夏の短編集

朱井

或る夏の日に

大きな川に沿って走る、古ぼけた電車。

僕は、この電車に揺られながら

ぼんやりと外を眺めるのが好きだ。

人影のない車内。明るい車窓。

夏の陽を反射して水面がキラキラと輝く。


『お兄ちゃん、海が見えるよ!』

『違うよ。あれは川だよ。』


ふと見ると、向かいの座席に小さな兄妹が座って、一生懸命窓の外を眺めていた。


ーーあれ。こんな子達、居たっけ。


『これは海だよ。だっておっきいもん。』

『海はね、もっとおっきいんだよ。』

ほら、こーんなに、と少年は両手をめいいっぱい広げて見せる。


ーー懐かしいなぁ。


少年の麦藁帽子。

少女の指差す先に一羽のカモメ。

いつかの情景がぐるぐると巡る。


『海が、近づいているのさ。

川は、いつか海にたどり着くんだよ…』


小さな後ろ姿が陽炎のように揺らぐ。


ーー待って。行かないで。





「お客様、終点ですよ。」

はっと顔を上げた僕に、運転手が微笑んだ。


あぁ、本当に。

「綺麗な、海ですね…。」




ーーーーー


海を知らぬ少女の前に

麦藁帽のわれは両手を広げていたり


寺山修司

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