第20話 長野の飢え殺し 未遂
翌日を待たずに北畠は多気御所に向かい壊走していきました。
そしてそれを見た長野は長野城に撤退を始めました。
米の無い城に撤退してどうするつもりなのか?
ここは恥を覚悟で私に降伏するのが上策だと思うのですが、長野の私に対する恨みは相当強いようです。
援軍に来た斎藤妙椿を討ったからかな?
まあ私にこれだけ敵対した以上今更の降伏はみとめないですがね。
「殿どちらに行きますか?」
「多気御所は流石にこの人数では落とせまい、ならば当初の予定通り長野城を攻める」
「力攻めをしますか?」
「いや、兵を減らしたくない長野城近くに陣を張り長野城から出る者を全て城内に追い出せ」
「兵が減る方がよいのでは?」
「人が減ると食べる人が減るであろう?」
「飢え死にさせるということですか」
「これを飢え殺しという、長野の飢え殺しだな」
「そ、それは」
「長野と重臣達が切腹すれば包囲を解いてもいい」
「使者を送っても?」
「それはいかん、逆上している長野に使者が殺されかねない、送るにしてももう数日待ってからだな」
「兵糧がありません、もはやこれ以上の抵抗は無理でしょう」
「儂は切腹などせんぞ、勝てばいいのだ、数ではまだ勝っているではないか」
「しかし羽津の八徳衆と謎の武器の前には我が軍は蟷螂之斧でしかありません」
「貴様等助かりたい余りに儂を羽津の小僧の前に差し出すというのか」
「勿論我らも腹を切ります、そうすれば生き残り三千名が助かるやもしれません」
「雑兵共の為に腹なぞ斬れるか、そうだ羽津お得意の夜襲をしかけるのだ、やり慣れたことをやり返されるとは思ってもいまい」
「殿」
「長野は夜襲を選んだか」
「よくお分かりで」
「旗を見ればわかる、全力で受け止めて返り討ちにしてやれ、ここでは殺してやることこそが慈悲と思うようにな」
「捕虜はどうしましょうか」
「長門は全力で飢え殺しをさせたくないようだな」
「殿の名に傷がつきます故」
「ふう、捕虜は介抱して食事をやれ」
「ありがとうございます」
「各将にそう伝えて参れ」
「は!」
長野城は秀吉の真似をして最初から飢え殺しをしようと思っていたんだがどうも評判がよくないようですね。
まあ重臣と長野家一門を斬って終わりといたしますか、最後の力を込めてくるはずの夜襲も多分当てが外れたものになりそうですね。
羽津徳寿丸のやる事には基本的に賛成する八徳衆でも、今回の飢え殺しに関しては思うところがあった。
それが長門経由で捕虜を取って良いと言われたので気分的にはかなり救われた。
「では、助けてやってよろしいのですね」
「うむ、何とか説得に成功した」
「殿は長野を何でそこまで嫌うのでしょうか」
「斎藤妙椿を伊勢に招き入れたのが長野だからな、あの戦はしんどかったからのう、その後に謝罪も無かったから許せんのかもしれん」
「斎藤利国は伊勢の者を殺して進みましたからな」
「それを招き入れたのが長野だ、殿のお怒りもごもっともかもしれんな、今夜の夜襲への対策たのんだぞ」
「承知した」
稲葉景兼との会話で殿が何を理由として長野に対して憎悪沁みた感情を持っているかが得心いったわ。
殺された北勢国衆と農民達を殺害されたことに対する責任を長野に求めているのか、しかし皆殺しとは徳寿丸らしくないな、戦場に染まり過ぎているのやもしれん、大方様に協力してもらい徳寿丸を一旦日常に戻す必要がありそうだな。
長門が何か不良になった孫を心配そうに見守る目を私に向けてくる。
私は戦場に狂った訳では無くて秀吉の策を実行してみたかっただけなのにな。
まあしかし皆殺しはやり過ぎか、長野一族と重臣の切腹辺りで手を打つとしようかな。
しかし私が長野としか言わなかったからか、皆が長野長野と呼ぶ、現当主は長野藤直だぞ殺す相手の名前くらい覚えてあげろよ。
あっ、私が呼ばないので知らなかったと、こりゃ失礼しました。
とどうでもいいことも考えながら待っていたら
「長門」
「は」
「動いたぞ」
「は?」
「そちでも気づかぬか長野藤直もやろうとすれば出来るではないか」
「いつ動いたので」
「ついさっきだな」
「長門様」
「敵が動いたのだな?」
「はい、気付かれたのですか?」
「殿がな」
「現場にいた私共でも見過ごしそうだったのですが」
「ちょうどいい、そなたに一仕事頼む」
「長門様」
「お受けしろ」
「は」
「奇襲は気付かれていないから意味がある。夜襲なんてその最たるものだ。すでに気付いていることも含めて、そちを含めたこの場にいる十五名で、『夜襲はすでに見抜かれているぞ』『武器を捨てて羽津の陣に行けば食事が出来るぞ』『武器を捨てて羽津の陣に行けば怪我の治療が受けられるぞ』といったことを流言として流してまいれ。拘束はするが実際に食事も治療も受けさせるし農兵や足軽なぞ斬らん」
「分かりました、いくぞ!」
