第3話

 スーパーさとちゃんを出たが、まだ、いきものがかり『ブルーバード』がかかっていた。

 ヒロタカは、いきものがかり『ブルーバード』が、好きだ。いつもカラオケボックスでは、歌う。しかし、志帆は、そんなヒロタカを、いつも、いきものがかり『ブルーバード』しか歌わないと馬鹿にしていた。

 志帆は、「ヒロタカって、いつもいきものがかり『ブルーバード』しか歌わないの?もっと、違う歌を歌ったら?」と言っていた。または、「ヒロタカも、女になるか?」と言っていた。

ー突き抜けたら見つかると知って

 とスーパーさとちゃんから流れた。

「突き抜けたら見つかると知って」

「志帆が、いきものがかり『ブルーバード』を歌うのは、珍しいね」

「そう?いつも、ヒロタカは、カラオケボックスで歌うから、覚えていたよ」

「振り切るほど、蒼い蒼いあの空」

「よく覚えているね、志帆は、オレが歌うと馬鹿にしていたじゃん」

「うん」

「聖恵ちゃんを馬鹿にしていたじゃないか」

「いや、いきものがかりの歌っている女の子、歌は上手いわ」

「うん」

「そうだよね」

 暫く沈黙していた。

 パーキングまで来たとき、ヒロタカは、志帆にこう言った。

「今から横浜までドライブしないか?」

「え、今から、もう8時だけど、でも…」

「明日は、オレは、仕事は休みだから良いよ」

「本当に?」

「そうだよ」

「今から横浜まで行こうか」

 そうしてヒロタカは、東京の吉祥寺から横浜まで向かった。

 慌てて、志帆は、自動販売機で、お茶を買った。

 夜だから、月の明かりが輝いている。

 パーキングを出て、国道に出た。

 夜の8時だが、国道には、まだ、バスが走っていた。バスには、仕事帰りの乗客が、まだいっぱい乗っていた。そして、吉祥寺から東京の西、八王子とか果ては、山梨県まで大型トラックが向かっていた。

 吉祥寺駅には、中央線の快速電車が、八王子に向かって、サイレンを鳴らして走っていた。

 中央線は、東京駅を通って、総武線快速になって、千葉駅まで向かう。

 ヒロタカは、クルマのハンドルを握った。

 アクセルを踏んだ。

 クルマの車内は、BGMがかかっている。

 ヒロタカは、思い出していた。

 子供の頃、近所の女の子が、倒れていた。そして、ヒロタカは、怖い思いをしながらも、彼女を救おうと思って、女の子のお母さんを呼んだ。

 彼女、サトミは、いきなり、前から倒れて意識がなくなった。

 ヒロタカは、そんなサトミが、倒れる瞬間を観て、中学生になった時、かなり、悔やんだ。

 サトミは、亡くなった。

 小学校4年生の時だった。

 お通夜にヒロタカは、参列した。

 サトミは、元々、病弱だったが、いつもヒロタカに「大阪のUSJへ行きたい」と言っていた。そうだ。子供のヒロタカは、東京駅から出ている新幹線を観たら、サトミを思い出していた。

 ヒロタカは、男の子だから、まだ、世間知らずだったから、東海道新幹線のぞみ号の運転士になって、サトミを喜ばせたい思いがあった。そして、最寄りの京成電鉄の青砥駅には、京急快特が停まっていた。

 京急快特で、青砥駅から押上を通って、品川駅までサトミを乗せたいとか思っていた。

 そんな訳の分からないことを考えては、「京急快特の運転士になりたい」だの「新幹線のぞみ号の運転士になりたい」と学校で言っていたが、ある日、竹内眼科で、「ヒロタカ君は、色弱です」と言われて、運転士を諦めた。

 諦めたかわりに、ヒロタカは、ぐれた。

 学校の勉強もできたが、しかし、都立高校の食堂で、無銭飲食をした。

 ただ、無銭飲食をした。その割に、都立高校は、ヒロタカを、警察沙汰にしなかった。

 理由は、それだけではなかった。

 都立高校の調理師さんが、サトミの親戚の女性だった。

 親戚の女性は、ヒロタカが、サトミを助けたことを知っていた。それで、ヒロタカは、吉祥寺のうどん屋さんで、仕事をしている。

 人間、不思議なものだと思う。

 学校時代は、サトミを助けることも、喜ばせることもできず、そして、20代後半になっているが、今は、こうして横浜までクルマを運転し、粗相をしても片付けている。

 スーパーさとちゃんや隣の薬局のゾウのさとちゃんを観たら、つい「サトミ」を思い出す。

 生きていて悪いことばかりだろうか?

 クルマは、そのまま吉祥寺から南に進んで、調布市やそのまま東京と神奈川の境目の多摩川を超えた。

 都会の夜と言っても、郊外は、住宅地が多い。

 そして、夜、仕事帰りの人が、集まる住宅は、小さい光だが、どこか優しそうだとも思う。

 ヒロタカは、あんな家が持てたらとも思った。

 だけど、まだ気が若いヒロタカは、そんなことでは、まだ満足がいかず、本当は「お店を持ちたい」とか考えている。しかし、隣の助手席にいる志帆に何て言えば良いのか悩んでいる。

 そもそも、商売と言っても、うどんを売るだけで、商売なんてできるのかとも思ている。

 そして、大学を卒業して、いっぱしの会社で仕事をしている志帆は、何て言うのかとも思っていた。

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