模擬戦 3

 


 はい、回想終わり。どこかの国の言葉に「回想は負けフラグ」とかいう言葉があったっけ。


 闘技場は相変わらず異様な喧騒に包まれていた。入り混じる歓声と怒声。うーん、全校生徒に見苦しい裸体を晒すことになった魔法決闘での事を思い出すね。


 懐かしすぎてゲロ吐きそうだぜ!


 ただ一つあの時と違うのは、歓声の一部が俺に向けられているという事だろうか。気休めにもならないけども。




「えー、ではレイヴンフィールド君、模擬戦の規定により、この杖を使いたまえ」




 審判を務める教師が杖を突き出してきた。ちょっとは止めてくれるかと期待したが、そんな素振りは微塵も無かった。


 古い木製の杖だ。機能的なデザインで、きらびやかな装飾は何一つない。




 ……この杖、細工してないよな。俺は杖を触ったり振ったり地面を叩いたりしながら、何か異常がないか確かめた。一度騙されると疑り深くなってしまう。




 野菜と戯れていた頃の、疑う事を知らなかった純粋な俺はもういない。歳を取るって嫌だな。




 ふと地面を見ると赤い血が滲んでいる。先ほどザビオス族に蹴り飛ばされた生徒のものだろう。次に地面を染めるのは、俺の血かもしれない。


 そう思うとどうしようもなく不安になってくる。田舎に帰りてえ。ってっこれ思ったの何回めだ?




「しかし、あのギラ族の転校生すげえよな。ザビオス族の力を見た後に戦いを挑んだどころか、微動だにせず立ってるなんてよ。俺なら漏らすぜ」




 観客席からそんな声がした。違う。微動だにしていないんじゃなくて、ビビって動けないだけだ。よーく見たら俺の足が小刻みに震えている事に気付くだろう。




 加えて頭の中はパニックだし、顔にも汗ダラダラなのだが、幸か不幸かフードを目深くかぶっているため分からないらしい。




 恐る恐る相手の方を見ると、侮蔑を含んだ嘲笑を浮かべている。




「おい、ギラの。お前生きて帰れると思うなよ」




 いやもうそれ殺害予告じゃん!! 誰かあの人逮捕してえ! 




 俺の恐怖はピークに達しそうだ。いつ決壊して叫び出すか自分でも分からない。


 こんな時は……、こんな時は……、そうだ、こんな時こそ中二病語を使うんだ。少しでも気分を恐怖から逸らさねばならない。




「貴様、名をなんと言う?」




 俺はゆっくりと相手に問った。




「あ? お前に教えてやる名前なんてねえよ」


「ククク……そうか。それは残念だ」


「何だと?」




 俺は大仰に両手を広げ、じっくりと時間をかけ、言った。




「貴様の墓石に刻む名を、彫る事が出来ぬからな」




 その瞬間、相手の額におびただしい数の血管が浮き上がった。どうも墓に入るのは俺になりそうな気がしてきた。




「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ぉす!!」




 ちょっと待って! 墓石とかほんの冗談じゃん! 何でそんな本気にするの!? 今を生きてるの!?




 ああ、もう始まる前に終わったと思っていたその時、俺の尻に鋭い痛みが走った。俺は痔ではない。リーザ先生に叩かれたから痛むのだ。


 そうだ、俺はただ尻を叩かれ続けたわけじゃない。楽しみながら叩かれていたとかでもない。




 俺は、俺は……!


 エンゲルベルトとの魔法決闘と状況が似ていると思ったが、歓声の他にもう一つ違うことがある。


 俺はもう、入学する前の無力な俺じゃない。生まれて初めて(主に尻に)血の滲むような努力をしてきた。たった二週間かもしれないが、全力で集中して、全力で取り組んだ。




 俺は段々落ち着きを取り戻してきた。一度息を吐き、ゆったりと相手の目を見据えた。相手の瞳は見ているだけで突き刺さりそうな鋭さで俺を凝視している。


 やっぱ無理ぃ!! ザビオス族怖イィ!!




「ギラ族如きに名乗る名なんて無えと思ったが」




 向かい合って立つ男は続ける。




「俺の名はゲイルだ。冥土の土産に覚えとけ」




 冥土の土産ならもっと良い物をくれ。




 その時、審判が俺たちの間に立ち、右手を振り上げた。あの腕が振り下ろされた時が開始の合図だ。




 怖いけど、死にたくないから必死にやるしかない!


 俺は杖を右手に持ち、左手で覆うように構えた。杖が俺の汗でじっとりと滲んでいく。




「初め!」




 審判の声がやけに遠くで聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る