「それにしてもよく十五名もいるのに気づきましたな」
「忍びの気配には慣れた」
「ちなみに殿が先ほど命令をしたのが、儂の孫になりまして若の舅になる人物です」
「ほう、名を聞いておくのだったな」
「教えしましょうか?」
「いや直接今度聞くからよい」
「この分だと朝まで出番は無さそうだな、私は寝るとする」
「は、ごゆっくり」
「いや、朝には起こしてくれ。体が幼児なせいか眠気を押さえて起きるのが苦手じゃ」
「承知いたしました」
「後は任せた」
翌朝目が覚めたところ長野勢の三千のうち二千が捕虜になっていました。
これはもう終わりだろうなと思っていると長門が来ました。
「これはもう終わりですかな」
「だろうな、これ以上の戦闘をするだけの力は残っておるまい、むしろ千も長野に残ったことの方が驚きだ」
「それが千のうち五百はすでに逃げ出しております」
「では残りの皆が餓死しないうちに長野城を攻め落とすか」
もはや城内に戦う気力のあるものがいなかった為八徳衆を先頭にした部隊は炊き出し部隊と化していた。
「戦う気力がもうないのならば昨日のうちに降伏すればよかったのだ」
「昨日でその気力を使い果たしたのでしょう」
「長野藤直は腹を切ったのか?」
「それが、死にたくないと駄々をこねているそうで」
「そういう時は名誉を守るために家臣が無理やり腹を斬らせるのではないのか?」
「殿は甘いので助けてくれるのではないかと思っているのでは」
「甘くさせているのはそなたたちであろう、まあ母上に血だらけの手で抱きつきたくはないからそれはいいが」
城主である長野藤直がいる評定の間が近づくにつれ喚き声が聞こえて来ました。
ついでにいつの間にか八徳が私の周りを固めていました。
「許可なく私に近づく者は容赦なく斬れ」
「はは」
評定の間を開けて見えてきた光景は母と思われる女性の後ろに隠れている二十代半ばの青年の姿でした、うん、こいつはいらないよね。
そう考えながら評定の間にずんずんと進んでいき
「長野藤直、貴様は斎藤妙椿を伊勢に招き入れ北勢の国人に豪族更には農民たちまで虐殺させた、申し開きはあるか?」
「斎藤妙椿が勝手にやったことだ、私には責任はない!」
「責任のあるなしは貴様が決めることではない、私が決めることだ」
「もし、羽津の若様」
ここで長野藤直の母親が話しかけてきた
「なにか?」
「息子は隠居した上でわらわと蟄居することで助けてもらえないでしょうか?」
「家臣たちは腹を切るというのに主君たる長野藤直だけは見逃せと?」
「お恥ずかしながら覚悟ができておりません」
「家臣たちはそれでいいのか?」
「やむを得ません」
「分かった、よかろうご母堂に免じて命だけは勘弁してやる、今後は大人しくそなたの代わりに死んでいく家臣たちの菩提でも弔うのだな、切腹を見届け次第長野城から致仕していただこう」
長野藤直はずっと無言で私を睨んできていた、いやお前マッマのお陰で助命されたのわかってるわけ? どうも母上的な存在には甘くなってしまいます、まあ次はないですけどね。
重臣達の切腹に立ち会いました、人死にを見るのは今も嫌いですが、覚悟を決めた顔というのは美醜に関係なく格好良く思います、皆見事な辞世の句を読み上げていたことから長野家臣団は無能では無かったようです。
一時は家臣団の族滅も考えていましたが立派な切腹を見せられたことから考えを変えました。
「重臣の家族が暮していくに困らぬよう扶持をだしてやれ」
「族滅するのでは無かったので」
と長門が笑いながら言ってきたので
「美しい死に様を見せた礼だ」
と答え長野城攻略終了です
長野城主か城代が決まるまでは取り敢えず稲葉景兼を城代として置いておき、津を居城にする為に小国虎義と佐藤虎政に命じて縄張りをするよう連絡をしておきました。
そして約半年ぶりに羽津城に到着して母上にだきついたところ母上に
「徳寿丸臭いです!」
と言われてしまいました。半年もまともに水に浸かることも出来ない日々が続いていたのでやむを得ないと言えばやむを得ないでしょうね、現在のお風呂はサウナみないのが主流なので浴室タイプのお風呂をせめて私の御殿だけにでもつくろうかな
そしてのぼせた頃に長門に救出されました。
「何をしているのですか」
「考え事していたらのぼせていた」
「何を考えていたので?」
「温泉の様な風呂を作りたいと思っていた」
「はあ、殿は今後は小姓衆と共に風呂に入った方がよいでしょうな」
「言い返せないの、長野城には藤田信義を入れよ」
「ではそのように伝えます」
「正式な辞令は善斎御坊と祖父様に書いてもらう」
そろそろ字を覚えたいのですがミミズが張ったような字を全く読めないので困ったものです、戦に出すぎなのもあるのかもしれませんね。
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