第4話

 「あのさ、お母さん」


 あの日、千夏と思しき女性とすれ違ってから、真希の心はどこかざわついていた。


 千夏とは姉妹のように育ったが、中学生の頃から疎遠になっていた。そのせいもあって、近況を互いに話すことは疎か、千夏の携帯番号もメールアドレスも知らなかった。千夏と真希の母親同士も普段から仲がよかった。母なら、千夏の母親から何か聞いているかもしれない。


 「千夏ってさぁ、こっち帰って来てるの?」

 「えっ?ちなっちゃん?んー、こないだ由紀子と話した時は何も言ってなかったけどなあ。なんで?」

 「こないだ、それっぽい人を駅の近くで見かけてさ。特に聞いてないなら、いいんだ」

 「ふーん。気になるなら、直接由紀子に聞いたら?」

 「えっ、あぁ、まあ、そうだね……」


 母の言う事は至極当然だ。千夏の家に電話をかけ、『千夏帰ってきてますか?』と聞けばいい。真希自身も何度もそう考えた。だが、どう話を切り出したらいいか悩んでいた。


 あの日、千夏が心療内科に入って行くのを真希は見た。


 あの女性が千夏だったとして、千夏にとって知人に見られたく場面だったんじゃ無いかとか、覗き見たように思われたらなんだか気まずい。それに千夏じゃなかったかもしれない。


 自分の部屋に戻り、壁にかけられた中学時代の写真を手に取り、写真に映るあの頃の千夏を見つめる。入学式の時に一緒に撮った真希と千夏のツーショットの写真。真希はこれからの生活が楽しみで仕方ないのか、大きな花が咲いたような笑顔で写っている。千夏はカメラに視線を向け、柔らかな表情で微笑んでいる。妖精のような微笑みは新たな門出の不安からか、少し緊張しているようにも見えた。


 どうにか連絡をとりたかった。だが、千夏と仲の良かったクラスメイトは誰も思い浮かばなかった。初めの頃は仲のいい共通の友だちもいたが、一年生の夏休みが終わる頃には千夏は孤立していた。それが中学卒業まで3年間続いた。中学を卒業してしばらくしてから、真希はその当時を思い出す度に後ろめたさに苛まれていた。


 今でこそ疎遠になったきっかけはだと思えるが、その当時は心が大きく揺さぶられ、これまで通り千夏に接することができないほど真希は苦しんだ。子どもだった自分が恥ずかしく思えたし、千夏に謝りたい、罪滅ぼしをしたい。心のどこかにそう言った気持ちが常にあった。自分のエゴかも知れないと思いつつも。


 過去に思いを巡らせていると、スマホの通知が鳴った。SNSで繋がっている高校時代の友人が映える写真をアップしたようだ。ルビーのような輝きを放つイチゴを盛り付けた巨大なパフェの写真。バラが咲いたようにイチゴが敷き詰められ、グラスの中を鮮やかなイチゴの紅、雪のように白いホイップクリームが幾重にも層を形作っていた。


 (くっだらな……)


 写真の背後からにじみ出る虚栄を感じながらも、少しばかりの羨望が入り混じっているのを苦々しく感じた。通知を閉じようとしたときにふと気づいた。


 (千夏も SNS やってるかな)


 写真には目もくれず、出身地と名字を検索条件にして検索してみた。


 (これでだめだったら電話してみようかな)


 SNS をやっていてほしいという淡い期待を持つ一方で、そうやって今電話をしない口実を自分に言い聞かせているようだった。

 一人だけ条件にヒットする人がいた。同姓同名で生年月日も同じ人物が検索結果に表示されている。アイコンは本人の写真ではなく、どこかのビーチで撮影された夕焼けの画像だった。


 その人物のプロフィールを見てみると、仙台の専門学校を出て、東京で仕事をしているらしい。同僚らしき女性とシックな雰囲気のバーで呑んでいる写真が投稿されていた。写真の右に映る女性には心当たりがなかった。しかし、目鼻立ちが際立つ透明感のあるナチュラルなメイクと、落ち着いたニットのカーディガン、淡いベージュのふんわりとしたブラウスを纏っているもう一方の女性は、中学時代とは雰囲気が変わり大人びた千夏だった。


(やっぱり、千夏だったんだ)


 だが一年ほど前のその投稿が最後になっていて、この写真以外に千夏が写っている写真は投稿されていなかった。


 SNS で千夏に連絡を取ることは難しくないが、ダイレクトメッセージを送るには、友だち申請をしてSNSで互いに繋がらなければならない。唐突にメッセージを送って変に思われないだろうか。今更、友だちヅラして千夏はどう思うだろう。


 メッセージの文面を書いては消して、書いては消してを繰り返す。自然を装う文面にしてみたり、駅で見かけ謝りたいことを正直に書いてみたり、軽いノリで書いてみたり。

 簡単なメッセージを添えて『友だち申請』と書かれたボタンを押すだけなのに、どれもしっくり来ることがなく、気がつけば深夜になっていた。


 「あぁ……もう、あたしってば……」


 気持ちを整理して明日また送ろうと思い、SNS の画面を閉じようとスマホのボタンをタップしようとしたその時、指が申請ボタンに触れてしまった。メッセージは空欄のまま。


 (えっ、うそ、ヤバ……)


 ボタンの文字は『申請中』となっている。無情にも友だち申請を取り消すことができないようだった。


 「ああ!もう!……どうにでもなれ!」


 今更どう思われてもいい。真希は半ば自暴自棄気味にそう思うことで、自分のこれまでの愚かさと向き合うことに決めた。

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