチャコペンでなぞる作業もサクサクだ。
妖精や蝶々はワンピースだから、すぐにできてきた。
チャコペンでなぞった線どおりに裁断し、また竹定規で縫い代も印を付けていく。
「ワンピース、どこから縫えばいいの?」
「肩から……」
「みんなーワンピース、縫い代の印付けたらミシンで縫って~! 肩が最初だってさー」
「えーいきなりミシン怖い~」
「手縫いで、まつってからでいい?」
「それでもいいと……思う。そうしたら、形がはっきりわかってくるから、ミシンをかける気になるでしょ?」
愛衣ちゃんの言葉にみんな頷く。
「おお! なるほど!」
「了解」
「ねーねー、後ろ身ごろは、二枚になってるけど、これは? ナニで止めるの? ファスナー?」
美紀が愛衣ちゃんに質問してきた。
「マジックテープではりつけるの……」
「ファスナーじゃないんだ!!」
「ファスナーでもよかったんだけど、予算を安くあげてって、云われて、マジックテープにしたの……ファスナーだと、みんなくっつけるときどうするのかわからないでしょ?」
「うん、でもファスナーの場合はどうするの?」
「結局マジックテープ同様、縫っちゃうんだよ」
「へー」
そんな和気あいあいとした家庭科室のドアが開く。
「やってんなー」
「あ、先生だー」
「鎌田、ちょっと」
中澤先生に手招きされて、真咲は、唇を蛸のようにすぼめて、頬を膨らまして先生の前に進み出る。
呼び出される原因に心当たりのある真咲だ。
「ナンデスカー」
先生もその真咲の態度に苦笑いを堪えきれず質問する。
「お前、斉藤達に殴りかかったって?」
先生は、例の、女子トイレで愛衣ちゃんをもう一度しめようとか相談していた三人組のリーダー格の名前を挙げる。
「センセーはー、あたしが理由もなくそういう理不尽なことをする暴力的な生徒とか思ってんだー。へー。そーなんだー」
「そういうことを云ってない。お前、むしろ頭いいだろ」
「成績は中の下ですが何かー」
東京都内でも学力悪いと評判の地区、そこで成績中の下なのだからバカでしょーといってのけた。
しかし、これは本人がまじめに勉強をしていない為で、多分真咲が本気で勉強したら成績はかなりUPすると親も先生も思っている。
しかし、ここで先生が云いたいのは成績云々ではなく、対応の方法をいわんとしてると、真咲自身も理解していた。
「そうじゃなくてだ。もっと他にやりようはあっただろうが」
先生は声を潜めていた。
だから真咲もなるだけ小さい声で呟くように言う。
「ないですよ。じゃあ放置しておけばよかったんですか? そしたらまた愛衣ちゃん苛められてー今度はマジで登校拒否とかなって、サイアク自殺ってことになったら、それってまた問題じゃないですか? これは子供同士のケンカの範疇ってことにしておけばいいと思うんですけど。それともなんですか、あいつらがあたしに謝れって先生に泣きついてきたんですか?」
「まあまあ、真咲ちゃん」
ガンちゃんが先生とあたしの間に割って入る。
真咲は先生じゃなくて、ガンちゃんを見つめる。
「謝ってもいいよ、あいつらが愛衣ちゃんに謝って態度改めるならねっ!」
その瞳の力強さに、ガンちゃんがたじろぐかと先生は思っていたようだ。
けれど、ガンちゃんは温和な笑顔のままだった。
「先生だって、そんなことはわかってると思うよ。ですよね?」
ガンちゃんはそういって、先生を見上げる。
「まあなあ」
「オレにいい考えがあるんですけど」
「ナニ?」
「ま、ま、ちょっと」
ガンちゃんは真咲と先生の腕を引っ張って、家庭科室のドアをあけて廊下に出た。
そしてガンちゃんの云った言葉は。
「あの子達にも協力してもらおうよ」
だった……。
「はああぁ!?」
真咲の声が廊下に響く。
しかし先生は相好を崩す。
「岩崎~、お前ならそう云ってくれると思ったよ~」
「なっ! ガンちゃんがそんなこと云うなんて!!」
「みんなで仲良く一緒のことをすれば、団結力が増して、わだかまりも立ち消えて、愛衣ちゃんの環境はまたよくなる方向に……」
先生のテンションに反して、真咲はボーゼンとする。
「そうそう! そうだよ!! 岩崎~お前~よくわかってんなあ!!」
ガンちゃんの言葉に気をよくした先生が、幾分声量も大きめでそんな言葉を云うが、真咲は慌てた。
「む、ムリムリムリ」
真咲はブルブルと首を横に振る。
――理想はわかるけど! 現実はそんなに上手くはいかないよっ!!
