回想はレモンの香り
勝機が無いわけではない。俺はこの二週間の間、ただリーザ先生に尻をしばかれ続け、あらぬベクトルに自分の才能を見出していたわけでない。
魔力を集める事さえ出来なかったものが集められるようになり、闇魔法への変換の仕方を覚え、何と闇魔法の技の一つを使えるようになるまで至った上に、尻をしばかれるのが少し気持ち良くなって来た。
色んな意味でもう後戻りは出来ない。
魔力を集める作業が出来るようになった頃、リーザ先生が闇魔法の仕組みについて説明してくれた事がある。
「魔法を使うためには集めた魔力を【属性魔法】に変えないといけないわけだよ。で、属性魔法の種類によって変換効率が異なるわけだね。流石にもう習ったよね?」
習ったのかもしれないが覚えていませんし理解も出来ていない。先生は構わず話を進める。
「他の魔法の変換効率は基本的に40%〜90%の間と言われているわ。一般的に一番変換効率の低い光魔法でさえ20%前後よ」
「先生、まず変換効率というのがよく分かりません
「無能が」
!?
「変換効率というのはね」
先生が指を鳴らすと、例のクローゼットからだるっだるの身体の全裸おじさんが現れた。いや、よく見ると(よく見たくなかったけど)股間をレモンで隠している。
あのおっさんはいつから潜んでいたのか、とかあのクローゼットに入っていた俺のコートもおっさんの肌に触れていたいんじゃないか、とか何か魔法決闘の時にあのおっさん見たことある気がするとか色々言いたい事はあるが、何この世界で一番汚いイリュージョン。
「このレモンが100gで、変換前の魔力だとするじゃん?」
先生は屈み込んでおっさんのレモンを指さした。どこに注目させてくれてんだよ。
全然関係ないが、しゃがみ込んだ先生の短いスカートから白いパンツが見えている。
おっさんの股間のレモンと少女のパンツ。何この純文学的なコントラスト。
「このレモンでレモンジュースを作りたい」
正気か?
「つまり変換して属性魔法に変えたいから絞るとするじゃん?」
おっさんはおもむろに股間のレモンを取り、力を入れて果汁を搾り始めた。何の描写をさせてくれてんだよ。
ポタポタと果汁がおっさんの用意したコップに入っていく。
そのコップはどっから出したんだい?
「で、このコップの中に溜まった果汁の重さが変換された魔力(%)。果汁にならなかった皮とかヘタとかの残りの重さが、魔力でいうところの変換されなかったカスってわけね」
「な、なるほど」
納得したくないけ何となく言わんとしている事は伝わった。
「で、他のフルーツ……例えばメロンとかブドウごとに取れる果汁の比率が違う。これが属性魔法による変換効率の違いだと思ってよ」
「おお」
流石職業教師だ。アホの俺にも分かるように解説してくれた。まあ明日には忘れているかもしれないが。
ふと肩をトントン叩かれたので見ると、レモンのおっさんがレモンジュースの入ったコップを俺に差し出してきた。
「飲め」
いらんわ!
