第16話 羽津八徳衆
「長門、丹波」
『は!』
「半蔵を私の前に連れてこい」
「首をでございますか?」
「そんな訳なかろう。伊賀の忍びを掌中にいれる」
「ふむ、問題は無いでしょう。服部も石鹸と清酒を欲しがっているので権利を渡すのが条件にはなるでしょうが」
「それでいい。信用できそうなら火縄にも関わらせろ。火薬が足りないことがはっきりと分かった」
「火縄の運用は悪く無かったと思いますが野戦でどうなるかですな」
「野戦を火縄でどうにかするにはもっと数が欲しい」
「しかしそこまで急がれますか」
「兵の仕事は敵をたおすことだ、将の仕事は兵達を率い勝利に貢献することだ、君主の仕事は勝てる状況を作っておくことにある。戦が始まってから悩んでいては勝てるものも勝てん」
「なるほど、お見事な覚悟です」
「ご自身がそれを覆していることは理解されていますか?」
「あれは加藤や成田達の活躍が大きいのさ、では服部の事は頼んだ。帰還するぞ!」
そして羽津城に帰還し軍を解散したのですが、私の執務室に何故か善斎御坊がいらっしゃいました。
「御坊が何故ここに?」
「そちの話を聞かされる度に呼び出されるのも面倒な上に、教育が遅れ過ぎている故儂がここで鍛えることとした」
「それと芳菊丸はなんじゃ」
「父上から若様の元で学んで来いと」
「芳菊丸は何歳か」
「来月で十一になります」
「追い出すにも出しにくい微妙な年齢じゃな」
「よいではないか、そもそも小姓が付いていない方がおかしいのだ」
「小国らの息子がいるではないですか」
「そちと年齢が変わらないではないか、小姓頭として一人年長者がいた方がいいじゃろう」
「ふむ、ではよろしく頼む芳菊丸」
「はは!」
「で、色々悩んでいそうじゃな」
「まあ解決策も色々考えてはいるのですが、まずは家中の統制に関してですね、今って全ての業務が最終的に私の元に来るのは当然だとは思うのですが。現場から直接話が入ってくるのですよ」
「うむ、正常ではないな」
「そこでいっそ大きく組織改編をしてみようかと思いまして」
「悪く無いのではないか?」
「そこで問題があるのが功績は上げているのに領地を貰うのを嫌がる連中です、どう扱ったものかと」
そこで善斎御坊がかすかに笑って
「ならばいっそのこと思いっきり特別扱いをするといい。それとその人物達は領土を運営出来ないのかもしれないが息子は? 弟は? 皆ができないということはあるまい」
「その案頂きました、しかしそれだけでは弱いか」
よしあの八人に特製の槍を拵えよう、確か私に献上された中にも見事なのがあったはずで、八人と言えばあれだよね。
「善斎御坊様」
「どうした芳菊丸。そなたは礼儀がよくてよいな」
「若がぶつぶつ言っていますが放っておいてもいいのでしょうか」
「徳寿はまだ小さい頭に大きな智謀が詰まっているのだ、それを取り出す作業が大変なのだろうよ」
「字が覚えるのが苦手なのは頭に沢山の知識が入っているからでしょうか」
「そうかもしれんな」
「よし決めた、当家の分国法を作るのと家臣団の再編成を行う」
「良いことだとは思うが、面倒そうなことをやるな。分国法とは当家の中だけの式目みたいなものか?」
「流石御坊、当家の式目を作り内治と裁判と軍事に生かします。更に家臣団の再編成を行い家中の統制を強化します」
「儂が書きつけてやろう、まずは思いついたのを言ってみよ」
「まずは朝倉、藤林、赤堀、浜田、平尾、西坂部、阿倉川の一門を七衆として、合議の上過半数の票が取れた場合は当主の決定を覆させるものとします」
「当主権力の低下に繋がるがよいのか?」
「無制限に当主の権力がある方が恐ろしいですよ」
「ふむ、確かにその通りだが」
「次は小国、佐藤、斎木、中島、高木、桜塚、弓倉、神童、古湊、舟木、梓川、織田の十二家を奉行衆とします。ただし古湊と舟木は舟奉行とする」
「ふむ、まあ順当か」
「続いて桑山・浦・岩成・清水・高島・戸田・波多野・藤田・古井・三雲・三木・津田は奉公衆の仕事として城代もあるものとする」
「何人か足りないが?」
「石黒・小島・速水 稲葉・菅谷・成田・日高・加藤は親衛隊とし足軽を百人率いるものとする残り二百人の足軽鉄砲隊は新井田が率いるものとする」
「なるほど護衛として使うのか、奴らがいると作戦が必要以上にうまく行ってしまうからの」
それを聞いて不思議に思った芳菊丸が
「上手くいきすぎて問題があるのですか?」
「徳寿教えてやるがよい」
「はい、戦とは勝つのは当然だが勝った後そして万が一の負けた後の事も考えて動くのでじゃ」
「はい、それは何となくわかります」
「では勝った時の状況を遥かにしのぐ勝利をしてしまったらどうなる?」
「全て考え直しというわけですね」
「勘所はいいようじゃ、期待しているぞ。我々は相手を虐殺するために戦をしているわけではないからな」
「わかりました。ご教授ありがとうございます」
「そういえばさっきの名簿に神戸らはいなかったが?」
