第3話
巫女装束を身にまとったうら若き
ただし乏しい表情と、考えの読めない言動の多さから人間味が稀薄で、なんだか神である私からしても親しみを感じにくい。
「わたくしが、
そんな彼女が、相貌を崩してはにかんでいた。
「そのなんだ、お主も突然そんなことを言われると困るだろう? じゃからな。村の者達も突然私の番に選ばれれば困惑すると思うのじゃ」
「秋穂ノ比売神様は今し方、わたくしを選んで下ったのではないのでしょうか? ……まさかまた直ぐ別の者を選び直したい、ということでしょうか?」
「いや、そういうわけではなく……」
「そうですよね。それでは困ります」
困ります。――よし、その言葉が聞きたかったのだ。
予想とは違った反応だったが、澄まし顔の巫女を困らせたならば成功である。このまま、私も同じく困っているからのだからと子を成すという話はお終いにしてもらおう。
「冗談であっても秋穂ノ比売神様の番として選ばれた身の上では、少々胸を傷つけられた思いでした。これが愛なのでしょうか」
「うむむ? ちょっと、お主、なんだ? 何を言っているんだ?」
「不詳ながら、秋穂ノ比売神様に選んでいただいた以上、全力で愛を育み、神力再起のために我が身を捧げいたします」
巫女はそう言うと、また最初のように正座して深々と頭を下げた。三つ指をついている。
「お主、正気か? 本当に、私と番になる気なのか?」
「当然です。元来巫女とは神様に添い遂げる神職でもあります故、覚悟も準備も整っております。純潔ですので、ご安心ください」
「いや、純潔ってその……ほら、お主の意思はどうなんだ? 巫女だからと言って、私が比売神である以上、番に選ばれるとは考えていなかったのだろう?」
「はい、想定してはおりませんでしたが」
そのはずだ。さっきまで、どこぞの男をつれて来ようとしていたばかりじゃないか。それがなんだこの身の変わりようは。
「なら嫌じゃないのか? 巫女だからって、自分の気持ちを抑えて神に従するものではないぞ。私は気のない相手と無理矢理というのはごめんじゃ。正直になれ」
「……先ほども申したとおりです。秋穂ノ比売神様に心引かれぬ人間はおりません。わたくしも、秋穂ノ比売神様に心奪われた一人なのです」
「ふぁえっ!? ……でも、さっきまでそんな様子は」
「ご無礼な態度を取らぬよう、必死に気持ちを抑えておりました。ですから、自分に正直ではなかったのは先ほどまでの方です。今のわたくしこそ、正直なわたくしでございます」
どうしたものか。困らせるつもりで冗談を言ったつもりが、逆に私がとても困ったことなってしまった。しかしこんなことを言われると、今更冗談だったとも言えない。
「……わたくしのことを愛でくださいますか?」
「えっ、それはその……」
すっと頭を上げた巫女が、潤んだ瞳で私を見つめてくる。
「選んでくださったのですよね? 秋穂」
「あ、秋穂っ!?」
「そう呼んでもよいとうかがいましたが……番になりましたので、せっかくですから」
「言ったけど……言ったけど……」
いきなり呼び捨ては違うのではないか。私は新米だけれど、神なのだ。
「わたくしでは秋穂に子を孕ますことはできませんが、その代わり秋穂に満足して抱けるよう全力で愛します」
「愛するってその……」
「……ぶしつけながら、わたくしにも秋穂の愛をいただけますと、この村の豊穣に繋がりますので」
「お主、ちょっとずつ近づいて来ていないか? 袴の帯をほどいてどうする気じゃ? お、おい、何か言ってくれっ」
とろけるような笑みを浮かべた巫女が、私に迫ってきた。
◆◇◆◇◆◇
翌年、私が見守る村は歴史的な大収穫であった。
屋敷に収まりきらないほどお礼に持ってこられた品々に戸惑う。しかしこの一年間、私と巫女の女子との間にあった数々の事柄を思えば、これくらいの成果があって然るべきなのかもしれない。
今日も寝不足で体が少し気怠い。
収穫祭の夜だからと巫女がいつも以上に元気だったせいだが、彼女が精力的であるのは昨夜だけの話かと言えばそうでもない。
「お主は本当にっ、ほとんど休む間もなく私を……」
「秋穂を? わたくしが秋穂をどうしたというのですか? 毎夜、喜んでいただけるよう全力で尽くしておりましたが、何かご不満でもあったのでしょうか?」
「それじゃっ!! ちょっとは休ませろいっ!!」
「終わった後はいつもぐっすり休まれていたかと思いますが」
あれは休んでいたのではなく、ほとんど気絶か放心していたのだ。この人間は本当に恐ろしい。
平然と言ってのける巫女はいつものような澄まし顔だったが、わずかに赤みの差した頬は照れがあったように思う。よかった。無感情であの一年間の夜を総括されていたら、私だけずっと恥ずかしい思いだったのかと納得できない。
しかし来年もこんな毎日が続くのだろうか。正直、体が保つかわからない。
「……次の収穫は同じ量とはいかないかもしれんな」
「なるほど。それでは、番を私以外にも何人か増やすというのはどうでしょうか? そうすれば来年はさらに数倍の作物が望めるのではないかと」
「お主、私を臨終させる気か!?」
巫女一人で十分散々なのに、これであと何人も相手を増やすなど正気の沙汰ではなかった。
だいたい――。
「お主は私の番じゃろ……それを他にも増やすのは……違うんじゃないのか? それともなんだ、お主は私の番が他に増えていいというのか?」
巫女からすれば、私はあくまで豊穣をもたらす神でしかない。番となったのも村のためであって、他の人間が私の番としても何も思わない。――そういうことなのだろうか。
「ふふ、冗談ですよ。秋穂を他の誰かに番わせたりなんていたしません。……ですから秋穂も、わたくし以外の人間と隠れて番って、子を孕むなんてやめてくださいね?」
もちろん、冗談だということはわかっていた。変化の乏しい顔で、いつもひょうひょうとした巫女であるが、意外と茶目っ気の多いやつである。
それでもどこかほっとした私は吠える。
「ええい、人の子など孕むかっ!! 私の相手はお主だけで十分じゃっ!!」
おそらく、次の年も豊作だろう。
私の体が保てば。
FIN.
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
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人の子が孕みたくないなら百合しかないですよね? 最宮みはや @mihayasaimiya
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