第2話 黒薔薇城

 そして数日後、二人は黒薔薇城を訪れた。


 人気のない広大な敷地に建つ大きな屋敷。ここに今回のターゲット、ユーリがいるらしい。


 普段通り目立たないように夜実行したが、そのせいで奇妙な雰囲気が漂っていた。


 入り口の門はピッキングであっさりと解除し、それからトラップらしきものはまだない。


 そして屋敷の扉の前までやって来ると、まずヒカルが扉に手を掛け、少し扉を開ける。


「鍵は開いてる。扉に細工もない」

「じゃあ行くぞ。さん、にー、いち……」


 二人は息を合わせて屋敷の中に入った。


「何も……」

「上!」


 入るや否や、二人の頭上から十数本のナイフが落下してきた。だがレイの掛け声もあって前に飛び込むようにナイフを避ける。


 息つく間もなく、今度は横から銃弾が飛んでくるが、二人は見事にそれも全てかわした。


「ふぅ……」

「訓練みたいだな」

「訓練だったらいいんだけどね」


 ヒカルはこれが訓練だったらいいと本当に思った。やっぱり、何をしたかもわからない人を殺す気にはならない。


 ちなみに死んでいったエージェントたちは、仕事の代償だと思えば死んでも仕方ないと思えるらしい。


 エージェントたちは全員訓練を受けていて、その技術によって素人に負けることがないようになっている。ここまでの一連の流れはその訓練に似ているところがあったので、二人は訓練みたいだと感じた。


 二人がそう話していると、上から何かが書かれた紙切れが落ちてきた。床に落ちて何も起きないことを確認し、近くにいたヒカルが拾い上げる。


「『屋敷の最上階にて待つ』……ユーリからだ」

「本当に?」

「名前書いてあるし。……行ってみよう」

「罠か何かじゃないのか?」

「行かなきゃしょうがないでしょ、ユーリがそこにいるんだから」


 ヒカルが行く気満々なので、レイもしょうがなく行くことにした。



 屋敷の玄関ホールにある大階段に足をかけると、階段の上から大きな鉄球が転がってきた。それを避けて最上階の廊下にたどり着くと、軽く銃撃戦になる。二人で銃弾を発射している機械を破壊すると、銃撃戦は終わった。


「実弾だと思うと、訓練みたいには行かないな……」


 さすがにヒカルは疲れた様子だった。だがレイはここからが本番だと言って、ヒカルも気合いを入れ直した。



  ◇  ◇  ◇



「中々いいじゃん。今回のは」


 屋敷の最上階、その奥にある暗い小部屋で誰かがそう呟いた。


 そしてその人物が最上階の広間に出ると、そこにはヒカルとレイの姿があった。


「……よく来たね」


 その声に、ヒカルとレイはその声の主を探す。


「えっ……」

「誰だ……?」

「僕はユーリ。君たちのターゲット」


 そうは言われるが、二人は信じられなかった。


「子供……?」

「みたいだけど……」


 ユーリは幼い少年だった。とても罪を犯すようには思えない。


「ターゲット、つまりオレたちが自分を殺しに来てることをわかってる。その状態で偽る必要はない。だから、あの子供がユーリだろう」


 レイはヒカルにそう耳打ちをした。


「じゃあ、やるしかない?」

「まさか僕に勝てると思ってるわけ?」

「えっ?」

「子供だからって甘く見るなよ」


 そう言うと、ユーリの後ろに映像が照射される。


 その映像には、ユーリの後ろを取って銃を構えていた男が、驚異的な反応速度を見せたユーリの放つ銃弾に貫かれて死んでいく様子が映し出された。


「まずここまで来るのも珍しいんだけどね」


 ユーリはそう付け加えたが、それが入ってこないほど二人はユーリの技術に魅せられた。


「でも君たちは中々いい感じだし、殺すのはもったいないなぁ……」

「……だったら! 俺たちと一緒に、仕事、しない? 殺し屋の仕事!」

「は……?」

「ヒカル、何言ってんだ?」


 ユーリだけでなく、レイも驚いた様子だった。


「俺は、ユーリが悪人だとは思えない。子供だし、殺せない」

「だからって、」

「お互いにとっていいと思うんだ。俺たちは命拾いして、ユーリは行方を眩ませて」

「えぇ……」


 レイは流石に無理だろうと思った。


「君、それって組織の恨みを買うことになるんだよ? わかってる?」

「だって、死にたくないし」

「捨て駒にされて、死を感じたのか?」


 ユーリの一言が二人にぶっ刺さった。今まで考えないようにしていたことだ。


 上から成功不可能と言われる任務を任されるほどの実績はない。つまり、これは期待ではなく損切り。正直悔しくて仕方なかった。でもそれを考えないようにしてきた。ついにここで言われてしまうとは……


「図星か?」

「だったら何だよ……死にたくないって思って何が悪い」


 ついにレイも、ユーリと交渉しようという気持ちになり始めた。


「いいよ。僕も外で自由に動きたいし」

「ほんとに!?」

「嘘ついてどうするんだよ」


 絶望を全面に出した顔をしていたヒカルが、一気に明るく喜びを見せた。


「そういえば、名前は?」

「俺は《閃光》。こっちは《黎明》」

「僕はユーリ。ユーリ・ブラックローズ。ブラックローズ一族最後の生き残り」

「えっ……?」

「そうは言っても、僕は一族のこと何も知らないんだけど」

「それってどういう……?」


 血縁者はいないと言われたのに、存在していてそれがユーリだった。


 でもなぜそれがわからず、ユーリ自身も一族のことを知らないと言い出すのか……


「僕、元々養成所にいてね。組織の。色々あって捨てられたんだけど、養成所に拾われる前に僕を捨てた人が一族の人だったんだってさ。暗号で書かれてて、誰も気付かなかったみたいだけど」


 そんなことがあるのかと二人は疑問に思ったが、もう何でもありな気もしてきた。


 しかし、あれほどの技術を持っているのだから、普通に養成所を出ていればどれほどになっていたことか……


 でもこれで、ここまでのトラップが訓練のようだったことの理由が説明できる。自分を殺しに来る殺し屋がどれほどの実力なのか、簡単に推し量ることができる。


 そしてヒカルとレイの二人は、その実力をユーリに認めさせたということだ。


「さて、じゃあこれからどうする?」

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