数時間前まで、ガンちゃんにうっかりトキメイていた自分の頭を、後ろから叩きたくなった真咲だった。
ガンちゃんが、こんな先生よりのいい子チャン的発言をするなんてと、信じたくなかった。
まるで裏切られたような気持ちだ。
「勧誘はオレがなんとかしますんで~、先生も今回は、真咲ちゃんには注意したってことで、別になんの問題もないですよね?」
「頼まれてくれるのか~岩崎~」
「はい」
「じゃ、まかせたぞ!」
「はーい」
先生が立ち去ろうとすると、ガンちゃんは何か云い忘れたように、パタパタっと先生に歩み寄って、耳打ちする。
先生はちょっと渋りを見せたが、頷いていた。
――いい子ちゃん過ぎるだろ! ガンちゃん!!
真咲の怒りを含んだ強い視線を、ガンちゃんは笑顔で受け止めていた。
「ガンちゃん、ありえないよ、今のは! あいつら絶対邪魔するに決まってるよ!」
「敵は味方に引き込んだ方がいいんだよ。真咲ちゃんなら発想の転換できない?」
「はっ、発想の転換?」
「彼女達は崇行と一緒に行動できる、態度は軟化、崇行に良く思われたいから頑張れる、その為には愛衣ちゃんの存在は必要不可欠」
「けど、そうそう上手くいくわけないよ! ああいうのは我は強いし、愛衣ちゃんに面倒押し付けて、自分達はサボルに決まってる!」
「そうならないように、真咲ちゃんが彼女達を監視する」
真咲は、パカーンと口を開けて立ち尽くした。
「さっきの女子トイレ乱闘の一件で、真咲ちゃんの女子株は急上昇中」
「ガンちゃん……」
「でもさっき先生が来たってことは、今回の衣装作りを中止するか否かって問題に発展してもおかしくない状態だったのかも?」
真咲はそう指摘されて、サアァと顔から血の気が引いた。
自分の行動が、みんなの足をひっぱたのかもしれないのだ。
ガンちゃんに指摘されるまで、そんなこと思いもよらなかった真咲は両手で頭を抱え込む。
ガンちゃんはそんな真咲の表情を見てうんうんと頷く。
「けど、注意ってことでコトが収まってる現状なら、ここは教師の印象もよくしとけば、さっきの一件はチャラで、あと三日。家庭科室を占拠して、衣装作りは続行可能」
「……」
「引き入れた彼女達を監視するっていうより、真咲ちゃんなら『こき使う』ってところだよね?」
ね? と、小首を傾げて真咲に云うガンちゃん。
――ガンちゃん……やっぱ、タダモンじゃない……。
さっき、先生にゴマすってなんだこのヤロウぐらいには思っていたけれど、……そんな考えなしの自分に比べて、ガンちゃんは大局的に物事を見ている。
やっぱりガンちゃんには敵わない……。
だけど……。
家庭科室のドアのガラス越しに、みんなに囲まれて、いろいろと指示を出している愛衣ちゃんを見つめる。
この調子でいけば、最初の先生の目論見どおりに保健室から教室に移動できるかもって、真咲も期待はしていた。
だけど、さっきの一件で真咲のそんな期待は吹き飛んだのだ。
あの三人組と、かち合わせるなんて……。
芽生えた自信とかやる気とか全部なくなっちゃうんじゃないかなって、真咲は思うのだ。
もし、そうなったら……。
そうなる可能性があるんだから……。
なのにあえてこんなことを考え付くなんて。
――ガンちゃん……ひどいよ。
「ガンちゃん……」
ひどいよと、言葉に出そうとしたその時だった。
「ガンちゃーん! まさきちゃーん!!」
ガンちゃんの後ろの廊下から、可愛らしい声と小さな影。
飯野君も慌てて走ってくる。
あのあとすぐに桃菜ちゃんのお迎えに行っていたようだった。
「桃菜ちゃん」
「まさきちゃーん! ももなたちのおいしょうできてきてるー?」
「みんな頑張ってるよー」
「わああい!」
ぴょんと桃菜ちゃんが飛び跳ねる。
「けんたくん~みんなでつくってくれるって~」
真咲とガンちゃんは顔を見合わせる。
桃菜の呼びかけに、なんと真咲がサイズを測るのをてこずらせた浜野健太君が廊下の角から飛び出してきたのだった。
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