「外様衆は外様衆で分けます、それで法度作りを手伝っていただきたいのです」
「そなたのことだ、名前だけはすでに決まっているのだろう」
「ひねりは無いですよ勢州法度之次第です。御成敗式目および建武式目を参考に作っていこうかと思います。時間が掛かりますので大変です」
「まあ幕府に従っていない以上必要なのかもしれないな」
善斎御坊の入れ知恵で共に開源寺で学んでいるはずであった重臣達の子息が私の執務室で静かに勉強している。最初は抵抗したのですが将来の重臣だと言われれば邪険にも出来ずに執務の邪魔をしないことを条件に入室を許可した、
すると、なんてことでしょう。この子供達休憩を言われても中々休憩しないので休ませるのに苦労する。御坊が本当に見せたかったのは私が休み休み仕事をしていることを見せつけたかったからだな。
とある日いつも通り休みつつ執務をこなしていると長門から呼ばれたので部屋の端に言って会話をしていた。
すると翌日高城と斎木の子倅が頬を凄まじくはらしている上に虎康と虎綱が謝罪をしてきた。
どうも自宅では私の話題がよく上がるらしく、いつも通りに長門と話していたことを自宅で話してしまったらしい。忍びの頭と羽津当主が話をしていたら見て見ぬふり位できないのか! ということらしいです。
「まあ両家に翻意が無いのはこの徳寿が誰よりも知っている、二人もいい勉強になっただろう虎綱も虎康も許してやるが良い」
『若がそうおっしゃってくださいましたら』
「二人ももういいぞ皆と勉学に励むと言い」
長門とは服部に関する話をしていたので機密と言えば機密だったが、私も気を付けよう。うん? 私は私の執務室でまで気を付けないといかんのか?
今日も執務に励んでいると芳菊丸が話しかけてきました。最近は小姓頭としての自覚が出てきたようで何よりです。
「槍が仕上がったと?」
「はい、私も将来はこのような槍をもってみたいものです」
「我が蔵の三割を使って作らせた槍だからな」
「あの銭の塊の三割でございますか」
「八人の槍の重さ重心使い方の癖まで調べあげて、まだ名が広まってはいないが名工に作らせた。よし八人を呼び出せ」
八人が揃ったと聞いて少し間を置いて評定の間の厚畳に座ります。その後ろに芳菊丸が太刀を持っていますが、そんなの私が抜けるわけなくない?
「待たせて済まなかったな、普段のその方らの武功に答えようと、特別な物を用意したそれぞれの前に置け」
というと近習たちが八人の前にまだ血を吸っていない真新しい槍が置かれました。見ただけでわかるほどの名物に皆が夢中になってみています。
そこに稲葉景兼が気付いたようで疑問を呈います
「我が槍に『智』と書いてあります」
「八将なので八徳なぞらえてみた。敵をも常に慈しむ『仁』に成田秀元、正道を常に貫く『義』の者として小島棟員、常に敬意を示し他者を貶めることがない『礼』の心を持つ速水吉光、常に正しい判断を下し時に我が命令すらも無視をして見せる『智』は稲葉景兼だ、心の中に偽りが無く忠心に溢れているのが『忠』の菅谷義継、嘘偽りを言わず自分の娘を側室にする為に真しか言わない男『信』石黒智安、親や先祖を大切にし、思いはかる事、工夫をめぐらす事に労をいとわぬ『孝』は日高広胤、最後は兄弟仲がいい『悌』の加藤孝吉」
「一気に言ったので疲れたわ、羽津八朱槍とでも羽津八徳衆とでも名乗っていいぞ」
「軽い嫌味が感じたのですか」
「気にするな、私は気にしていない」
「おら一瞬だっただ」
「言わないでもいいことだと思うが八徳は気にするなよ敵と打ち合って欠けたから敗れたとかゆるさんぞ」
「若が選んだ八人がそのような事をするとでも?」
「生意気なやつだ事、それと領地を加増いたす」
「いたたたた、持病の癪が」
「別にそなたらに運営しろなんて言っていないだろう。子供や兄弟に押し付けるといい」
「以上だ下がってよいぞ」
というと一斉に頭を下げたので先に下がっちゃおうかと思ったら
「若、いえ殿我ら八人は死がお互いを分かつまで殿の為の槍先となりましょう」
「うむ、私もその忠義にこたえられるような主でいられるよう努力しよう」
そう言って先に部屋を出て行った。殿か、若と呼ばれるより身が引き締まるこれまでは何処か甘えるところがあったが今後はそれは許されないだろうな。
そう思い寝入った所に見知らぬ気配、思わず再び脇差を投げつけてしまいました。また手元の武器が無くなった。
「服部半蔵よ、我が首を取る気が無いのなら脇差を返せ!」
「おや、百地殿の時は下賜したと聞いていましたが」
と笑いながら言われたので鞘も投げつけてやりました。
「はあ、羽津徳寿丸じゃ」
「服部半蔵保遠です。お初にお目にかかります」
初代服部保長の父が千賀地保遠だから千賀地じゃないのかな?まあその辺はいいか。これで伊賀の三上忍が揃いそうです。
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