模擬戦 2
先生の合図と共に戦闘が始まった。魔道士学科の学生は素早く詠唱を始める。
しかしザビオス族の方は全く動く気配がない。ハンデのつもりなのだろうか。
「ファイアボール!」
魔道士学科の生徒が杖を振りかざすと、人の頭ほどの大きさの火の玉が3、4個現れた。間髪いれず、矢のような速さでザビオス族に襲いかかる。
尾を引いて飛ぶ火が地面を叩き、爆発が起こった。威力は制限されているというが、それは人一人丸こげにするには十分過ぎる火力に見えるのだが。あのザビオス族は調子こいて負けてしまったのだろうか。
が、次の瞬間、爆炎の中から白い光がギュンター目掛けて疾った。俺にはほとんど見えなかったが、ジャンヌとニックにはハッキリ見えたらしい。
「光魔法」
ジャンヌが独り言のように、だが少し興奮気味に呟いた。
ガシャン、と甲高い音が闘技場に響き渡る。ギュンターがあらかじめ張っていた防御魔法が貫かれたのだ。まるで本当のガラスが破れたかのように、割れた魔力の塊が地面に散らばっていく。
彼の準備は良かったがザビオス族がそれを上回った。
ギュンターはへたり込んでしまった。
あっ。と俺とジャンヌが声を漏らしたのはほぼ同時だった。彼の左肩が赤く滲んでおり、右手でそれっを庇っている。
観客席からも悲鳴のようなどよめきが起こった。彼は光魔法で肩を貫かれていたのだ。
いやいや、あれが心臓に当たったら一発で死んでないか? これ本当に威力制限されてるの?
「こりゃ勝負あったな」
ニックがつまらなそうに言った。ザビオス族。噂には聞いていたがやはり強い。扱える魔力も魔法も、そして身体能力も桁違いなのだろう。
と、ここでザビオス族の男が爆炎の中から現れた。ニヤニヤ笑いながら相手に近づいて行く。
相手の魔道士学科の学生は右手を上に上げた。
「参った」
彼は下を向いたまま言った。ちょっと残念そうに見えるのは、多少は勝機を見出していたからなのかもしれない。俺も俺で、クラスメイトがザビオス族の鼻を明かしてくれるのを期待していただけに残念だ。
その時だった。
目の前まで近づいザビオス族の男がいきなり相手の腹を蹴り上げた。
予想を超えた展開に、一瞬俺は何が起こっているのか分からなかった。宙に飛んだ魔道士学科の学生の姿がまるで静止画のように見えていた。
それが地面を叩いた時、やっとザビオス族に蹴り飛ばされたのだと気付く。
会場から怒声と悲鳴の混じった叫びが轟く。
「うわ、あいつやりやがった……」
「おい、医療魔法学部の奴早くしろよ!」
「あいつ生きてるか?」
「やり過ぎだろ!」
「これは模擬戦だぞ! 私刑リンチじゃねえぞ!」
「ギュンターは降参してただろ!」
俺の周りの魔道士学科の生徒達は口々にヤジを飛ばす。しかしザビオス族の男は薄ら笑いを浮かべたまま、こちらを向いた。
「うるせえゴミども! 文句があるなら降りて来い! 戦ってどっちが正しいか決着つけようじゃねえか!」
一瞬で会場が静かになる。蹴り飛ばされた男を治療する医療魔法学部の生徒達の、緊迫した声だけがやけにはっきり闘技場に響いていた。
誰もが口ごもり「誰か行けよ」と小声で囁き合うだけだ。あんなワンサイドゲームを目の前で見せられたら誰でもビビる。俺も漏らしそうだ。
反対側の観客席から笑い声が響いた。一部の魔法戦士学部の生徒達だ。おいおい、何だこれ、無法地帯か? 審判をしていた教師は何をしているんだろう。
目を向けてみたが彼は腕を後ろで組み、所在なさげに視線を泳がせている。何だよそれ。教師もザビオス族が怖くて注意できないのかよ。
「おい、早く次の奴出て来いよ」
闘技場にいるザビオス族は退屈そうに首を鳴らしている。いや、行く奴がいるわけないだろ。どうしてライオンの檻にわざわざダイブしなければいけないのか。
「私が行く」
ジャンヌが静かに言った。隣にいたよ。ダイブする奴。
