第3話 Target No.1098

 あれからヒカルとレイはあの館にユーリがいなかったと報告し、ユーリの居場所は本当にわからなくなった。存在すら危ぶまれ始めている。


 そして生きて帰った二人に、次の任務が任される。


「今回の任務だけど、作戦は一任されてるから、ユーリを活かした作戦にしたいと思ってる」


 ヒカルとレイが住むマンションの一室で作戦会議を行うことになり、レイがそう切り出す。


「それはいいけど、その前にこれどうにかならないの?」


 ユーリはそう言って、自分の後ろにいるヒカルを指さした。正確には、ヒカルがユーリを抱きかかえてソファに座っているような状態だが。


「だって可愛いんだもん」

「子供好きは相変わらずだな……」

「えぇ……まあいいや。今回のターゲットは?」


 ユーリは引きながらも、次に話を進めようとする。


「今回のターゲットは弥久末やくすえ貴文たかふみ。教師。あの旧スラム街にある小学校の教師」

「あそこって、もうスラム街じゃないんだ」

「一応。でも正直変わってないよ」

「そっか」


 レイの言う旧スラム街は、治安維持のために国が本格的に介入して見た目はそれなりに良くなった地域だ。軽犯罪はほとんど無くなり、学校もできて、就職率も平均レベルまで押しあがった。だがレイによれば、裏でコソコソとやっていた奴らはまだ悪事を働いているのだという。


「それで、弥久末は何したの?」

「教え子と性的な行為を行い、それを使って脅し、汚れ仕事を色々させてきた。街に国が介入してからもそれは変わらない。そいつがいなくならない限り、あの街は変わらない。そう判断したんだろう」

「なるほどね」


 その治安を維持するためにこの殺し屋たちがいるので、その判断は理解できる。


「それで、僕を使った作戦って?」

「その小学校に潜入する。ユーリが弥久末とそういう関係になって、そこを一気にやる」



 そんな作戦で、ユーリは旧スラム街の小学校に転校生として転入したのだが……


 ――何だこいつら。


 いじめが多発し、教育水準も高いとは言えない。まあそう感じるのはユーリがエージェントになるために育てられた時期があったからだ。そのおかげで学校に行っていなくても頭はいい。


 そんな環境なので、転校生のユーリは当然のようにいじめられる。だがこれも生き延びるため、とユーリは我慢して日々を送るが、結局実力で黙らせてしまった。


 二人が手を回したおかげでユーリは弥久末のクラスに入り、伊那いな皐希さつきとして約一か月弥久末と良好な関係を築き上げる。もちろんその良好というのは作戦上良好という意味で、世間的には良好とは言えない。


 実力で黙らせたことによって、弥久末にも目をつけられた。それを狙っていたのもあって、ユーリはかなり乗り気で弥久末に乗っかっていった。いじめられに行ったということだ。


 そしてある日の放課後、誰もいない教室に呼び出され、窓のカーテンは閉ざされ、鍵までかけられた。これで部外者の介入はできない。


 ユーリたちは、この時を待っていた。


「先生……どうしたんですか?」


 ユーリは少し声を震わせてそう聞く。


「皐希、学校では先生の言うことが絶対なんだ」

「何度も聞いてますよ……その話は」

「じゃあわかってるな?」

「……ん?」


 ユーリが何かを察して一歩下がると、そこにちょうどよく窓を突き破ってヒカルとレイが教室に飛び込んで来た。


 ――ナイスタイミング。やるじゃん。


「弥久末貴文、お前はもう終わりだ」

「自分の罪を自覚しろ」


 ヒカルとレイは右手に銃を握り、それぞれそう言った。


「……ついに来てしまったか」


 ――なんか、雰囲気違う……


「確かに私は罪を犯したかもしれない。だが、子供の前でやるのはどうかと思う」


――そういうことね。


「……じゃあもし、その子供も仲間だったら?」

「え……?」

「今更善人を演じても無駄だよ。笑えるね」

「皐希、お前……何者だ?」

「名乗るほどのものでもない」


 ユーリも銃を弥久末に向ける。


「そうかよ。お前らみたいな勝ち組に俺たちの気持ちはわからない。生まれた時から負け組だった俺たちは、負け組なりに生きてきたんだ。それを、それを勝ち組の金持ちたちは……!」


 弥久末は逆ギレ気味にそう言う。


「誰が勝ち組だって?」


 大きなため息と共に、レイがそう聞く。


「お前らだよ」

「オレたちが勝ち組? んなわけないだろ」

「だって……」

「オレたちは殺し屋だ。汚れ仕事の担当。これで勝ち組なんて世も末だな」


 そこで弥久末は気付く。自分は殺されるのだと。


「でも、少なくともここで生まれ育った俺たちよりマシだろ。そんなお前らにわかるわけない」

「一応言っておくが、オレはこの街で生まれた。境遇はお前と変わらない」

「嘘だろ……」


 ヒカルも声には出さなかったが、これは初耳だった。


「だったら、俺のことは知ってるよな?」

「知らない。知っていたとしても、まだこの街にすがるお前のことなんて怖くもなんともない」

「お前……!」


 弥久末はレイに飛びつこうとするが、レイはこの手が見えないか? と拳銃をちらつかせる。


「っ……」

「じゃあな、弥久末貴文」


 そしてレイは引き金を引き、校内に破裂音を響かせながら放たれた銃弾は弥久末の頭を貫き、弥久末は一瞬にして命を失った。


「……任務完了」


 殺すまでは一瞬だった。この状況を用意するまでに時間がかかったので、さらにそう感じる。


「結構音響いてたけど、大丈夫なの?」

「大丈夫。この辺は銃声なんてしょっちゅう聞こえるし、弥久末が拳銃を所持していることも知られていること。誰も気にしない。最悪もみ消してくれる」


 ユーリはレイの返答を聞きながら、上着のポケットに銃をしまった。


「なあレイ。詳しく聞いてもいいか? お前の過去」

「……帰ったら、な」

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