第5話
京急快特三崎口行きは、横浜駅から、上大岡駅、金沢文庫、金沢八景、と進んだ。
そして、ヒロタカと志帆は、車内で、二人で、ぼんやり車窓から夜の景色を観ていた。
志帆は、確かに、子供の頃、横須賀市内に住んでいた。
この辺りは、自然が多いのも知っていた。
追浜には、日産自動車の工場がある。
志帆は、子供の頃、歌手になりたいと思っていた。そして、学校の学芸会では、地元横須賀出身の山口百恵や渡辺真知子の歌を歌っていた。そう、志帆は、子供なのにそんな大人の歌を歌うからませた子供だった。
確かに、志帆は、今でも、女優の有村架純に似ている。
だから、容姿に自信があった。
容姿に自信があって、それで、中学校時代、演劇部に入ったが、そこで挫折をした。それで、志帆は、バスケットボール部に入った。
志帆は、同じクラスのコウイチが、好きだったが、コウイチは、志帆が、中学1年生の時、お父さんの転勤で、福島県いわき市へ行った。日産自動車の工場があるからだった。
志帆は、会えなくなる辛さと同時に、好きだった演劇に身が入らなくなり、それまで長い髪だったのが、いきなり、ショートカットにしていた。それは、コウイチに会えなくなると分かって、数日は布団で寝込んでいた後だった。
お父さんも、お母さんも、姉の静佳もびっくりをしていた。「どうしたの?志帆?」と言っていた。
しかし、中学一年生の志帆は、親の手前、それは、恥ずかしくて言えなかった。
コウイチの福島行きがあってから、志帆は、あまり、男が好きになれなくなった。そして、志帆は、あれだけ好きだった渡辺真知子や山口百恵の歌も嫌いになっていた。そして、そのまま県立高校へ進んだが、音楽だけは、選択をしなくなっていた。
そして、大学を卒業して、都心で仕事をしているが、見栄を張っていたのだろう。仕事は出来たし、収入も安定をしていた。そして、彼氏もできた。それで、全ては順調と思っていた。
そんな時、今のヒロタカとは、うどん屋で、知り合って、すったもんだがあったが、付き合った。
しかし、今のカレシは、ヒロタカとは別に付き合ったが、やはり、ドライブをしていたら、ヒロタカのような優しさはなかった。そうだ。今のカレシ、あいつは、志帆が、中学一年生の時、好きだったコウイチに似ていた。
コウイチに似ているから優しいだろうと思ったら間違いだった。そして、志帆が、オエッと吐いたら、「そんな女は嫌いだ」と言い放った。
志帆には、そんな過去があったのだが、何故か、ヒロタカと電車に乗っていたら、そんなことはなかった。
京急快特三崎口行きは、カーブの多い路線を走って、そのまま、海岸沿いを通っていた。
もう夜の10時前になろうとしていた。
一瞬、「ラボホテル月夜の光」なんて目にしていた。
「まもなく堀之内に着きます」
と車内放送が流れた。
京急堀之内駅に着いた。
隣のホームからは、「かもめがとんだ。かもめがとんだ。あなたは、一人でいきていくのね」と渡辺真知子『かもめが翔んだ日」のメロディーが流れた。
そして、「ヒロタカ、少し、降りようか」と言って、堀之内駅から志帆は、ヒロタカと二人で歩いた。
もう10時手前だから、あたりは、真っ暗だった。
時々、居酒屋の明かりと店内からの喧騒が聞こえるが、二人は、ただ、てくてくと歩いていた。
志帆は、どうしようと思った。
しかし、ヒロタカは、ただ、「堀之内って、こんなところか」と言って歩いていた。「そう、私、子供の頃、この辺りに住んでいたんだよ」と志帆は、言った。その時、志帆は、声が詰まった。そして、涙がポロポロ出てきた。
「あれ、オレ、何か酷いこと言った?」
「いや、。そうでも…」
「そうか?」
「ヒロタカのせいじゃないよ」
「なら良いけど」
「堀之内に来たって、もう、駅のプラットフォームには、渡辺真知子の歌しかないのかって思って」
「まあ、そうだよね」
「私、この辺りに住んでいた時、渡辺真知子や山口百恵みたいな歌手に憧れていて、歌手になるのが、夢だった」
「うん」
「だけど、歌手になれなくて、そして、高校、大学と進んで、そのまま会社員になっているけど、大人になったら、みんなと適当に遊んで楽しんでいたけど、周りは、みんな、結婚して、私、取り残されたわ」
「そうだね」
暫く、堀之内駅から、国道を二人は歩いていた。
手をつないで、歩いていた。
ダンプトラックが、バンと大きな音を立てて、北へ走って行った。
その時、ヒロタカは、こう言った。
「オレさ」
「何?ヒロタカ?」
「オレ、自分のお店を持つのが、夢なんだ。無謀だろう?」
「そんなことないよ」
「そうか?」
「私は、仕事ができて、会社のプロジェクトをしたよ」
そうだ、志帆は、化粧品の開発の時、プレゼンテーションを企画をした。
だが、その時、後で、それは、違う同僚の担当になったのだ。
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