第12話 大矢知の戦い
さてさて、わざわざ挑戦を受けてやったのだ楽しませろよ宗矩よ。あれ? これじゃあ私が戦好きな人みたいじゃないか、まずは深呼吸して落ち着かせよう。
そこの小国虎義が現れた。
「若、桑山勢が布陣を完了させたようですが」
「が?」
「見たことも無い陣形を組んでいまして」
「どれどれ」
何を大げさな事をと思いながら高い高いをしてもらいながら見ると、なるほどこれは見た事無いです。そこに未来人の知識が囁きかけます。
「なるほど、あれは虎韜の陣じゃな」
「虎韜の陣ですか?」
「太平記にも、長崎父子一所に打寄て魚鱗に連なっては懸破り、虎韜に別れては追ひ靡け。とあるな」
「そういえば六韜にありましたな、若は字が読めないのでは?」
「き、聞いて覚えたのじゃ」
「さようですか、してどのような陣形なのでしょう」
「敵を包囲、攻撃する陣立じゃな、我らが魚鱗なのを見て選んだのだろうが」
「が? なんでございましょう」
「宗矩は兎も角家臣と農兵が付いてこれるのかな?」
「運用が難しいのですか?」
「簡単なら有名になっていようよ」
「確かに」
「まあいい、誘いに乗ってやろうではないか、軽くひと当てしてみよ」
「承知いたしました、前進しろ!」
宗矩の子息は無能では無かったはずだな、ならば運用は出来るだろうが、農兵たちはこの陣形についてこれるのか? 常に走り回らなければいけない陣形だから下卒達が付いてこれるとは思えないが。
「加藤清吉隊が敵先手を粉砕しました」
加藤清吉な、見かけは弱そうなのに当家きっての猛将なんだよね。父上は見かけに引っ張られたのか重用はしていなかったけど。
「清吉を孤立させるな! 清吉が開けた穴を一気に広げろ」
「はは!」
清吉の強さは異常だから納得はいかなくはないが、いささか敵が脆すぎるな何か策があるか。
少し様子を見るべきか。
「清吉が走り過ぎだ、陣形を一旦立て直す」
「若、具申いたします」
「戦陣故に堅苦しさはいらん、想像はつくが意見をはよう言え」
「は、ここは一気に突撃をして桑山勢を叩くべきと思います」
「虎義」
「はは」
「そちは何年宗矩と働いた?」
「二十年ほどかと」
「宗矩はこんなに脆いのか?」
「それは」
「宗矩の策に掛かっている可能性がある。それに陣形が伸びすぎだ、横合いから突かれれば一気に崩されかねん。故に一度態勢を立て直す」
「分かりました」
「さて、宗矩は手強いな」
「あそこまで押しておいて引けるか、若様個人の考えかな? なんにせよ頼りになるの」
「頼りになるではありません先ほどの戦闘で若様方に全然打撃を与えられなかったというのに、こちらは五十人はやられてしまいました」
「御先代が使われなかった加藤清吉がこれほどの猛将だったとはな、奴一人に三十人は討たれたな」
「父上、今は敵を褒めている時ではありませんぞ、これからの策をたてませんと」
「策は立ててある、準備も万端ではないが十分に仕上げている、この程度の策に掛かるくらいなら殺してしまってもいいか」
「主殺しをやるのですか?」
「反対なら儂を殺しても構わないぞ」
「いえ、父上に付いて行きます」
「我が息子ながら面白くないわ、まあ実直さも武器になることはあるか」
「若、先ほどはあっしはなんかやってしまったでごぜえましょうか?」
「何のことだ清吉」
「急に一度引いたのであっしが悪かったのかと思いやして」
「引いたのは作戦上必要だったから、清吉は気にせずに思いっきり戦ってくれればよい。期待してるぞ」
「あっしはあっしは若の為に命もすてまするだ!」
「簡単に死なれては困るのだが、気持ちは受けとっておこう」
「へい」
そう言って我が軍最強の猛将は自分の陣地に戻っていった。
「軍議に出るという発想は無いらしいな」
「呼び戻してきます」
「頼む」
「長門、丹波」
『は!』
「宗矩勢の数が倒した数より明らかに少ない、周辺の偵察をしてくれ」
『了解』
あの瞬間で消える技はずっと練習しているけど未だに物になっていない。難しいのよね
「若、集まりました」
「うむ」
「戦場で忙しい最中集まってくれてありがたい、まずは先ほど引いた理由を説明しておこう。清吉の突撃が凄まじすぎて味方も敵すらも付いてくることが出来なかったので敵陣のなかで縦長の陣が出来た状態になってしまった。横腹を突かれれば簡単に崩壊する上にそれを出来る宗矩が相手だったので一度引いたというのが現状だ」
「やっぱりあっしが悪かったのでごぜえましょうか」
「というより清吉の速さに付いていけなかった我らが悪かったのだ気にするな」
「今後はどう動きますか」
「相手は虎韜の陣から鶴翼に陣形を動かしたのがわかるか」
「確かに」
「わざわざ虎韜の陣なぞを使って今は鶴翼、つまり宗矩の策は半分は成功したということだ」
「それはいったい」
そこに間が良く長門と丹波が現れました。
「どうであった?」
