表彰

遠藤世作

表彰

 『表彰状 この度、貴殿が契約を一件取ったことを祝しまして、ここに表彰いたします……』


 ある営業所のデスク前で、小太りの部長が飾りのついた紙を手に持ち、そこに書かれた文言を厳かに読み上げた。読み上げが終わると、周りにいた数人からまばらな拍手が起こって、表彰された私は角ばった動きで表彰状を受け取り、その一連の儀式が終わると全員が何事もなかったように仕事に戻る。

 この営業所の向かいにはコンビニがある。そのコンビニも、開店時には同じ光景が見られた。

 

 『表彰状 この度、貴殿は7連勤のシフトをこなしました。よってここに表彰をいたします……』

 

 読み上げを心して聞いたあと、アルバイトは真っ直ぐな腕を右、つぎに左と出して表彰状を受け取り、読み上げ終えた店長の「じゃ、よろしく」という気の抜けた一言で営業が始まるのだ。

 この表彰文化は、この国では古くから根付いているものだ。外国人から見れば、「そんな、一々面倒くさい」とか、「何でも表彰されては、ありがたみが薄れるのではないか」とか思われる人もいるだろう。しかし、自分の行動を逐一表彰されるからこそ、己が生きている上でどれほど沢山の役割を背負い、また果たしているかを確認できるのだ。

 溜まった表彰状の厚みは、自分という人間の深みに比例する。これこそが感謝の言葉だけでは達成しえない、目視できる成長のバロメーターであり、表彰状の良さなのである。

 また、もしこれが悪い文化だったのなら、表彰という行為は歴史の波に飲まれ、消えていただろう。けれど表彰文化は残った。それこそが表彰文化が優れた、良い文化であることを証明している。

 他にも、表彰状で多量に紙を使っては資源の無駄ではないかと抗議する政治家もいた。しかし、これがトロフィーとなればどうだ。紙よりも置き場所は無くなるし、相手に渡すために持ち運ぶのも楽ではない。賞金の贈与にしたいのだろうか。が、小さな物事でいちいち金銭を受け取っては気が引けるし、逆に渡す側に回れば、いくらかかるかも分からない不安が生じる。その点、表彰状はそこまでの経費がかかるわけでもなし、筆記具と紙さえ持っていれば即席で作れもするし、字さえなければ紙切れなのだから、受け取る方も何も気にせず受け取れる。だからどの代替案も、表彰状には劣ってしまうのだった。

 先に述べたように表彰状はバロメーターになる。そしてそのバロメーターは、その人物の評価に直結する。だからこの国の国民は、子供の頃から沢山の表彰を受けることに執着する。表彰の数が多ければ多いほど、出世の道が、輝かしい人生が待っているから。表彰は何よりも優先されるべき事項なのだ。

 ここまでくると、悪だくみをするやつも出てくる。自分で不正な表彰状を作って量をかさ増しするやつらや、相手の表彰状を奪って失脚を狙うやつらだ。こうした者たちを罰するため、この国の刑罰には厳しいものがある。

 表彰状及びそれに準ずる物に対して、不正を働いた者の表彰は全て破棄処分とする──つまり、今までコツコツと積んできた実績、人生を賭けた積み木の土台を、全て引っこ抜いてしまうのである。なんと恐ろしい法律だろう。これは処刑に匹敵する非人道的な行いだとして、どこぞの人権団体が声明を出したほどだ。しかしこの法があるからこそ、抑止力が働き、悪事の発生を防いでいる側面があるのも忘れてはならない。

 

 さて、私は今日の仕事を早く終わらせ本日2度目の表彰を受けた。


 『表彰状 この度、貴殿は仕事を早く終わらせ、我が社に多大な貢献をもたらしました。よってここに──』


 と、こんなところ。私は仰々しく受け取り、「家内のために早く帰るんです」と言うと、部長が一筆書いて3度目の表彰。


 『表彰状 この度、貴殿は愛妻のために仕事を早く終わらせました。その愛の大きさに感服したため、ここに──』


 それもありがたく受け取り、タイムカードを切って帰路につく。しかし、今のは方便。実は妻との折り合いは最近よくないのだ。私との会話を素っ気ない態度で切り上げる癖して、携帯のメールには目を輝かせ嬉しそうに返信する。どうも、男の匂いがする。妻は私より若く美しいから、そういったことが起きてもおかしくはない。だから、今日は早めに帰って問いただしてみようと考えたのである。

 我が家に着きドアに鍵を刺して回すと、妙な感覚。軽い。鍵が開いているではないか。ノックをしようか迷ったが、辞めた。中に不倫相手がいるかもしれない。なら、とっちめてやるのが先だ。私は音を立てないよう静かにドアを開けて、彼女を探す。

 他の部屋は明かりがついてなく薄暗かったが、寝室からは明かりが漏れ出していた。しかも、声がする。二人。妻と……若い男の声。もはや疑う余地もない。私は扉を蹴破って、怒りを露わにした。


 「おい!貴様ら何をしている!!」

 「うわっ、誰だ!」

 「あなた……違うのよ、これは……」

 「お、夫さんですか、どうも……」

 「二人でベットにいて違うもこうもあるか。もはや言い訳も聞かん、お前とは離婚だ。二人ともさっさと出ていけ!」

 「そんな、ひどいわ……」

 「泣いたって通用せんぞ。早く出ていけ、出なければ警察を呼ぶ」


 私の鬼気迫る怒号に、二人は怯え上がってすぐに荷物を整えた。私のはらわたは煮えくりかえっていて、今でも手を出してやりたかったが、それをして私の表彰状に傷がついたらことだし、それは辞めた。

 そうして身支度が終わった二人には、一筆を書いてもらう。もちろん、私の離婚についての書類だ。机の上のそれを書き終われば、私と彼らは早速、立ち上がって向かい合う。


 『表彰状 あなたは私たち二人の不貞行為を見事に暴きました。よってここに表彰状を送ります──』

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