「待つのだ」
俺は冷静にジャンヌの腕を掴んだ、つもりだったが彼女の力が強すぎて身体が宙に浮きかける。慌てて宙を泳いだ俺の反対の手は何か柔らかいものを掴んで落ち着いた。
「ふう……」
落ち着いた状態でその柔らかいものを確認したところ、それはジャンヌの胸であり、俺の手が鷲掴みにしている状態が確認できた。
「アンタ、何してんのよ……!」
怒りを溜め込んだジャンヌの声。彼女の顔は俺を睨み、真っ赤に紅潮している。
「お、おおおおおお落ち着くのだ! これは闇の眷属に言わせるところの†不可抗力†と言うやつでだな!」
俺は慌てて手を離したがジャンヌの右拳は硬く握り締められている。やばい。死ぬ。こんな所で死んだら「女生徒の乳を触ったために殴られて死んだ男」として代々笑い者にされてしまう。
「まあまあ、落ち着け二人とも」
ニックが俺たちの間に割って入った。助かった! これで殴り殺されずに済む。
「俺ぁクラウスの言いたいことが分かるぜ!」
流石ニック。男の気持ちを分かってくれるのか。
「つまり『ジャンヌの代わりに自分が戦ってくるから、おっぱい揉ませてくれ』って言いたかったんだろう?」
そうそう。って違ぁう!!! こんな緊迫した場面でおっぱい揉ませてなんて言うわけないだろ! どんだけ欲望に忠実なんだよ!
「そうだったの」
何で納得するんだよ! 理由があったらおっぱい触って良いのかよ!! 理由を探す旅に出ようかな!
「おい、あいつやる気らしいぞ」
「ギラからの転校生じゃん。やっぱザビオス族が嫌いなんだな」
「勇気あるなあ」
「この前の魔力測定で滅茶苦茶な数値出したもんな。自信があるんだろう」
にわかに魔道士学科の生徒達がざわめき始めた。あれ? なんか俺が行く流れになってない? ふと闘技場の方を見ると、ザビオス族の男が穴開きそうなくらい俺を睨んでいる。
「お前はこの前、俺に楯突いたギラのゴミだな。良い度胸じゃねえか。来いよ。ぶっ殺してやる」
んほお! 完全に顔覚えられてりゅう!! しかも「ぶっ殺す」とかかなりダイレクトに殺害予告されてるんだけど!
「クラウス、無理はしないで。ダメだと思ったらすぐ逃げるの」
いや、そんなの始まる前からダメに決まってんだろ! 今すぐ逃げたい!
「心配すんな! 骨は拾ってやるからよお!」
ニックに至っては俺が死ぬ前提で話を進めている。本当に死んだらお前に若くしてハゲる呪いかけてやるから覚えとけよ!
「えー、ではレイヴンフィールド君。前へ」
審判の教師がトドメの一言を発した。ここで出て行かなければ俺は臆病者として残りの学生生活を過ごすことになる。
それに、ここで退けば代わりにジャンヌが行くと言うだろう。ジャンヌも強いのかもしれないが、あのザビオス族に勝てる保証は無い。負けたらさっきの生徒のように瀕死の重傷を負わされるだろう。
そうだ。恩人のジャンヌに行かせるくらいなら、俺が行く。俺は、変わるためにここ(ビナー)に来たのだ。
俺は改めて闘技場に向き直り、左手で右目を抑え、右手を左の腰に回した。
「く、ククク……貴様など我の相手にもならぬが……良いだろう! 退屈しのぎに付き合ってやろう」
闘技場にいるザビオス族の眉間に深い溝が出来た。その目には紛れもない殺気が漲っている。俺は続ける。
「ふっ、羽虫に睨まれて尻込みする獅子がいるとでも?」
怖いいいいいいいいいいいい!! あの人完全にキレてるうううううう!!!
「頑張れ!」
「魔道士学科の強さを見せてやれ!」
「ギラ族のお前ならやれるぞ!」
観客席から無責任な声援が飛んでくる。ああ、もう完全に退路を塞がれた気分だ。今日が人生最後の日にならない事をただただ願うぜ。
俺は観客席を飛び越え、闘技場に降り立った。
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