「四方八方に伏兵がいました」
「やはりな、十面埋伏ということか」
「どうなさいますか」
「奇策ではなく正道で戦うべきだというのは奇策は見破られれば脆いからだ、伏兵を一斉に潰すぞ! その後は再び魚鱗の陣形で宗矩と当たる。兵は神速を貴ぶ、すぐに行動を開始せよ!」
『はは!』
「これで終わりましょうか?」
「兵力的にそうなるな、伏兵に兵を割いている以上それを潰されたら兵力差は埋められなくなる。そうだった両名には密命をだしておこう」
『お伺いします』
「宗矩が自決しようとしたら止めよ。方法は問わん」
「殺さぬので?」
「あれ程の人物を殺してたまるか、名将はいくらいても足りん」
「承知いたしました」
「了解です」
戦自体は伏兵を潰したことで山場を越えました。百五十ほどの桑山勢と二百八十程の羽津勢では勝負にならない上に魚鱗の先頭に加藤清吉がいるのだから桑山勢としてはたまったものではないです。
「ふむ、少し時間を稼げ」
「父上、若に寛恕を願いませんか」
「止めておこう」
「さてと、これから死ぬというのに心爽やかな物よ。我が首は若にお渡ししろ。 『託されし、思いを胸に、抱きつつ、夢見ることは、天を治める君の姿を』我が時世にしても下手すぎるな」
「確かにな、しかし気持ちは伝わってくるな」
「貴様は長門!」
「若の命令だ宗矩大人しくせよ」
「丹波までもか、我が死を見ることで若が更に成長するとわからんか」
「それ以前に若はまだ五歳児ぞ、死をこれ以上背負わせるな」
「ううむ、そう言われては反論できないわ」
「そうであろう宗矩よ」
「若どうしてここに」
「矩家が素直に通したわ、親が死ぬのが嫌なのは皆一緒ということじゃな」
「そうでしたか」
「どうじゃ宗矩。勝ったぞ!」
と笑いながら言うと、宗矩も笑いながら
「ははは! お見事でした。手も足もでなかったですわ」
「では宗矩は中上城に戻れ、一応の罰として迷惑をかけた農兵達に宗矩の財布から補償金を出すこと、後は一月の謹慎とする中上城領内からでることのないように」
「その程度でよろしいので」
「皆聞け! 今回の戦は桑山家が謀反したと仮定しての実戦訓練だったものとする」
「承知いたしました」
「宗矩切腹は禁止するぞ、次は羽津城で会おう」
こうして後世に大矢知の戦いと呼ばれるかもしれない戦いは終わりました。一応宗矩には罰則を科していますが、演習ということにして桑山家には罪がおよばないようにしました。
反乱の後始末も終えた後は午前は執務(文章は祖父様に読んでもらう)をしつつ、午後は開源寺で文字を中心に勉学に励んでいます、
そんな中善斎御坊から人材を紹介されました。
「愛洲久忠と申します。まだ若輩者の拙者をお召し抱え下さると聞き参上いたしました」
「羽津徳寿丸じゃ、久忠には指南役として剣術を家中の者に教えて欲しい」
「は、それはありがたい話なのですが、忍びが八名ほどいますが若様の護衛なのでしょうか」
「なんと! 気づくのか。長門、丹波出てまいれ」
「まさか気付かれるとは」
「剣術使いがこれほどとは思いませんでしたな」
「お二人は特に感じにくかったですが、目の前に来ると、お二人が段違いに強いのが感じますね」
「伊賀の三上忍の藤林長門守と百地丹波守じゃ」
「おお、お二人がかの有名な」
「忍びが有名なのはどうなのかと私は思うが」
「有名だとある程度のはったりが聞くのですよ」
「交渉事にも有利ですからな」
「まあなんにせよ頼むぞ久忠よ」
「はは、誠心誠意努めさせていただきます」
しかしこれで武者修行を生業としていたはずの愛洲移香斎が日向の国で陰流に開眼することも無くなるから、その弟子の上泉信綱も新陰流を名乗ることもなくなるのかな? 頃合いを見て私から陰流の名を送ろうかな。
その後も何事も無いという訳では無く未来人の知識通りに山名宗全が死にました。公式発表はやはり病死となっていますね。これで西軍は厳しいねって他人事のようにこの時は思っていました。
そしてその後も執務と勉強の繰り返しをしていた中、細川勝元が死んだ、そして唐突に思い出した!
十月に斎藤利国が伊勢に攻めてくるんだった! しかも後詰で斎藤妙椿が数万騎でくる。これは終わったかもしれんね。
ただ西軍としての軍事行動だから通行を許可すればそれですむか? いや略奪の憂き目にあう上に家中における威信が落ちるのは避けたい、じゃあ戦うのか私が動員出来るのは農閑期で守りを捨てても二千から三千といったところか、織田信長、北条氏康、毛利元就と大大名になった大名は巨大勢力との決戦を一度はやっているしやってみるか。まずは領内周辺の詳細な地図を作ろう。戦う場所によっては勝ち目が出てくるかもしれない。
羽津家最大の試練が早々に訪れようとしていました。
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