例えここが砂漠で、俺の喉が死ぬほど渇いていたもそれは受け取らない。
「ところで変換効率の話に戻るけど、闇魔法の変換効率はどれくらいだと思う?」
わざわざ一番後に取っていたという事は、かなり変換効率が低いのだろう。
「うーん、5%くらいですか?」
リーザ先生は嬉しそうに首を横に振る。
「0.1%」
「れ、0.1!?」
「ふふふ、君の他に闇魔法専攻の一年生がいない理由が何となく分かったかな?」
あまりにも低い。そりゃそんな効率の悪い魔法なんか普通は選ばない。
「その辺の川で砂金が見つかる確率より低そうだな」
レモンのおっさんが言った。もう帰れよお前。
「そう、かなり低い。それでもギラ族が闇魔法を使いたがるのは、それが全属性魔法の中で一番強力だから」
「で、でもそんな変換効率の低い魔法が本当に使えるんです?」
「確かに実用的じゃないよ。私たち、ギラ族以外にとってはね」
リーザ先生は相変わらず嬉しそうに笑っている。
「アホのクラウス君でも知ってる通り、私たちギラ族は扱える魔力の器が大きいの」
「アホて」
まあ否定は出来ない。
「それもブッチギリ。ダントツで一番。ザビオス族も目じゃないくらいにね。器の大きさで低い変換効率をカバーしている。そういう意味でも闇魔法はギラ族だから使える、ギラ族のための魔法とも言えるかもね」
「へー」
要するに、ギラ族は魔道士型の種族の中でもかなり特殊な存在のようだ。ギラの中二病発症率の高さの一因を垣間見た気がした。
「ところでクラウス君。君はそのギラ族の中でも魔力の器が断トツで大きい」
確か、ギラでの魔力測定(第一次凄すぎてイっちゃう事件)でもそんな結果が出たな。そうか。そう思うと自分も少し特別な存在のような気がしていた。
「君の素質はそれだけじゃない」
先生の言葉は予想外のものだった。
「君は魔力の変換効率が非常に高いのよ」
「えっと、どういうことですか?」
「さっき属性魔法の変換効率の話をしたけれど、それって努力や才能で押し上げる事ができるの。勿論それにも限度があって、闇魔法なら、変換効率は3%以上にはならないと言われているわ」
先生は興奮気味に、俺の前まで来た。上目遣いに俺を見るその瞳はうっとりしたように垂れている。
俺は視線を下の胸元に吸い込まれないよう必死で抵抗していた。
「まだクラウス君が実際に魔法を使ったところを見たわけじゃないから確かなことは言えないけれど、私の見立てだと、君は変換効率を30%、いや、それ以上に高められるわ!」
にわかには信じがたい。だって俺は芋や麦をいかに効率良く栽培するのかに人生の大半を注ぎ込んできたのだ。それがいきなり「常人を遥かに凌駕する才能がある」と言われたって、そんなの何の変哲もないツボを超高額で買わされる時以外にあり得ないシチュエーションではないか。
「この二つの素質を併せ持った人はこの五百年で君の他に一人しか見た事がない」
リーザ先生はおもむろに俺の手を取った。女の子(推定500歳)の手の温もりと暖かさに包まれる。
「うーん、前にも言いましたけど、にわかには信じられないですね」
「信じて」
リーザ先生は両手に握った俺の手を豊満な胸に押し当てた。おい、それは卑怯だぞ。
「言ったでしょ? 『やっと見つけた』って。君の才能と棺流闇魔法があれば、世界最強の……、いや、歴代最強の闇魔道士になるのも夢じゃないわ」
その潤った瞳は宝石のように俺を見つめて動かず、俺の手は相変わらず胸に押し当てられたままだ。お陰で俺は理性を保つ事にかなりの脳の容量を取らねばならなかった。
「おいお前たち、距離が近すぎるぞ。結婚していない男女なんだからもっと慎みを持ちなさい」
股間レモン(過去形)が言った。いやお前は存在が犯罪じゃねえか。鏡を見ろ。
一連の会話の後、俺は魔力の訓練に戻り、リーザ先生は俺の尻をしばく作業に戻り、レモオジはクローゼットに戻って行った。
リーザ先生の話のどこまでが本当なのかは分からない。もしかしたらほとんどリップサービスで、褒めて伸ばして、尻をしばくのが先生の教育方針なのかもしれない。
だが先生の言葉がかなり俺の自信になったのは事実だ。生まれて初めて「俺には出来る」と思うことが出来た。
「自分には出来ないかもしれない」と思いながらやるより、何の根拠が無くても「自分には出来る」と思って努力をした方が成長が早い、と気付いたのもその時だった。
そうして今日までの間に魔力を闇魔法に変換する術を学び、辿々しいながらも一番初歩的な闇魔法を教えてもらえるに至ったのだ!
まあ、先生に言わせると初歩の初歩の初歩魔法らしいが……。
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