夏の果て

「院長!見てください、中庭に小さな女の子が…」


前を行く背中を慌てて呼び止めると、彼女はあぁ、と言って微かに笑った。


ーーあの子は、18年の夏から脱け出せないのよ。


ひどく潜めた声で、彼女は言う。


「……18年?」



ーーあの子の、最後の夏。近所の人々の強い希望によって行われた、ささやかな夏祭り。

ーーあの子の時間は、そこで止まっている。



“風ぐるまがほしいの。


おもては臙脂(えんじ)で、うらが朱(あか)。


くるくるまわって、消えてゆく。


きれいね、きれい。


あの日の、もえた空みたい。”



ーー紙屋のおじさんが、風ぐるまの屋台をやったんですって。



“あの風ぐるまに、お願いしたのよ。


今がずっと続きますように、って。”



ーー翌年の初夏、あの子の命はあっけなく散った。


「…え………?」


ーーあら、気付いてなかったの?



言いかけて、寂しげに微笑む。



ーーいいえ、なんでもないわ。

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