第4話

 ヒロタカは、国道を走っていた。

 そして、助手席には、志帆がそのまま景色を観ていた。

 何故か、今日は、クルマでは吐いていない。

 そして、川崎駅から横浜市内まで向かっていたら、隣に、京浜急行本線の線路が見えてきた。

 京急電車が、仕事帰りの人たちを乗せて、東京都心から横浜、横須賀方面に向かって走っている。

「志帆」

「何?」

「言ったっけ?オレが、京急快特の運転士になりたかったって」

「へぇー、初耳」

「うん、オレ、小さいころ、京急快特の運転士とか新幹線の運転士になりたいって、思っていたのね」

「やっぱり、ヒロタカは、男の子だったんだね」

「うん、だけど、中学時代、眼科で色弱でなれないって言われて」

「可哀そう」

「だろ?」

「そう」

「それで、ぐれて、高校時代、食堂で、無銭飲食して、先生や親に怒られたのね」

「へぇー」

「それで、その時のことがきっかけで、今のうどん屋で仕事をしている」

「真面目になったんだ」

「まあね」

 志帆は、少し楽しそうな口調になった。

「ヒロタカ」

「何?」

「明日、仕事休みでしょう」

「うん」

「もうちょっと遊ばない?」

「え?」

「今から、京急で、堀之内まで行こうよ」

「え」

「いいじゃない、ヒロタカは、京急快特が、好きでしょう」

「だけど、駐車場代だって、お金がかかるんだぜ」

「駐車場のお金は、私が、払うから、また、堀之内まで、私が、お金を払うから」

 と言った。

 志帆は、急に、ヒロタカの方に顔を向けて言った。

 それは、珍しいことだった。

 いつも、志帆は、ヒロタカの趣味を合わせることなんてしなかった。いつも、ヒロタカのことを馬鹿にしていたのが、今日は、急に、ヒロタカの趣味に合わそうとしていた。

 ヒロタカは、横浜駅の近所のパーキングに停めて、そのまま、横浜駅に向かった。

 横浜駅は、まだ、仕事帰りの人が多くいた。

 そして、少しだけ、水商売風の女性たちも多くいた。

 横浜駅の京急線のプラットフォームへ向かった。

 そこには、有村架純のお茶の広告があった。

 ヒロタカと志帆は、今、京急横浜駅のプラットフォームにいる。

 そして、品川方面から、京急快特三崎口行きが、入ってきた。そして、いしだあゆみ『ブルーライトヨコハマ』のメロディーが流れてきた。

 「歩いても歩いても小舟のようにあなたはあなたはゆれてあなたの夢の中」

 と歌詞に沿って、綺麗に電車は入ってきた。

 その時、志帆は、スマホの写メで、京急快特三崎口行きを撮った。

「ヒロタカ、観て、京急快特三崎口行きだよ」

 まるで、志帆は、子供をあやすような言いぐさだった。

 そして、ヒロタカは、横浜駅のプラットフォームに入る京急快特三崎口行きが、好きだった。

「ヒロタカの好きな京急快特だよ」

「おう」

 内心、照れているが、しかし、内心、ヒロタカは、志帆に愛されていると感じた。

「ヒロタカ、乗るよ」

「うん」

 志帆は。母親になったような感覚で、ヒロタカは、子供みたいになった感覚になっていた。

 車内からは、わっと乗客が降りてきた。

 この時、志帆は、ヒロタカの手をつかんだ。

 志帆は、そのままヒロタカの横にいた。

「久しぶりだね」

「そう?」

「私、子供の時、横須賀に住んでいたんだ」

「そうなの?」

「うん」

 ヒロタカは、志帆が、横須賀に住んでいたとは知らなかった。

 車内に入ると、志帆とヒロタカの前に座っている男性は、スマホで、株のトレーダーをしていた。

 志帆は、内心、考えた。

 横浜駅の有村架純の広告が、嫌いだった。そうだ、と。志帆は、有村架純に似ていると言われていた。そして、会社の上司と付き合っていたが、それは、志帆の気持ちを無視したものだった。

 さらに、志帆は、マッチングアプリで知り合った男性も「志帆は、有村架純に似ている」と言われて、志帆は、得意になっていたが、しかし、いきなり、「ホテルへ行こう」と言われて、傷ついていた。

 そんな思い出しかないから、有村架純に似ているのが、嫌いになっていた。

 だから、志帆は、ヒロタカの部屋にある有村架純のカレンダーを破ったのだ。

 世間は、まだ、新型肺炎コロナウイルス感染症が、収束したが、それでも、心配がないわけではなかった。

 一瞬だった。

 車内のエアコンが効いていた。

 それで、志帆は、

「くしゅん」

 とくしゃみをした。

「ヒロタカ」

「何?」

「今、私とヒロタカは、濃厚接触者になったよ」

「やだね」

「私が、コロナになったら、ヒロタカもコロナにならないといけないよ」

「あーあ」

 とヒロタカは、言った。

 勿論、ヒロタカも、志帆も、マスクは着けていない。ただ、目の前に座っている50代の男性は、きっちりマスク着用をしていた。

 車窓からは、夜の国道を、クルマが、横浜市内と横須賀市内を行き来していた。そして、サーチライトは、綺麗な光を放していた。

 時々、反対車線から、電車がサイレンを鳴らして、車内はグラっと揺れていた。夜の横浜市内は、工場が綺麗な光を照らしていた。

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